第74話 ライトニングー5
「!?……どこに!」
灰を見失ったソフィアは周囲を見渡した。
灰は先ほどの攻防で、ソフィアの影を踏んでいた。
そして発動した自身も苦しめられた『ライトニング』。
目の前で突如消えた灰、速いという次元ではなく目で追うことすらできなかった。
「女性は気が引けるけど……俺はもうそこまで甘くない」
相手は狂った集団、滅神教。
加減できるほどの余裕はないが、可能なら無力化したかった。
灰はソフィアの後ろへと転移する。
「しまっ──!?」
それに気づいたソフィア、しかしすでにもう遅い。
背後から全力の手刀がソフィアの首を殴打する、ソフィアの意識を刈り取ろうとした灰の攻撃。
あの日の景虎の言葉を思い出す灰、本当は殺さなければならないのだろう。
でも灰は選ぶ。
強者にしか選べない選択を。
「ガハッ!?」
その衝撃でよろめいたソフィア。
しかし、切り離されそうな意識をなんとか踏ん張り、ソフィアの反撃の蹴り。
「……やっぱり、あなたは戦いの経験はないんですね。まるで素人だ……」
だがその蹴りは、初動で止められ威力を完全に封じられた。
別に灰が達人というわけではないのだが、それでも多くの戦いから十分経験は積んでいる。
その灰から見て、ソフィアの攻撃はお粗末としかいえなかった。
戦いの動きが素人の女性のそれなのだ。
もちろん、S級。
その一撃は鉄筋コンクリートすらも破壊する。
しかし、それは体の使い方ひとつで威力が変わるし、そんな大振り当たる気がしない。
(それにやっぱり……)
灰はその目を輝かせ、ステータスを見た。
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名前:銀野ソフィア
状態:狂信
職業:封術師【上級】
スキル:封印術(魔力+489706)
魔 力:23050
攻撃力:反映率▶25%=128189
防御力:反映率▶25%=128189
素早さ:反映率▶25%=128189
知 力:反映率▶25%=128189
装備
・黒王狼の毛皮ドレス=防御力+20000
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「その封印術……レイナの魔力を奪ったものか」
灰はステータスを見て理解する。
レイナに封印術を施したのは、この人だと。
そして会長達の話と合わせ、名前は銀野。
やはりこの人は。
「そう、それがわかるってことは……やっぱりあなた特別な力があるのね。先ほど消えたのもその力なの?」
「さぁ、どうでしょう。それより、あなたはレイナのお母さんですね。なぜ娘をこんな目に」
「娘だからよ、最愛の」
「理解できません。行動と言っていることが違いすぎる」
「別に理解されようとは思わないわ!! 本当の愛も知らない子供に!!」
灰に掴まれている足を無理やり払ってソフィアは再度灰に殴りかかる。
灰はフーの時にすでに理解している、この人達に言葉の説得は難しい。
ましてや今は戦闘中、だから、諦めたようにつぶやいた。
「──ライトニング」
「!? また!!」
振り切ったソフィアの腕。
しかし、目の前から灰が消える。
そして、次に現れた位置は、自分の真下、影の上。
ソフィアが振り切ったことによってできた頭上の太陽からの影の上だった。
灰は、右こぶしに力を入れる。
魔力の流れを全て読み切り、最もガードが薄くなったソフィアの腹へ。
「後でゆっくり話しましょう、娘さんと一緒に!」
「ゴホッ!?」
その一撃は、ソフィアの意識を刈り取ることは容易だった。
ソフィアはそのままうずくまって、地面に倒れこんだ。
「……あとは」
それを見届けた灰、すぐに周りを見渡す。
右では会長と滅神教のまるで軍人のようなガタイの男が戦っている。
左では、天道さんがパラディンとウィザードによる挟撃をうけている、それでも押し切っている辺りさすがだが。
「まずは……」
バチッ!
「な!? どこから!! ソ、ソフィアは!?」
俺は天道さんを苦しめているそのウィザードの影を見る。
視認さえできれば、人の影だろうが、その上に転移することは可能だった。
「あっちで倒れているよ、よくもこんなに人を殺したな」
灰は周りの死体を見る。
どれも焼け焦げており、この炎の魔法使いがやったのだろう。
だから慈悲はない、しかし裁くのは俺ではなく法に任せようと思う。
「く、くそ!!」
これほど接近されたウィザードにこの状況を対処する方法などない。
必死に火の玉を掲げようとするが、そんな時間を与えるわけがない。
「ウィザードを倒すのには慣れてるんだ!」
灰は、そのウィザードの顎を魔力を込めた拳で貫き一撃のもと気絶させた。
「よくやった、坊主!! 覇邪一閃!!」
それにより余裕ができた天道の一撃が、守りを固めていたゾイドの剣ごと貫いて、その鎧の男を一刀両断した。
「まさか……一瞬で形勢が……」
それを見たローグが、驚きの表情で周りを見る。
先ほどまで勝利が目前だったのに、灰の登場でソフィアは破れフレイヤも一撃で倒された。
ならばあの黒龍相手にゾイドだけでは荷が重く、その必殺の一撃で敗れ去る。
形勢は逆転し、もはや戦えるのはローグのみ。
「どうやら、儂らの勝ちのようじゃな」
「そのようだな、まさか一手ですべてひっくり返るとは……」
ローグは少し諦めたように肩を落とす。
もはや自分達の勝利はない、正体不明の力を持つ灰、黒龍、そして拳神相手に逆転の手はない。
「投降する気はないか、ローグ。命まではもしかしたら……」
「……いや、投降はせぬ。それが私の最後の意地だ。ではな、景虎」
「なぁ!? ま、待てローグ!!」
その一言と共にローグは、短剣を自らの心臓に突き刺した。
血と共に、膝から崩れ落ちるローグ。
景虎がすぐに駆け寄り、倒れるローグを抱える。
「なぜじゃ、ローグ……」
「……わからない……何か……靄のようなものが……晴れた気がする。私は……ただオリヴィアを救いたかっただけ……なの……に」
そして光の無かったローグの目に一瞬光が取り戻される。
しかしその光はすぐに消えて、ローグの命はその場で終わる。
「バカ者が……あっちでオリヴィアに怒られてこい……」
景虎はしばらく目を閉じる。
そっとローグの顔に手をかざしその目を閉じさせた。
だが、すぐに立ち上がる。
「我々の勝利だ。すぐにけが人の治療を! 被害は多いぞ! 生きている滅神教の二人は、米国に引き渡すこととなっておる!!」
景虎がこの場の勝利を高らかに宣言した。
拳を上げるようなパフォーマンスは電波にのって日本中に伝えられる。
確保したのは二人。
フレイヤと名乗る魔術師と、レイナの母のソフィア。
「し、勝利です! 突然現れた雷のようなものを纏っている少年は正体はわかりませんが、その助力によって今滅神教を退け勝利しました! 我が国の守護者たちが勝利したのです!!」
その中継によって灰のことは世界中に知れ渡る。
その力と特異性、そして存在していることが国へ与える危険性も。
だが今はこの戦いを勝利したことだけが、国民の胸に刻まれる。
「私達の国が世界的大犯罪組織、滅神教の大司教と呼ばれる幹部クラスを倒したのです。これは長年世界中を苦しめてきた──え? なにあれ」
アナウンサーがその勝利を世界中に伝えようとしていたときだった。
それは起きた。
空から何かが降ってきた。
音の壁も突き破りまるで隕石のような速度で、人のような何かが振ってきた。
「くっ……ま、まだ……」
灰に顎を打ち抜かれたフレイヤがふらふらとした体で立ち上がる。
灰はそれに気づき、すぐに構えてもう一度気絶させようとした。
もはや戦えそうにはないが、それでもS級。
剣を構えて、スキルを発動しようとした瞬間だった。
それは空から落ちてきた。
「ガハッ!!」
空から降ってきた何かによって、フレイヤはつぶされた。
血をすべて吐き出して、体を貫かれ絶命する。
その衝撃はまるで隕石が落ちたように周囲を吹き飛ばし、瓦礫も周辺のビルも吹き飛ばす。
「な、なんだ!!」
瓦礫が吹き飛び、灰と天道、景虎は目を細める。
砂煙が舞い起こり、視界が悪い。
「ママ!」
レイナは混乱しながらも、その衝撃で飛ばされそうになって気絶している母を抱きしめた。
その衝撃がやみ、舞い上がった砂埃が落ち着いた。
その中から現れたのは人だった。
「……まさか」
灰が見たのは人だった。
世界一有名な攻略者だった。
そして、そのステータスを見た俺は絶句した。
「なんだ……この化物は……」
それは、アメリカ人だった。
今世界で最も有名で、世界で一番傲慢で、そして世界で一番──。
「……アーノルド・アルテウス……きてしまったのか」
──強い男。
景虎がその男の風貌を見た瞬間つぶやく名前。
それは味方の名前ではあった。
一応は人類の味方ではある。
ただし、そんな優しいものではない。
それは破壊の権化の名前。
所属は米国、アメリカ人。ただし、軍には所属していない。
それでも日本の救援要請を受けてきてくれたのだろうことは景虎にもわかった。
自由の国を代表するかのような世界で一番自由な『暴君』。
個人の力のみで、国すら亡ぼす本当の世界最強。
「超越者……暴君アーノルド・アルテウス……」
灰はその存在を知っている。
この世界の頂点はS級、しかしそのS級ですら枠に収まらないものが存在する。
何十億といる人類の中で、たった五人しかしない最強の一人。
魔力100万超え、その存在はこう呼ばれた。
『超越者』、神と呼ばれるS級すらも超越した存在。
『ふぅ……久しぶりに寿司でも食いてぇってOKしたら……なんだもう終わりかけかよ。まぁ一応仕事するか。滅神教は──』
首をコキコキとならすその男、アロハシャツと短パンにサンダル。
短髪の金髪でサングラスをかけたまるでビーチにでも遊びに行くようなラフな格好。
そのうえで、その体格は天道さんや景虎会長ですら比較にならない二メートルはあろう隆起した筋肉の巨人。
その巨人がこちらを振り向いた。
その視線の先はレイナを見る。
正確には、レイナの母を。
『──殺す!!』
そして、踏み込むアーノルドが音すら置き去りにする速度でレイナ達の前へ。
「レイナ!!」
灰が叫ぶと同時に、レイナがアーノルドの前に立ちふさがる。
倒れて意識が朦朧としているレイナの母、ソフィアを守るように。
一瞬拳を止めるアーノルド。
『HEY、JAPANESE。そこどけ。プレジデントのオーダーだ。滅神教を全員ぶっ殺せってな』
その拳がソフィアの前に立ちふさがるレイナにも向けて振り上げられる。
「どかない!」
『OK、死ね』
その世界最強の拳がそのままレイナに襲い掛かる。
一切の戸惑いはなく慈悲もなく、すべてを破壊する最強が。