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*この投稿はフィクションです。
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「全部、夢だったの?」矢沢葵は、起き抜けに、そう思った。
夢にしては、リアル感ありありだったし、両方の肩には、まだ、大久保憲一の手のひらの温もりが残っている気がした。
少しして、スマートフォンのアラームが、鳴り出した。手に取り、左から右にハラうと、音楽が止まる。時刻の下の日付は、「二月十四日」、だった。
リアル過ぎる夢も、あるんだと、自分に言い聞かせながら、家を出る。父の台詞が全く同じだったことには、気づかなかった。
学校に着くと、大久保憲一の机にチョコレートを入れる。
夢では、チョコレートの、〈LOVE〉が粉々になるはずだが、手渡す勇気も、相変わらずなかったし、夢が現実になるか、試してみようと、思った。
やがて、大久保憲一が、来た。
「おはよう。今朝は、早いね」
「地球が、逆回転すんじゃね」まで、同じだ。
この後だ。教科書を鞄から出して、机に入れる。引っ掛かる。力任せに、押し込む。
「うっ!」チョコレートの気持ちを代弁する。傷だらけの自分の手を見ることも、知らずに、行っていた。
おんなじだ。
夕方、教室で、同じように、 待っていると大久保憲一が現れた。
割れたチョコのパズルで笑い、キスのくだりにきて、夢とそっくり同じだと、矢沢葵は、それが何を意味するか、確信した。
これは、デジャヴか正夢か、予知夢か、はたまた、自分自身が、タイムトラベラーになったか、しかなかった。
キスの途中で、目を開くと、また、自分の部屋の天井が見えた。
都合、三回目の、「二月十四日」が、始まった。
自分以外の、人達は、何も不思議に思わないのか、いつもと同じように、いや、全く同じに、繰り返し、動いて、喋っていた。
みんなが、矢沢葵に、ドッキリでも仕掛けてるんだろうか?そのうち、黄色いヘルメットをかぶったコメディアンが出てきて、
「大成功!」と言って、終わるんじゃないか、そう思ってもみたが、朝方の散歩のおばちゃんまでもが、そっくりそのまま、同じ挨拶、「今朝も寒いね。気をつけて」と、いうものだから、私だけが、特別なんだと、思わざるえなかった。
三回目の、「二月十四日」の、スマートフォンのアラームが鳴り出す前に、アラームの曲を変えてみた。これでなにかが変わるかもって、思ったのだ。
変えた曲が、鳴り出した。
起きて、恐る恐る、キッチンに入ると、父が、母のそばに寄り添い、
「大丈夫か?」と、訊ねていた。
見れば、母の左手の人差し指からは、血が滴っていた。
「お母さん、どうしたの!」慌てて、駆け寄ると、
「大丈夫よ、包丁で切っただけだから」
その時、矢沢葵は、思った。
タイムトラベラーが過去にもどって、小さなことでも、変えてしまうと、未来では、大変なことが起きるのだと。小説の通りじゃないか。
すぐさま、アラームをもとの曲に戻す。
その後の、行動も、それまでと、同じように、動いた。学校の誰もが、同じお芝居を繰り返すように、同じ動作とセリフを、喋っていた。
三度目の、チョコレートの粉砕にあい、三度目の、キスの寸止めにあった。
「このままでいいのか?」とも、
「このまま、ずっと続くのか?」とも、思った。
なすすべもなく、四回目のバレンタインデーも、同じ目にあって、ついに、5回目のバレンタインデーの朝を迎えた。
なんだか、寝不足のような、スッキリしない頭で、それでも、違うことなんかしたら、何が起こるかわからないのだから、なんとかかんとか、起き上がった。
舞台に上がる前の、俳優のように、今日のセリフを、反芻していた。何が起こっているんだろ?
世界にひとりぼっちな、気がして、このまま、生きていけるのだろうかと、不安になった。誰も、疑問に思わず、生活してるんだろうか?
しかし、矢沢葵と同じ疑問を抱くものが、遠く離れた、アメリカにも、いたのだ。
つづく