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第72話 ライトニングー3

◇田中が灰を置いて出発してから一時間後。


「……あれ? ここは?」


 俺は病院の一室で目を覚ました。

知らない天井、白いベッドの上、横には古いタイプの小さなテレビがついている。


「起きたか……さすがはS級。驚異的な回復力じゃな」


 俺の横にはお爺さんが座って両手をかざしていた。

そのお爺さんの手からは優しい緑の光、これは治癒魔法の時の光だ。


「もう少しじゃから座っとれ……跡が少し残るがとりあえず傷は塞がっとる。A級の治癒魔術師で日本のブラックジャックと呼ばれた儂に感謝するんじゃな」


「は、はい……(それただのブラックジャックじゃ……)」


 その冗談なのか本気なのか分からないお爺さん。

俺が起き上がろうとすると俺を手で制する。

どうやら俺はまだ回復させられているようだ。


「まったく……攻略者はこれじゃから嫌なんじゃ、無茶ばかりしよって……治すほうの身にもなれ、まぁ、わしなら死んでさえいなければ全部直してやるがな! がはは!」


「す、すみません、ありがとうございます」


 THE職人という感じのお爺さんだな。

でも医者としての腕は確かなようだ、治癒の魔術師が医者としての知識を持つとどの部位から直せばいいかなどが判断できるためより生存確率が上がると聞いたことがある。

しかも名医こと、ブラックジャックなのなら死んでさえいなければ本当にどんな傷も治せるのだろう。


「それに今東京は大変なことになっておる、また孫の仕事が増えるな……物騒な世の中じゃ。滅神教らしいぞ、お前さんも戦いにいくのか? 外に軍人が待って居ったぞ」


 俺はそのお爺さんが見据えるテレビを見た。


「そんな!?」


 そして俺は朦朧とする意識を覚醒させて思い出す。


 今この国で何が起きているのか、俺が倒れる前に田中さんが言っていたことも。

そこには東京で起きている滅神教のテロ行為が映し出されている。


 レイナ、天道さん、景虎会長が滅神教と戦う姿が。


 そしてもう一人、いつも俺を助けてくれる田中さんがレイナに向かって走っていく姿も。


◇一方 東京


「ぬぅ!! 龍之介! レイナ助けろ!」


「それができたら苦労しねぇ!! レイナ、とりあえず全力で逃げろ!!」


 景虎は、ローグと一騎打ち。

天道は騎士のような男、ゾイドと魔法使いの男、フレイヤとの二体一。

どちらも全力で戦ってなお、均衡している状態だった。


 そしてもうひとペア。


 レイナとソフィア、娘と母も戦っている。


 だが、それは戦いというものではなかった。


「レイナ、お願い。動かないで……今度はちゃんと全部封印してあげるから」


「いや、いや!!」


 レイナは泣きじゃくりながらも一歩一歩と後ろに下がる。

ソフィアは優しい笑顔でレイナへと歩を進める。


「レイナ、いい子だからね? ちゃんと封印しないとだめなの、そしたらあなたは神から解放されるからね。だから……あんまりママを困らせないで」


「やだ、やだ……」


 レイナは過去をフラッシュバックする。

想像もしたくないおぞましい過去、封印の儀式と呼ばれる過去の記憶を母の顔を見て思い出していた。


「レイナ……」


「いや!!」


 ソフィアがレイナに触れようとした。

レイナは反射的に、泣きながらその手を振り払う。


 その瞬間だった。


 あんなにやさしそうに笑っていたソフィアの表情が曇りだす。

氷のように冷たくなって、怒りをため込み噴火する火山のよう。


「なんで……なんでお前はママのいう事を聞けないのよぉぉ!!!!」


「ひぃ……」


 その怒声にレイナは震えた。


「前は右足と右手だけしかできなかったから、半分しかできなかったの。だから今日は全部やろうね、レイナ。そしたらレイナは神の支配から抜けて自由になれるのよ!!」


「あぁぁ……」


 レイナは思い出す。

かつての儀式、台座のようなものに磔にされた自分。

その右足と右手に剣を突き刺され、絶叫と涙と血が止まらなかった。

その傷は今も残っている。


「ママやめて、お願い。許して……」


 まるで小さな子供のように泣いて震えるレイナ。

もはや戦うなどできる状態ではない、それほどに彼女にとってトラウマだった。


「レイナ。あとは左手と左足、そして最後に首。それで完成だから……ねぇレイナ。私があなたを救うからね。ママがあなたを守るからね。大丈夫だからね」


 レイナにソフィアの手が振り上げられる。

優しい表情と言葉とは裏腹にその狂気はレイナの命を奪おうとしていた。


 レイナはぎゅっと目をつぶる。

抵抗することなどできないほどに恐怖で震える。


 その直後だった。


「ファイアーウォール!」


 炎の壁がレイナとソフィアの間を隔てる。


「レイナ君! 逃げなさい! ここは私が時間を稼ぐ!!」


 そこに現れたのは田中一誠。

A級魔術師にして、ギルドアヴァロンの副代表。

田中は灰がすぐに向えるように米国に依頼して、軍事戦闘機を二台用意させていた。


 田中は灰が攻略している間に米国に交渉していた、米軍は元々ダンジョン協会経由で滅神教からの防衛を依頼されていたのでそれを快諾した。


 沖縄普天間基地から直接東京へとその戦闘機で到着する。


 その速度は旅客機の比ではない。


 そして今、この現場へと間に合った。

レイナとソフィアの間に炎の壁を作り出し、間へと走って泣きじゃくるレイナを抱き上げようとする。


「田中君! よくぞ!」


「よそ見をしていいのか、景虎ぁぁ!!」


「くっ!」


 その田中の到着に一瞬安堵する景虎。

レイナとソフィアならレイナのほうが圧倒的に強い、だがレイナはソフィアと戦うことはできない。

なら田中の参戦によって何とかなるだろう、なぜなら景虎達の記憶ではソフィアはA級の下位の強さだから。


 それでもレイナにとっては相性が悪すぎる。

しかし田中は違う、景虎はこれならいけると考えた。

だが、その景虎の安堵した顔を見てローグは笑いながら否定する。


「もしかして、ソフィアがまだ弱いと思っているのか? 確かに10年前はよくてA級ほどの強さだった、しかしあいつのスキルは特殊だっただけだ。滅神教の大司教が弱いわけがないだろう?」


「大司教……S級……まさか……田中君! レイナを連れて逃げろ、戦うな! 何か悪い予感がする、ソフィアは──!?」


 景虎が何かに気づき声を上げる。

田中にその場から逃げろと大きな声で指示を出した。

ソフィアは何かしらの力で成長している、それが何なのかまでは景虎たちにはわからない。


 だが経験からか嫌な予感がした景虎は、田中に叫ぶ。

このままでは田中が危ない、何か背筋が凍るような気持ちになる。


 だが、すでに遅かった。


 ソフィアの狂気は、もはやどうしようもないほどに狂っている。

力無き者の命などに、躊躇うことなど一切ないほどに。


「お久しぶりですね、田中さん」


 火の壁の向こう側でソフィアと田中が会話する。


「ソフィアさん……そのまま止まってはくれませんか。一心はこんなこと望んでいない」


「ふふ、相変わらずですね。あなたは……でも今はゆっくりお話する時間がないので──」


 それは、一瞬の出来事だった。


「──死んでください」


 真っ赤に染まるソフィアの手。


 真っ赤に染まるレイナの顔。

しかし傷ついたのは二人ではない。


「!?……ゴホッ!」


 その血は、田中の血。

火の壁など何も意味がないと荒野を歩くがごとく真っすぐ進むソフィアが、その手で真っすぐに田中の腹部を貫いた。

その速度は田中では反応できないほど速く、田中達の認識上のソフィアの強さではない。


 命の炎を真っ赤な血で消そうとする狂気の手が、田中の命を終わらせる。


「た、田中さん! いや、いや!!」


 レイナは叫ぶ。


「一誠さん!!」

「よそ見をしている余裕があるのか? 黒龍」

「しまっ!?」


「田中君!……!?」

「いかせんよ、景虎」

「ぐっ!!」


 それに一瞬気を取られた天道と景虎が攻撃を受けて瓦礫に埋もれる。

これでは田中を助けることなどできない。


「レイナ……く……ん。に……げろ。灰君のところ……まで。彼なら……」


 田中は貫かれた手を握りしめる。

少しでも時間を稼ごうと、死に体でありながらソフィアを掴む。


「田中さん! 田中さん!!」


 田中はその場で膝をつき、血を吐きながらその目から光を失わせていく。


「私は……大丈夫……だ、レイナ君……はやく逃げなさ……い……」


 この国の代表の一人として燃え盛っていた炎は、今にも消えそうなか細い火に変わっていく。


 この場には田中を救えるものはいなかった。

レイナは泣きじゃくり、天道と景虎はその手を阻まれる。

レイナは動けない、逃げることすらもできない。


 ただ冷たくなっていく田中を前に絶叫することしかできない。


 そしてソフィアがもう片方の手を振り上げた。


「さようなら、田中さん。主人によろしく伝えてくださいね」


 その一撃を止めることはこの場の誰にもできない。


バチッ!


「──ライトニング」


 ただ一人、闇を払う稲妻のごとき彼を除いて。

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