第70話 ライトニングー1
俺が大の字で横になっていると、あの声が急かすように告げた。
『奥へと進んでください』
「いくか……早く治療しないと死にかねないしな……」
俺は最後の力を込めて立ち上がる。
戦うほどの力はないが、歩くぐらいならまだなんとかなる。
胸から血が滴っているが、よくこれで生きているなと笑ってしまう。
俺はあいつらが来た真っ黒な扉へと向かった。
その扉は光り輝いて、ボス戦後だけ通れるような扉。
ちょっとだけゲーム仕様だなと思った。
俺は投げ捨てたスマホと荷物をもって、その扉へとゆっくり進む。
よかった、バキバキに割れているがなんとか壊れていない。
このスマホには命を助けられたのだから感謝して修理してやらないと。
今度軍事用の金属ケースにでもするか。
「眩しい……ここは?」
その光の扉を通った先、そこは小さな部屋だった。
学校の教室ほどの小さな部屋。
そこにあるのは古びた……。
「鎧と剣? これって……まさか」
それは先ほどまで死闘を繰り広げていた白い騎士。
白と黄色の甲冑を来た『ライトニング』を操る騎士だった。
ただし、動く気配はない。
鎧も錆びて、今にも崩れ落ちてしまいそう。
その騎士が部屋にぽつんとある石造りの椅子に座っている。
「一体……」
俺はその騎士に近づいた。
今にも動きだしそうだが、俺が近づこうとも何の反応もない。
その首には、銀色のタグ。
「このタグと一緒だ……」
俺はそのタグに触れた。
その瞬間だった。
黄金のキューブの時と一緒。
俺の脳裏にただ情景が流れていく。
◇
「ライトニングさん! 俺! 俺、絶対ライトニングさんみたいな強い騎士になります!」
目の前には少年がいた。
年は俺と同じぐらいだろうか。
目を輝かせ、尊敬し、憧れるような表情で俺を見る。
木剣だけを握りしめて、白い胴着のような服を着た少年。
ここは、剣道場? 何かの稽古をしているのだろうか。
周りには多くの少年が、同じように剣を握って素振りしていた。
そしてその背には小さな翼。
人じゃないんだろうか。
「どうやったら強くなれますか! 俺魔力が少なくて! でも剣技ならだれにも負けないつもりです!! 誰よりも剣を振ってきた自信があります!!」
するとその少年の頭が白い甲冑を着た騎士になでられた。
「ははは! 焦っても試験は早まらんぞ。それにお前が挑戦するのは、アテナ様の騎士選定試験だ。試練内容は明かされていないが、強ければ良いという試験なわけがあるまい。だが、一つアドバイスするとしたら。強くあれ、思考を止めるな、そして何よりも慈愛に満ちた優しさを。きっとその先にお前は──」
そして目線がその少年と同じになったと思ったら、俺はとても優しい笑顔で微笑みかけていた。
「──闇を照らす光となれる。期待しているぞ、我が弟子。ランスロット」
~
突如視界が暗転したかと思うと俺は戦場にいた。
「ライトニングさん! もう持ちません!!」
俺は戦っていた。
相手は黒い騎士達で、白い騎士達は必死に抵抗した。
黒い騎士だけではない、そこにはさまざまな魔物達がいた。
それこそ王種、帝種といった凶悪な魔物達。
「諦めるな! 今、姫様が最後の儀式を完遂させようとしている!! ランスロットなら! あいつなら必ず姫様を守り切るはずだ!! それまで絶対にここを抜かせるな!!」
自分達の数万倍いる敵と戦う白い騎士達。
全員が一騎当千の強さを誇る今の俺よりも圧倒的に強い騎士達。
戦場を駆ける稲妻が雷鳴轟かせ、千の軍勢を焼き払う。
それでも。
「ぐはっ!!」
敵は万を超えている。
稲妻のごとき速度で戦場を駆ける俺。
しかしそれも体力の限界がきて、ついには数の前に打ち倒される。
胸を貫かれた俺は、その場で膝をついた。
「はぁはぁ……ここま……でか」
もうだめかと思った瞬間だった。
そのとき俺の体の中心から光が溢れる。
「これは……ふふ、そうか、やりきったのだな。ランスロット……」
その光は周囲を包み込み、そして黒い騎士達を次々に吸収していった。
俺は最後の力を振り絞るように、黒い騎士達を見つめて言い放つ。
「待っていろ、闇よ。いつかだ……いつか我々の力を、我々の光を集めた者が現れる。その者が必ずお前達をうち滅ぼし、世界を照らす光となる。必ずだ! だがそれまでは……」
やがて色鮮やかな四角い箱のようになったその光とともに。
「我らの命と共に眠ってもらうぞ」
◇
「……今のは」
俺は元の部屋に戻っていた。
その光と共に、視界が真っ白になり気が付くと元の部屋にいた。
俺が手に持っていた銀色のタグは光の粒子となって消えていく。
俺はまた同化していたのかもしれない。
回らない頭のまま俺は目の前の鎧に触れようとした。
きっとこれは俺が今同化した人、この人の記憶の旅に出たんだろう。
そして先ほど戦ったのもおそらく。
「一体過去に何があったんですか……ライトニングさん」
さっきのは一歩間違えれば死んでいたような戦いだった。
それでもどこか俺はあの白い騎士を悪だとは思えなかった。
敵ではあっても悪ではない、いや、そもそも敵ですらないのかもしれない。
俺がその古びた鎧が手に握っている錆びた剣に触れた瞬間だった。
『……個体名:天地灰。覚醒騎士に昇格、スキル:ライトニングを獲得しました』
「そっか……」
俺が触れた瞬間、光の粒子となってその錆びた騎士は消えていった。
その光の粒子の一つがゆらゆらと俺の中に入っていく。
その瞬間に、あの無機質な音声が俺の昇格とスキル獲得を告げた。
「俺は託されたんですね……力と……想いを」
あったこともない人だ。
それでも一瞬の同化だけで俺はこの人がとても暖かい人だということがわかった。
まるで父親のようなぬくもりすら感じた。
その騎士が光の粒子となって消えた後、その座っていた椅子には文字が書かれていた。
俺はその文字に触れ、そして読んだ。
『黄金色に輝く光がいずれ世界を覆う闇すらも払わんことを。今代の騎士よ。頑張れ』
その一文は、あの黄金のキューブに書かれていた石碑と同じ一文。
それに加えられたのはただ俺へのエール。
その文字を呼んだ瞬間、俺の体を光の粒子が包み込む。
これはキューブを攻略した時と同じ現象。
だからおそらく。
「終わりか……結局何もわからなかったけど……それにしても」
俺はその場で倒れこむように地面に倒れる。
仰向けになっていつものようにつぶやいた。
「俺はいっつもぎりぎりだな」
◇
「灰君! 待ってい─……お、大怪我じゃないか!!」
「すみません、田中さん。わがまま言います。病院へ連れて行ってください。もう無理……」
元居た場所に転移した俺はすぐに田中さんに助けを求める。
服が真っ赤に染まり、傷もまだ閉じていない。
先ほどまではアドレナリンで何とか動けている状態だったが、その効果も薄れている。
俺はもはや体が動かず、その場でうつ伏せに倒れこんでしまった。
今すぐに眠ってしまいたい。
「わかった! すぐに運ぼう!」
田中さんは、そのまま病院へと連れて行ってくれた。
車に乗せられ、後部座席で横になる、血で汚してしまったがあとで弁償しよう。
(あぁ、もうこのまま寝ていいかな……吐きそう、やばい意識が)
いつもの貧血が俺を襲う、今日はそれに加えて全身の切り傷が燃えるように熱い。
これは輸血パターンだなと乾いた笑いが出てくる。
それでもギリギリ保っていた意識のまま、田中さんに肩を担がれる。
どうやら病院についたようだ、本当に目と鼻の先だったな。
肩を担がれ病院の中に運ばれている間に田中さんは俺は告げられた。
「灰君。これは今言うべきじゃないかもしれないが……一応伝えておく。今東京に滅神教が現れて景虎会長達が対処している。私も先に東京に戻る」
「え……そんな……俺もいきま──ゴホッ!」
「その状態では無理だ、はっきり言おう、足手まといになる。もしくるのなら……治療して、それからきてくれ。私は現地で対応をする必要があるから戻る。凪ちゃんと彩君は戦場にはいないはずだから安心してくれ」
「……わかりました」
俺は薄れ良く意識の中、拳を握って頷く。
こんな体調で向かっても確かに無意味、むしろ俺を守ろうと邪魔になる。
なら早くヒールしてもらい、輸血してもらって、戦力としてからの方がいいだろう、ここでの問答すらも無駄な時間になる。
するとお医者さん達が慌てて走ってくる。
「すぐに運びます! この上に!」
移動式ベッドというのだろうか、あの重傷者を運ぶタンカのようなものをもって走ってきた。
車の中で田中さんが電話していたのだろう、法律違反はこの際仕方ない。
俺はそのベッドに乗せられそうになる。
もう何も考えられないし、今すぐに意識を失いそうだ。
それでも最後の力を振り絞り一歩だけ足を進める。
「ん? 灰君どうし……」
「すぐいきま……す……」
「灰君!?……では、先生頼みます!」
「はい! 伊集院先生がいます、問題ありません。おい、急いで運ぶぞ!!」
そして灰は意識を失い、そのまま運ばれていく。
「灰君……1時間ほどか……残念だが仕方ない。レイナ君も龍之介も会長も強い。あの三人に委ねるしか……」
田中はその背中を見ながら、その場を後にし東京へとむかった。
会長達が東京へ向かってすでに一時間が経過していた。
◇それから少し時は進み東京 日本ダンジョン協会東京支部
「か、会長……申し訳ありません」
ダンジョン協会 覚醒犯罪対策課エースの椿は戦った。
しかし、敗北し今は道路の上に倒れている。
致命傷ではないが、戦うほどの力は既に残っていない。
意識が朦朧とし、今にも闇に落ちてしまいそう。
A級上位の椿をもってして、時間稼ぎ程度にしかならない戦いが終わった。
そしてその戦いを中継していたヘリが一機。
「み、みえますでしょうか……今東京は大変なことになっております。本日朝9時ごろ、滅神教の大司教を名乗る四人がダンジョン協会を攻撃しました。それを会長の懐刀と呼ばれる椿小百合をはじめとする協会のA級が多くのギルドを率いて戦いましたが……結果はご覧のようです……」
テレビのアナウンサーが撮影用のヘリの上から日本中に中継する。
その先には燃えるダンジョン協会、廃墟のようになった一区間。
そのビルのがれきの上に立つ4人のローブに包まれた存在。
その眼下には、死体がいくつも転がっている。
ダンジョン協会を守ろうとして死んだ協会職員、国の一大事と飛んできたアヴァロンの精鋭達。
いずれも名の通った覚醒者、A級キューブ攻略者だっていた。
彼らはこの世界の紛れもない上位者達だった。
その数は100人にものぼった。
だが、そのすべてが敗北した。
S級、その神のごとき力の前では、彼らと言えどまるで塵芥のように敗れ去った。
巨像と猫。
連携し、小細工し、作戦を立てた。
それでも届かぬ遥か高き魔力という圧倒的暴力。
時間を稼ぐことで精いっぱい、それすらも滅神教にとってはわざとだったのかもしれない。
「や、やばいですって! これ以上近づいたら殺されますよ!!」
カメラマンの男は、危険だと叫ぶ。
「なにいってんの! 滅神教よ? 過去最高の視聴率よ!!」
「そんなん言ってる場合っすか!! 俺に死にたくないっす!!」
「バカね、死なないわよ。むしろ報道をやめた方が危険だわ」
「え?」
「多分奴らは私達に攻撃しない、相手はS級。本気をだせば一瞬でこのヘリぐらいあそこからでも落とせるもの」
「じゃ、じゃあなんで!!」
「見せたいのよ、奴らはこの国中に、いや世界中に。だから私達は生かされて、報道を許されている」
「そ、そんな……」
「続けるわよ、奴らの主張を国民へ。良いも悪いも事実を伝える、それがジャーナリズムってもんだから、包み隠さず事実だけを日本、いや、世界中に!!」
「気合入りすぎですって!! やべぇーよ……母ちゃん、俺死ぬかも……」
だがアナウンサーは怯まない。
そのマイクで東京の空から実況を続ける。
「聞こえているかな? 日本のダンジョン協会職員諸君。まだ息のあるものもいるだろう」
すると一人のローブの男が、眼下の燃える協会に向けて声を届ける。
まるで熊のような体格は、景虎会長よりも大きいが黒のーブに包まれてまるで巨大な岩のよう。
その声に、まだ息のある敗北者達が顔を上げる。
「再度我々の要求を伝えよう、少しは考え方が変わっているといいのだが……」
そして男はもう一度要求を伝えた。
「天地灰をだせ、そうすればこれ以上この国に被害は与えない」
男達の要求は灰を出せというものだった。
彼らは灰の家に襲撃した、しかし運よく誰もいなかった。
なぜなら灰は今沖縄にいる、そしてそれを知るのは関係者のみ。
それを滅神教は灰をダンジョン協会が隠していると勘違いした。
隠蔽しているという点では相違ないが。
「我々の要求はそれだけだ。何も難しいことではない、たった一人の男を差し出すだけでこの国は助かるんだぞ。何を迷う必要がある。もし要求がのまれないのであれば」
その男の後ろ、大きな声で話す男に比べれば随分と細い。
しかし、十分体格は良い髪が紅い男が手を上に掲げる。
直後現れたのは、まるで小さな太陽。
S級という近代兵器を凌駕する魔力の魔法使い。
その基本技、ファイアーボール。
ただしその威力は、核兵器とまではいかないが、落とした場所半径100メートルを焼野原に変えるほどの威力を持つ。
その威力を弱めた攻撃が初撃でダンジョン協会本部を襲ったのだから。
「これをお前達の頭上に落とす。その次は東京中にだ、天地灰を出すまで終わらんぞ、この国中を焼野原に変えてもいい。我々が手加減するとは思わないことだな」
これを東京の人口密集地に落とせば何人が死ぬかもわからない。
避難は始まっている。
我先にとダンジョン協会のある東京、霞が関から多くの要人、一般人が逃げ惑う。
本来指揮を執るべき日本ダンジョン協会の副会長が真っ先に逃げ、それに追従する形だった。
幸いに一時間という時間は、その周辺から一般人を退去させることには成功していた。
だが、滅神教のその男は灰をここへ呼び出せと命令し、でなければこれを国中に落とすと言ってのける。
その声は電波にのって日本中へと伝えられた。
「あ、天地灰ってのは誰だよ!」
「早く出て来いよ、お、おまえのせいだろ!!」
「なんで関係ない人が死ぬんだよ!!」
「なんでもいいから、早くでてきてよぉぉ!!!」
その国中の逆恨みの声は灰に向かう。
協会に家族がいるものも多く、その行き場のない怒りはねじ曲がって灰へと向いた。
悪いのはまるで、灰のように国民の声は次第に怒りに変わっていく。
しかし、それは違うと一人の職員が立ち上がる。
「はぁはぁ……お前達の要求は……絶対に飲めない」
それは椿だった。
震える足を精一杯手で支えてもう一度立ち上がる。
血だらけになりながらもその眼には炎を失わない。
「天地灰は……大事なこの国の……国民の一人だ。お前達のようなテロリストに渡すわけにはいかない……」
「その一人のために多くの国民が死んでもか? 綺麗事ではないか? それは」
「天秤ではない、人の命は。我が国は……長い歴史と多くの血を流し、法だけが人を裁ける法治国家だ。テロリストには……力には決して屈しない。どんな些細な要求だろうと……それは変わらぬ。お前達のやり方を、力による支配を我々は絶対に認めない……それが我々のこの国の……矜持だ」
その血だらけになりながらもその力強い目と、折れない心に岩のような男は少し笑う。
「プライドか……難儀なものだな。だがお前のような強い女……私は嫌いではないがな。しかし我々も目的がある、正義がある、大義がある。ならば止まるわけにはいかぬ、だから……この国の人間を燃やし尽くしてでも、達成する! いつまでそのなけなしのプライド貫けるかな! フレイヤ!! やれ!!」
そのフレイヤと呼ばれた男が再度手を上に掲げる。
小さな太陽が生まれ、それは真っすぐと椿へと向かって飛んでいく。
灼熱の炎が、空気すらも燃やし尽くしS級の魔法が日本へと落とされる。
それはまるで過去の大戦を終わらせた巨大な爆弾のように。
しかしこれは始まりの炎、終わりの炎ではない。
「……すみません、会長」
椿がその火の球をみて、死を覚悟し目を閉じた時だった。
「よう言った、椿!! それでこそ儂の部下じゃ!! レイナ、その火の球止めろ!!」
聞き覚えのある声が聞こえてくる。
いつもふざけているのに、ここぞというときには誰よりも頼りになる声がする。
年はもう70を超えているのに、いまだにこの国のトップに立つ声が。
そしてもう一つ、透き通るような透明な声がする。
「光の盾……」
その声と共に銀色の壁が空に現れる。
その壁に火の球が直撃するが、まるで何もなかったかのようにその盾は全てを守る光の盾。
椿達に一切のダメージはなく熱すらも通さない。
そして最後にもう一人。
真っ黒な刀を手にもって、無精ひげを生やしまるで傭兵のような男。
その刀を壊れそうなほどに強くにぎり、その腕の血管を浮きだたせる。
いつもやる気は無くだるそうにしているだけなのに。
今日だけは違っていた。
その男は、転がっている死体の一つの前に来てしゃがむ。
その死体の見開いた目を優しく手で閉じさせた。
「……悪い、間に合わなかった」
そして見上げるのは、神を殺すと謡う大司教の4人。
「……お前ら……覚悟はできてんだろうな……」
それは本気で怒る日本最強の侍の姿。
体中から真っ黒な魔力が噴き出して、それはまるで怒れる黒龍のように空気すらも震えさせる。
その黒龍が、叫ぶのは怒りの咆哮。
「ぶっ殺される覚悟が!!」