表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5回目のバレンタインデー  作者: 田中浩一
1/3

1

*この投稿はフィクションです。


「5回目のバレンタインデー」


1


スマートフォンから、ONE OK ROCK(ワンオクロック)の、曲が流れ出した。

矢沢葵(やざわあおい)は、布団から右手だけ出して、スマートフォンの画面を左から右に、ハラった。

三度めで、アラームが止まる。

矢沢葵は、半身を起こしながら、

「はい。今日も、自分を信じてますよ」そうゴニョゴニョと呟きながら、ベッドから降りた。

今日は、決戦の、二月十四日。その名も、「バレンタインデー」だった。


「行ってきます」矢沢葵が、朝食もそこそこに、玄関の小さな丸い鏡で、顔と前髪の最終調整を行いながら、出ていく。

「えっ、早いな。お父さんを待っててくれよ」父の言葉は、団地の重い鉄扉の閉まる音に、かき消された。

四階建ての集合団地の三階から、階段を足早に駆け下りる。すぐ下の二階の、保育園から幼馴染みの、大久保憲一は、まだ家にいるはずだ。ひょっとしたら、まだ寝ているかも知れない。

「よしよし」矢沢葵は、呟いた。

今ごろ、母から、昨日からのチョコ作りの話を、父は聞かされて、やきもきしてる頃かもしれない。


矢沢家では、中学生の恋愛は、禁止されていた。

矢沢葵は、団体アイドル歌手じゃあるまいし、と思っていたけれど、ひとりっこを心配する、両親の気持ちはわからないわけではない。

友達の、魚屋の立花真知子が、

「あんたもあたしも、大事にされてんだから、期待を裏切らないように、慎ましやかに、過ごしましょう」そう言っていた、立花真知子には、中学のときからの彼氏がいて、なにかあるごとに定時連絡をいれてくる。

初めてのデートの感想、初めてのキスの感想。高校生になって、つい最近は、

「重富海岸の、新年花火大会に行ったらさ、ヒデと押しくらまんじゅうして、暖めあって、そしたら、肩に手ぇ回してきてさぁ」と、とても嬉しそうに話していた。

「帰りに、あたしらの後ろのカップルの、彼女さんが彼氏さんの肩で、寝てたんよ。なんか、微笑ましくってさ」そんな、余計な情報まで教えてくれた。


隣に、今まで通ってきた小学校の、瓦の載った塀を横目に見ながら、高校の門をくぐる。まだ、朝の挨拶運動の生徒も立っていなかった。

下駄箱で靴をはきかえる。この下駄箱が、蓋付きなら、この中に入れるのにな。そんなことを思いながら、貧乏県鹿児島の公立高校では、無理だな、とチラッと思った。

一年A組は、三階。二段飛ばしで、駆け上がると、スライドドアを開ける。

「イッチバーン!」思わず、声をあげて、ひとりで笑った。

矢沢葵の席は、二月の席替えで、窓際の一番後ろ。思わず、ガッツポーズで、みんなからも、いいないいなの大合唱だった。

「小学生かっ」先生のツッコミもあって、盛り上がった。

それだけでも、ラッキーだったのに、右隣に、大久保憲一が、鞄を抱えながら来たものだから、矢沢葵の、ニヤケ顔は隠しようがなくて、ずっと、窓の外を見ていた。


補助バックから、チョコレートを出す。

昨日、悪戦苦闘しながら作った、チョコレート。まっ平らな、板状の盤面に、

〈 小学校の時から、ずっと気になってました。好きです。テヘペロ〉と、描くつもりが、面積が少なくて、結局、

〈ケン、LOVE〉とだけ、描いた。なんだか、英語だと軽薄だなと思いながらも、搾り出しで、「愛」と書くには、経験不足だった。

付け足しの手紙も書いた。

それを、銀紙に包み、もとの、板チョコの包みに戻して、巻いた。

こうしておけば、市販のチョコと思って包みを開けたら、手作りチョコあらわる、って、戦法だった。手作りは重いよってのを、回避しつつ、やっぱり、手作りってイイよね、と思わせるのだ。

矢沢葵は、大久保憲一の机の右奥に、チョコレートを、入れた。小学校の時には、カチカチの給食のパンとか、マーガリンが入っていたのに、今は、空っぽだった。成長したね、と母性本能がうづいた。

みんなが、登校してくるまで、緊張からか、二回もトイレに行き、寒い教室なのに、手のひらには、汗をかいていた。


「おはよう。矢沢、今朝、早くね?」 大久保憲一が、教室に入るなり、挨拶をくれた。

ウレシイ。

男子は、なぜだか、「矢沢」と、呼ぶ。そう呼ぶと、呼んでる自分が、なんだかカッコよく思えるんだ、と聞いた。

矢沢永吉シンパは、高校生にもいるのだ。

「うん。たまにはね」

「地球が、逆回転すんじゃね」笑いながら鞄を机の上に置く。

大久保憲一は、優しい。でも、それは、矢沢葵にだけではなくて、みんなに、だった。

しかし、それを聞いて、立花真知子は、言った。

「みんなに優しいけど、優しいだけでしょ。あんたには、ツッコミも、カラカイもあるじゃない。それが、ト、ク、ベ、ツ、なんでしょ」八割がた、信じた。

机に教科書を入れ始めた。

嫌な予感がしていた、矢沢葵だったが、ほどなく、それは、現実になった。

「あれっ?おらよっと」大久保憲一は、引っ掛かって、入らなかった、教科書を、無理に押し込んだ。

「うっ!」矢沢葵は思わず、チョコの代弁をした。まるで、自分自身が、机の奥に押し込まれたみたいに。

透視能力はなかったけれど、〈LOVE〉が、粉々になる、映像が見えた。鉄の箱詰めにしとけば良かったと、心のなかで、悔やんだ。

思わず、じっと、手を見た。擦り傷、切り傷、火傷に巻かれた、絆創膏の、指、指、指。

幼馴染みなんだから、チョクに渡して、コクればイイじゃん、と立花真知子は、事も無げに言うけれど、友達から、恋人に変わるって、どう、境界線を引くのか、わからなかった。

今、思えば、立花真知子の言うとおりにしておけば良かったと思う、矢沢葵だった。


夕方、下校時刻前の、一年A組の教室に、矢沢葵は来ていた。

砕けた〈LOVE〉と、手紙の回収に来たのだ。

椅子を引いて、大久保憲一の机のなかに、右手を突っ込む。

「あれっ?」右に左に手を振るも、触れるものなし。ついには、覗きこんでみる。

「ない」その時、矢沢葵のつむじを、たぶん、二本指でコツコツするやつがいる。

ドキッとして、思わず、気を付けの姿勢を取ると、そこには、大久保憲一がいた。

大久保憲一の手には、さんざん苦労して作った、チョコがあった。

「探し物はなんですか~」父から、これは、元々、井上陽水の歌なんだよと、聞いた歌を、歌っていた。

「それです」少しうつむき加減に、矢沢葵は、答えた。

「ありがとね。一緒に、食べるベ」いつもの優しい、大久保憲一だった。

「手紙、読んだよ。俺も、ずっと好きだったんだ」超剛速球だった。

包みを開けると、砕け散った、手作りチョコが、広がった。

「あちゃー、俺のせいだね。でもさ、これって、パズルっぽくね?」

二人で、割れたパズルを、作り始めた。

初めての、共同作業。

見たいんだけど、近すぎて見れない、大久保憲一の顔を、十センチの距離におきながらの、熱の上がる作業に、掴むチョコが溶けていた。

やがて、チョコを元通りにして、二人で笑いながら、また、それを食べ出して、笑った。「美味しいよ」「もとは、明治の板チョコなんだ」「明治に感謝だね」また、笑った。

窓の外は、オレンジ色から、深い藍色に変わっていた。

それまでとは、なにかが、確実に違っていた。「恋人関係」という、大きなコブを、乗り越えつつあったのかもしれない。

「お礼、しなきゃね」はにかむような、笑顔で、大久保憲一が言う。

「そんな、いいよ。三月十四日は、いつも通り、『おはよう』から『おっつー』で、さ」

大久保憲一の両手が、矢沢葵の両肩に、かかった。見つめあった二人。やがて、大久保憲一の顔が、少しずつ、前進を始めた。

見つめあったままで、どのタイミングで目を閉じるか、立花真知子に聞いときゃ良かったと、思ったけれど、

「目を閉じてたら、いつのまにか終わってた」という、立花真知子の言葉を思い出した。麻酔を掛けられた、患者みたいだ。

矢沢葵は、目を閉じた。

1、2、3。数えるとはなしに数えたが、なかなか、やっては来ない。

薄目を開けてみた。

そこには、いつもの見慣れた、矢沢葵の部屋の天井が、あった。


つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ