第69話 昇格試験(上級)?ー6
俺の最後の攻防が始まった。
右手には剣、そして左手にはもう一つ、俺のポケットに入っていたものを。
薄暗い部屋、俺の影をはっきり映し出す天井の光源をみる。
俺は真っすぐに駆け出した。
案の定、『ライトニング』は稲妻の速度で周囲に移動し、行方をくらませる。
これは想定通り、通常の他の影への瞬間移動、これは俺には止められない。
でも、方向だけは分かる。
俺はすぐにその方向を振り向く。
少しでも遅れて見失うと、次の瞬間移動の方向がわからないからだ。
『ライトニング』は雷鳴轟かせ、まるで転移のような瞬間移動を繰り返す。
俺は集中力を切らさない。
瞬きすら致命傷となりうる限界の戦い。
ヒットアンドウェイを繰り返す白い騎士の攻撃に体中に生傷が増える。
それでもいつか来るそのタイミングだけは絶対に逃がさないように目をそらさない。
それだけで世界は変わって見えると、俺はもう知っているから。
こいつに集中力の限界があるのかわからないが、我慢比べだ。
絶対に俺は諦めない、たとえ脳が焼き切れようが最後の最後まで集中を切らさない。
『ライトニング』が次、俺の影に転移してきた時。
その時が勝負の分かれ道だ。
俺はひたすらに待った。
それをこいつもわかっているのかもしれない。
10秒。
20秒。
そして1分。
一度たりとも俺の影の上には瞬間移動せず、四方八方から俺に切りかかる。
俺は時間すらも忘れて没頭した。
時間が緩やかに感じていくのは、きっと走馬灯に近い感覚なのだろうか。
(体が軽い……)
俺は自分の体が完全に制御できていた。
どんな動きも今ならできる気がすると、すべての攻撃を急所から逸らす。
それは努力に努力を重ねた一流のスポーツ選手だけに、ふと訪れる夢の時間。
どれだけ恋焦がれて願っても気まぐれにしか開いてくれない閉ざされた扉。
死の間際、俺は笑ってその扉を開いていた。
俺の世界はスローになって、時の流れを緩やかにする。
それは神の眼の力なのか、俺の力なのかもわからない。
今なら丸一日でもこうしてられる。
それほどに俺の動きは洗練されていく。
長い攻防、命のやり取り、そしてその時はやってきた。
俺の周囲を稲妻の速度で動き回る『ライトニング』。
部屋にある4本の支柱が、俺と白い騎士の間に聳え、一瞬俺は白い騎士の死角になりそうになる。
俺は思った、ここだ。
ここであいつは必ず仕掛けてくると。
そして支柱の裏にいった『ライトニング』。
そのギリギリで、騎士の体を取り巻く魔力がその真上へと昇っていくのが俺には見えた。
おそらくその支柱の裏では、白い騎士が俺の影へと移動するため『ライトニング』を発動しているはずだ。
だから俺は、先ほどと同じポイントに全力で走る。
そのためにこのポイントの周辺で走り回っていたのだから。
完璧なタイミング、俺の影が一瞬消える。
奴はスキル『ライトニング』が失敗し、スキルのクールダウンの一秒に入ったはず。
俺は全力で、走り出す。
その支柱の裏、一秒の猶予。
このタイミングで捕まえるしかない。
支柱の裏の動かない騎士へと剣を振り上げる。
「あぁぁぁ!!」
まだ一秒は経っていない。
成功した、捕まえられる、この一撃にすべてを賭ける。
(いける!)
俺が剣を振り下ろす、当たる直前だった。
もう一秒のクールダウンの時間がくる、しかし確実にまだ一秒は経ってない。
勝った。
そうおもったのに。
鎧に隠れて一切の表情が分からなかった白い騎士。
その白い騎士が一言だけこういった。
『残念だ……』
直後、その騎士を覆っていた真っ白な魔力が天を向く。
それは『ライトニング』が俺の影へと瞬間移動をするための予備動作。
俺は目を見開く。
まだ一秒は経っていない。
つまり、白い騎士は俺との駆け引きに勝っていた。
あの時死角で俺の影へと『ライトニング』を発動する振りはブラフだった。
だから失敗はしていないし、クールダウンも存在しない。
俺が俺への『ライトニング』を待っていることを読んでいたのだろう。
誘い込まれて、俺はまんまとおびき出された。
振り下ろす剣、もう止まれない。
今俺の背後に転移されたのなら俺は防ぐすべがない。
「あぁぁぁ!!」
俺は剣を右手だけで握りしめ叫ぶ。
それを見ながら白い騎士は落胆したように、魔力が天へと伸びる瞬間だった。
俺は笑って言い放つ。
「──俺の勝ち」
俺は右手一本で剣を持つ。
なぜ?
それは左手にこの状況をひっくり返すアイテムを持っているから。
俺は隠していた左手に持っているものを起動した。
これが俺の作戦だった、たった一つのか細い糸の上の作戦。
先ほど影が光に照らされて、小さくなったことを見て思いついた作戦。
成功するかは定かじゃなかった。
それでも絶対につかみ取る。
ポチッ。
俺が指を操作して押したのは、液晶画面。
それは俺の『スマホ』だった。
現代の武器。
その現代の武器が持つ機能は通信が主だろう。
戦う道具になるわけがないし、そもそもキューブの中では電波は届かない。
でも一つだけこいつには今この場に限ってだけ効果がある機能がある。
別にメインでもないサブ機能、それでも今は最大の力を発揮する標準機能。
それは、かつて人が手にした偉大な武器。
数万年世界を覆ってきた巨大な闇を、夜という世界最大の影を打ち倒した科学の光。
稲妻は恐怖だ。
人類は生まれて以来それに恐怖し、抗えずただ震えてきた弱い生き物だ。
だが人類は乗り越えた。
何世代と受け継がれる意思によって、雷すらも電気という力に変えた。
愚直な天才達が努力の果てに解明し、手にしたのはテクノロジー。
その受け継がれてきた英知の光が──。
『!!??』
──俺の闇をも打ち払う。
起動されたスマホ、直後ライトが光る。
俺はそのスマホを俺の背後の影の中心に向かって落とす。
スマホから照らし出された眩しい人工の光が俺の背後の影の中心を消し去って、転移先の影を分断する。
この瞬間、転移先の影は『ライトニング』できるほどの大きさにならず、スキルは失敗した。
転移に失敗した白い騎士の魔力が震えだし、一秒という今の俺にとっては悠久の時間を作り出す。
俺の目は黄金色に輝いて、世界の闇をも照らし出す。
「あぁぁぁ!」
俺の右手に握られた剣を、空中で回転させて器用に持ち替え逆手に持つ。
速度そのまま、震えて固まる白い騎士の首筋へと突き刺した。
俺はすぐにスマホを投げて逃がさないように、左手で白い騎士の右手をつかみ、剣をさらに深く突き刺す。
クールダウンから解放されたのか、あちらこちらに瞬間移動する『ライトニング』、しかしこれも予想通り。
触れている生物は、同時に移動する。
神の眼でこれは確認済み、だからこの状態からなら俺も同時に移動する。
世界はめまぐるしい速度で変わっていく、上も下も天も地もわからない。
それでも俺は絶対に離さない。
「あぁぁぁ!!!!」
これが最後のチャンスだと、腹の奥から声を出す。
ここで仕留めきれなければ次はない、血を流しすぎて意識も朦朧としている。
だから絶対にここで終わらせる。
俺は力の限り、剣を突き刺した。
左手に込める力は、逃がさないために、命を守るために。
右手に込める力は、敵を倒すために、思いを貫くために。
俺は最後の最後まで、力の限りを振り絞る。
そしてその時はやってきた。
白い騎士が剣を落としゆっくりと地面に倒れこむ。
ステータスを確認すると、状態が死に変わっていく。
倒れた騎士は、仰向けに地面に倒れて光の粒子となっていく。
勝ったのかどうかも理解できず、ただ虚ろに見つめていた俺にその騎士は言葉を紡いだ。
だが、先ほどの落胆していたような声ではなく、敗北し死んだと言うのにその声色はどこか嬉しそうに。
『見事だ……今代の騎士よ』
俺の勝利を賞賛した。
動かなくなった白い騎士はそのまま光の粒子となって完全に消滅した。
「はぁ─……」
俺はその場に座り込んだ。
「勝った……はぁ……しんど……」
どうやら俺は勝利したようだ。
この稲妻のごときチートスキルを持つ敵になんとかギリギリの駆け引きに勝利して。
『覚醒騎士昇格試験、クリア』
「よかった……これで終わりだ……」
安堵と共に、俺は大の字になって静かに目を閉じた。
今はこの死闘の勝利にただ安堵して、体中の傷の痛みに身を焦がされながらも。