仕事人
「この会社は真っ黒だよ、ホント」
このセリフが同期の口から出ると、その後の会話はいつも同じである。
「じゃあ、なんで続けているの?」
「いつかはやめる。そう・・・来年には」
「来年、ね」
ここまでがテンプレート。
「お前はずっと続けるつもりなの?」
「いや・・・いつかはやめる」
「え、5日後にやめるの?」
「ハハハ。面白い、面白い」
いや、ここもテンプレートだった。
「絶対飽きてるでしょ」
「うん」
「でもさ、もう残っているのは新人の俺ら二人じゃん。何かしらしゃべってないと眠すぎて」
「それはそう。だって、ほらみて。もう日付をまたぐ寸前だよ」
「だから・・ざっと6時間残業を越えたのか」
「やばすぎ」
「仕事が終わらなくてこんなことになるなんて。上の人間の考えることが理解できないよ、ホント」
その時、真っ暗だった階段に電気が灯った。そして、階段を上がる足音がする。
「だれだろう、俺ら以外に」
「清掃員とか?」
「この時間には来ないでしょ」
「班長とか?」
「この時間から出勤!?」
「まさか・・・泥棒だったりして」
「そんな訳!こんな貧乏なところに何を盗みにくるんだよ!」
「いや、でも他に可能性が」
そして、その人は姿を現した。
「おお、おはよう。お前ら、まだ帰っていなかったのか」
係長だった。
「おはようございます。・・・っておはようございます!?この時間に出勤ですか?」
係長は苦笑いしながら頭をかいた。
「他の人には秘密だよ」
二人は顔を見合わせた。
「まあ、そういうこった。お前たちだって明日・・・じゃないや、今日出勤だろ?とりあえず帰って寝な」
「いや、でもまだ書類の記入が」
「いいよ、代わりにやっておくから」
「そんな・・・さすがに係長にやらせるなんて」
「お前らが過労で倒れても困るから。・・・早く帰んな」
「ありがとうございます」
「あと、出勤時間を1時間遅らせといたから。そのつもりで」
「・・・ありがとうございます!」
二人はお辞儀をした。正直、土下座したいくらいだった。
そして、逃げるようにその場を後にした。
「係長って、いつもこの時間から来ているのかな?」
「そうだろうね」
「でもタイムカードの記録だと・・・」
「そういうことだよね」
お互いに顔を見合わせて、青ざめた。
「この会社は真っ黒だよ、ホント」
その言葉に、何故か無性に腹が立った。
「もういいよ。仕事は終わったんだから」
「お・・・そうだな」
「・・・ごめん。疲れているかも」
「分かってるよ」
「早く帰ろう。明日に向けて」
「いや、明日というか・・・」
「あ、今日だね」
「そう」
草木のいびきに包まれながら、二人は社宅へと向かうのであった。
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