第92話 A級キューブ攻略ー1
空の旅を終えて、彩とレイナ、凪は日本へと帰宅した。
灰だけは、そのまま残ってA級キューブの攻略をするといっていたので仕方ない。
「私も中国に仮家借りようかな。そして灰さんがいつも帰ってきてご飯をつくって……きゃーー!!」
彩が一人空の旅でピンクの妄想していた。
そろそろ成人する彩もそういう事が気になるお年頃。
「私も住んでいい? 彩」
「絶対だめ、レイナ最近振り切りすぎてていつか過ちが起きそう」
「だから愛人でもいいのに」
「だ、だめよ!! 愛人というのは愛されている人なの! 私が一番になりたいの!!」
「じゃあ……都合の良い女?」
「どこでそんな言葉覚えてくるのよ。ずっと無感情だったくせに」
「凪に教えてもらった。ねぇ、凪」
「てへぺろ」
凪は下を出して、可愛いポーズを取る。
「可愛いけど凪ちゃん、意外とそういうところあるわね。小悪魔なのかしら。いや、策士?」
そのまま三人を乗せた飛行機はまっすぐ日本へと帰宅する。
灰のいない日本は少し寂しいと彩達は感じているが、影を見ればいつでもそこから現れてきそうだなという感情もある。
「とりあえず、お爺ちゃんに色々今後のこと相談するわ、いきなり出てきちゃったし」
「うん」
「お兄ちゃんも夜には一旦私の影に帰るっていってました!!」
◇一方 灰
胸に剣と槍のマークを表すバッチ。
闘神ギルドの所属である証を胸に掲げで俺はダンジョンを攻略していた。
「久しぶりだな。ダンジョン攻略、いいな、やっぱりこの空気。A級キューブか」
少し冷たい空気を肌で感じながらまるでホームに帰ってきたような感覚。
そして俺は目の前に現れたレッド種を見る。
A級キューブだけに現れる最強種、あらゆる種族のただ赤い存在が現れる。
このキューブでは、ゴブリンもいればウルフもいるし、オーガもいる。
よくわからない蜘蛛もいるが、ここは洞窟タイプ。
ダンジョンは7割ぐらいが洞窟タイプのような気がするな。
あたりに散らばっている粗悪品の魔力石が地面を照らし松明なしでも良く見える。
光があれば。
「──ライトニング」
影もある。
俺はライトニングによる雷の瞬間移動を駆使して、魔物達を殺していく。
このダンジョンの魔物100体をソロ攻略しなければならない。
しかも、条件3は魔物からダメージを一度も食らわないという条件。
かすっただけでダメになるのかはわからないが、めちゃくちゃ集中しなければならない。
これボス戦もそうなのか? 結構鬼畜仕様では?
ノーダメージで攻略しろというのは相当に難しい。
でもこれはとても訓練にはなった。
一撃もらったらアウトの敵は多い、それこそアーノルドの一撃は致命的。
「前から思ってたけど……なんかこの完全攻略の条件って、訓練みたいだよな」
俺は50体目の魔物を隠密で狩りながら感じていた。
ダンジョンの完全攻略の条件は、いうなればゲームのようだ。
そしてゲームの特殊な条件は難易度が高いが、それはそれに到達できるほどの技量を求められる。
「強い奴を育てたいのか、強い奴に力を与えたいのか……というかこの眼じゃないとそもそも無理じゃないか? この眼を持っている人に力を渡す前提……」
何かが俺の中でつながりそうになる。
この眼じゃないとこの条件は達成できない。
無理とは言わないが、知らなければ難しいだろう。
そしてまるで俺を鍛えるかのような条件……。
「……まぁ考えても仕方ないか。お、団体さんだ」
そして俺は目の前に現れたレッド種の群れと相対する。
一匹で街一つぐらい壊滅させる10万に近い魔力の魔物。
それが5匹、赤い鬼、赤い狼、赤い虫。
この洞窟は種族の統一性なんぞ、なにそれといいそうなほど多種多様な敵だった。
それでも。
「ふぅ……これで55」
雷の跡には焼けた赤い屍しか残らない。
◇一方 日本
「インタビューよろしいでしょうか!!」
テレビのアナウンサーとカメラマンが東京のビジネス街で道行く人にインタビューを行っていた。
「天地灰さんの追放についてどう思われますか?」
「えーあのS級のですよね。彼がした行動の理由が明かされていないのでなんとも……でも僕はそれほど悪い人には見え──」
「あ、じゃあ結構です」
最後までインタビューせずに切り上げるアナウンサー。
彼女が欲しい絵はこれではない。
「天地灰? あぁあのS級の男の子ね。私は怖かったわ、なんかよく分からないけど……あんなのに暴れられたらねぇ……」
主婦は良く分からないと灰のことを恐怖する。
あの日アーノルドに暴行を加えたことは世間一般に知れ渡る。
ただその理由だけは伏せられていた。
それは田中も景虎もレイナにとってそれがいいと思ったからだ。
灰のことを考えると、それでも発表したい気持ちになるが剥奪は決定されているためぐっと我慢する。
「貴重なご意見ありがとうございます!!」
そしてアナウンサーはある程度良い素材が集まったとインタビューを終了した。
インタビュー結果を悪意ある編集を行う。
別に灰を陥れようとかそういう意図ではない、ただその方が数字が取れるから。
批判するほうが、視聴者が喜ぶことを知っている。
マスメディアは都合のいいコメントだけを集めて悪意ある編集を施していく。
それが民意であるかのように、そして民意がそれを望んでいるから。
◇彩達が日本に帰る数時間後。
テレビでは連日、灰の話題で持ち切りだった。
「どうですか、山崎さん。彼のあの行動は認められるものなのでしょうか」
テレビで二人のコメンテーターが議論を交わしていた。
「難しいでしょう、理由はどうあれ、暴力を振るった。その一点に関しては擁護できません。ノブリスオブリージュ、力ある者は責任を持たなければ、聞けばまだ未成年で大学にもいかれてないとか。ご両親も早くに亡くされましたし、精神的に未熟な部分が多いのではないでしょうか」
「しかし、滅神教を倒したことは評価されてもいいのではないでしょうか。彼がいなければ危なかったのも事実だと」
「それもアーノルド殿が来てくださったので、別に彼が倒す必要もなかったはずです。それどころかアメリカとの関係悪化が私は怖いですよ、しかも中国の王偉と義兄弟の盃を交わしたと。彼を日本に招き入れたら関係はさらに悪化するのではないですか? 中米に挟まれて一体どうなるか……我々は軍事的には中堅国家です。日米安保条約を守っていかなければ」
「では、天地灰は日本に戻せと言う世論もありますが。山崎さんは反対だと」
「ええ、私は賛成できませんな。アメリカと戦争でもする気かと言いたいところです。確かに我が国のS級は諸外国に比べて圧倒的に少ない。ですが、今日は大変良いニュースがありますよね? そろそろ会見の時間ではありませんか?」
「そうですね。15時からですので……あと2分ほどですが……えー、あ、はい。もう大丈夫だそうなので、画面を切り替えます。ではどうぞ」
そしてテレビのニュースは切り替わる。
その日、急遽緊急の会見が行われることとなった。
それは景虎元会長の案でもあった。
灰の追放と滅神教、そして龍の島に対する不安でいっぱいの国民達のためにと。
多くの記者に囲まれて、景虎元会長と悪沢現会長の二名が並んで座る。
その隣にはもう一人、銀色の髪の美しい少女。
「では時間となりましたので、発表させていただきます」
悪沢がマイクを取り立ち上がる。
「本日はお集まりいただきありがとうございます、事前に皆さまにはご連絡させていただきましたとおりですが、協会職員であり、我が国の数少ないS級である銀野レイナさん」
その言葉と共にでっぷり太った腹を揺らしながら悪沢がレイナを見た。
記者達もカメラのシャッターを鳴らし、その重大な発言を今か今かと待っている。
「この我が協会の! 銀野レイナさんが、世界で6人目の超越者であったことが判明いたしました!!」
パシャパシャパシャ!!
レイナは母に封印された魔力があの日返ってきていた。
その結果魔力総量は、灰が言う通り100万の魔力を超えていた。
それに伴い、測定器限界を超えたことが確認されたため、今日この日超越者であると世界中に発表することになった。
「質問よろしいでしょうか!」
次々と記者達からの質問に答えていく悪沢。
レイナの現象は、まれに発生するキューブ攻略による再覚醒現象だと説明された。
最後まで滅神教である母ソフィアとの関係は、説明されない、それはイメージが悪いからと悪沢が止めた。
「今後レイナさんは、国防の要として我が国の守護者となりうるのです! ですから皆さんご安心ください! 天地灰がいなくとも問題ないのです!」
「それは言わんでいいじゃろう……」
その発言を聞いて景虎が不機嫌な顔で小声でつぶやいていた。
レイナが超越者であることを発表し国民の安心と国防の強化を考えたのは、景虎の案でもある。
どうせ隠せないのなら、効果的に発表するべきだろうと。
それをレイナが承諾してくれたのでこの場を設けたが、悪沢が灰がいなくても問題ないと強調する。
国民を安心させるためとはいえ、あまり親しい人を下げられるのは気分が良いものではない。
「こういうところは二世って感じだの、うまいというかなんというか……」
それでも景虎は黙って聞いていた。
国民が安心するならそれはそれでいいとも思ったからだった。
灰には後でフォローを入れるとしても、自分はもういい年なのだからこれぐらいは耐えなければならない。
「では、最後にレイナさんから一言いただけますでしょうか」
寡黙なレイナのことは日本中が知っている。
その声を聞いたことがあるものなど少数派だろう、だからこそミステリアスな人気もあったが。
「いえ、レイナさんはあまりこういった場で発言はしませ──!?」
記者からの質問を止めようとした悪沢。
しかしその悪沢が持つマイクをレイナが奪い取る。
余りに速すぎで悪沢自身も何が起きたか理解できず、一般人には視認すらできなかった。
「レイナ!?」
それを見た景虎が驚く。
あの日から変わったとは思ったが、主体的な行動をするような子ではなかったから。
「え? ……レ、レイナさん!? 返してくださいます──!? なんだ? これ?」
「光の盾」
レイナと悪沢の間に半透明の銀色に光るガラスのような盾が現れる。
「ちょっと!?」
悪沢がドンドンと壁を叩く、しかし超えられるわけもなく。
記者達も何が起きたんだとざわめいた、だがレイナが話し出すと全員が静かになって聞き耳を立てる。
「聞いて欲しいことがあります」
それは日本中が同じことだった。
透き通るような綺麗な声が電波に乗って世界中に響き渡る。
「私の母は、銀野ソフィア。あの日アーノルド・アルテウスに殺された滅神教の大司教が私の愛する母です」
「な!? カ、カメラ止めろ!!」
その発言を聞いて悪沢が焦り、景虎は笑う。
自分は年を重ねいつの間にか仕方ないと諦める正義もあったのだが、この少女にはそんなことは関係なかった。
ただ自分の赴くままに、熱い炎を灯してもらったままに。
氷は解けて、燃え盛るのは恋の炎。
「ママは操られて間違ったことをした。でも灰はそれでも私のママを助けようとしてくれた、私のためにあの最強に立ち向かってくれた。灰がしたのはみんなにとっては悪いことだって言われた。でも私にとっては違う、ママを助けようとしてくれた灰が嬉しかった。灰が悪者なんてありえない。だからうまく言えないけど……」
その銀色の少女の眼にはうっすらと涙を流し。
「灰を虐めることは誰が相手でも許せない。だって私は」
思いの丈を世界に伝える。
その銀色の髪をなびかせて、顔を上げて言い放つ。
「灰が大好きだから」
真っすぐすぎる愛の言葉を。
世界へ向けて。