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第62話 A級キューブ in 沖縄ー6


「い、いいけど……」


 灰はその手を握りなおす。

彩の顔がさらに真っ赤に染まる。

ごつごつした灰の手の感触に、彩の手は繋ぐというよりは握られている。


(ど、どうしたんだ……彩のやつ……いきなり手をなんて……)


 こんなことされればいくら自己肯定感の低い灰といえど勘違いするなと言う方が無理である。

耳まで真っ赤な彩の熱が伝播して、灰も顔が赤くなる。

気を紛らわせようと空を見ながら、月を見つめる。


「ありがとう……ございます」


 それから無言のまま手をつなぐ二人の夜の散歩が始まった。

もちろんこの手を繋ぐのも凪の入れ知恵ではあるのだが、凪としてはさすがに無理だろうと半ば冗談で言っていた。


 しかし彩は度胸はある。


 今まで無能と呼ばれ続けながらも抗い続けるだけの度胸が。


 それでも。


(あ、頭がどうにかなるぅぅ!!!)


 沸騰しそうな頭に思考が廻らずただ、コツコツと下駄の音を鳴らしながら灰の背中を見つめることしかできなかった。


(おっきいなぁ……)


 それでもその背中を見つめると安心してくるから不思議だった。

自分よりも随分と大きい背中、祖父に比べたらさすがに小さいが、なのに彩には同じぐらい大きく見えた。


「あ、分かれ道……」


 無言のまま、二人がいくらか進んだ先には分かれ道。

右の道はホテルへ続く大通り、左の道はよくわからないが森の中へと進んでいきそうな小道。


「どうしよっか……」


「左が……いいです、右は終わってしまいそうなので」


「わ、わかった」


 その意味を灰は考える。

もし彩が恐怖から手を繋いでほしいと言っているのなら右を選ぶ。


 だからどう考えても左を選ぶ意味はそうではない。

それはきっと、もう少し二人で一緒にいたいという彩の精一杯の表現だったのかもしれない。


 灰はそう認識した。

ならばさすがに灰も理解している。


 彩の気持ちを。


 思えば心当たりはいくつかあった。


 それでも勘違いしないようにと考えないようにしたのだが。


「随分暗くなってきたね……」


「はい……」


 森を進むとそこには石の階段があった。

その奥には、古びた神社のようなものがある。


「行ってみる?」


 彩はコクっと頷いた。

灰と彩は手を繋ぎながら一つ一つ昇っていく。

そこは神社だが、手入れはされておらず古びていた。


 灰と彩はそのまま進む。


「古いな……一応拝んでおこっか……」


 そういうと灰が手を離し両手を合わせた。


「あっ……」


 彩は思わず声が出る。

少し右手が寂しくなってしまったから。

それでも彩も灰と同じようにいるかもわからない神に拝む。


 そしてその時拝む内容は一つだけ。


(勇気をください……)


 神には祈らない彩、それでも今この瞬間だけは勇気が欲しかった。

しばらく沈黙していた灰と彩。

灰がその微妙な空気に耐えきれず話題を振る。


「そ、そういえばアーティファクトって……どうしよっか。今手元にあるのはこれなんだけど……」


 灰は、作るかなと思って一つだけもってきた魔力石を、彩に見せる。

それはA級の魔力石、中でも鬼王、狼王よりも強かった龍王の魔力石。


 じつに魔力量5万、これが最初のエクストラボスに現れていたら負けていたかもしれないほどの強敵。


 その時には灰の魔力は10万をこえていたので実は余裕だったのだが。


「今……作りましょうか?」


「今? いいの?」


 コクりと頷く彩。


 彩はそう言うと神社の端に座る。

アーティファクトを作るときは集中するから座るようだ。


「あ、じゃあ……血だよな……えっと剣忘れたな……どうしよう、かみちぎるか……」


 俺は魔力石は持ってきたが剣を忘れたことに気づく。

こうなったら某ニンジャ漫画のように、親指をかじり口寄せを。


 すると彩が、歯で指をかじろうとした俺に隣に座るように促した。

俺は首をかしげながら彩の隣に座る。


「……」


「どうした? 彩」


 先ほどまでも真っ赤だった顔が、さらに赤くなっていく。

震えてすらいるが、下を向きながらも震える指が灰を指刺す。


 灰が不思議そうにその指を見つめていると、ゆっくりとその指が進んでいく。

 

 そしてついに灰の唇に彩の指が触れた。

続く言葉に灰は彩の行動の意味を理解した。


「ここから……ください。今日は覚悟ができてます」


「え? それって……」


「あ、あくまで検証。検証です。だから……灰さんのを……直接ください。決して邪な思いではありません」


 彩は震える声で泣きそうな目で俺を見る。

彩の精一杯の言い訳なのか、本心なのか、それはその言葉に動揺していた灰にはわからない。


 でも何を言っているのかはわかる。


 彩が灰に顔を向けて目を閉じているから。

それはまるで『キス』を待っているように。


「あ、彩……」


「私は……大丈夫です……灰さんこそ私は嫌ですか? 嫌なら断ってください……私なんかとするのは嫌だと」


「い、嫌なわけじゃない……よ? でも俺初めてで……そのなんというか……」


「私も……です……」


 彩は変なテンションになっていた。

ここまできたのなら、もう後には引けない。

なぜか勢いで今ならキスできるのではないかと言葉にしてしまった。


 それは日ごろから妄想していたことではあったのだが、まさか告白よりも先に自分の口からそんな言葉が出るとは思ってもみなかった。

きっとこれは夏のせい。


 真夏の夜の怪しく光る月明りが彩の心を狂わせる。


 さらにてんぱって彩はよくわからないことを言い出す。


「灰さん……これはキスじゃないです。検証です。だから好きにしてください。灰さんの思うように……だから」


 上目遣いで涙を流しそうな顔で彩は嘆願する。


「ね?」


 その表情に理性が振り切った灰。

灰も彩と同様にテンションがおかしくなっている。

こんな暗闇に二人きり、月以外が二人を見るものは誰もいない。


 浴衣が少し崩れて、そこから見える彩の黒の下着と、シャンプーの匂いが灰の理性を狂わせる。


 彩の肩をガシっと掴みゆっくり顔を近づける灰。

彩はただ目を閉じて待っていた、鼓動の音が静かな夜に響いていく。


 お互いどちらの音かもわからずに。


 徐々に近づく二人の距離、いまだにこれが現実なのかよくわからない感覚が続く。

少しずつ、本当に少しずつ二人の距離が近づいていく。


 灰は思った、こういう時は多分会長が何かしらで邪魔をしてくると。

だから少しだけキョロキョロしてしまう。


 その瞬間だった。

顔を彩の手のひらで挟まれて、無理やり彩の方を向かされる。


「私だけを……見て……お願い」


 灰は沸騰しそうな顔でそのまま近づいていく。

亀よりも遅い二人の速度、それでも、ゆっくりでも確実に近づくのならば。


「んっ……」


 必ずいつかたどり着く。


 灰は彩の唇の感触が重なったのを感じた。

とたんに離れるお子様の灰は、やはりお子様なキスでとどまった。

沸騰しそうなほどに顔が熱いが、それでもやり切ったよくわからない達成感。


 しかし本番はまだ先だった。


「あっ……灰さん……それじゃ……足りない……もっと」


 潤んだ瞳で嘆願する彩。

その言葉がもっとキスしたいという意味なのか、体液が足りないという意味なのか。


 もうそんなことはどうでもいい灰は、理性というものを殴り飛ばし、本能のままに行動する。

今、灰の脳は、この美しい少女とキスすることだけに占領される、つまり猿である。


 そのまま彩と再度キスをする。

今度は先ほどよりも早く近づき、ゆっくりと大人のキスをするために絡ませる。


「んっ……あっ……」


 彩の口から吐息が漏れる。

その声に灰は反応し、もっと声を出させたいという欲求に駆られる。


 それはお互い同じこと。

ならばと時を忘れて夢中になった二人。


 お互い年は18。

普通の青春を送っていたのなら学生の時には経験済みでもおかしくはない年ではある。

だが悲しいかな、お互いの初めての本当の性の欲求は、理性すらもはねのけて終わりの見えない時間が続く。


 やめたくなかった。

何とも言えない気持ちよさが二人の身体を熱くする。

彩はいつの間にか浴衣がはだけてきていることにも気づかない。

もし誰も止めなければこのまま一線を越えてしまいそうなほどに、二人の距離は近くなる。


 

 しかし幸か不幸か、終わりは来た。


ピロリン♪


 灰の携帯の着信音だった。

どれだけ交わしていたのかわからない、二人のキス。

それを止めるのは、電子音。

その音に慌てて、口を離す二人の顔は真っ赤に染まる。

彩に関しては浴衣がはだけて下着があらわになっているのを慌てて直す。


 直後見つめ合う二人。


 とたんに二人はくすっと笑い出す。

そして彩はあまり緊張せず、すらっと思っていた言葉を告げた。


「灰さん……私、灰さんのこと好きです。あの助けてもらった日からずっとあなたを目で追ってしまう。あなたが好き」


「あ、彩……え、えーっと」


 灰もここまできたらわかっている。

だが、ここで俺も好きというのも違う。

灰にとって彩は守る対象ではあったが、好きという感情は生まれていなかったから。


 だから言葉が続かない。


 好きというほどには恋焦がれておらず、断るほどに無関心ではない。

なんといったらいいかわからない感情に、灰は言葉が止まった。


 しかし続く彩の言葉によって、止められる。


「答えは今は聞きません。いつかまた灰さんが心からそう思ったときにこの続きをしましょ。……じゃあアーティファクト。作っちゃいますね」


 そういって彩は先ほど手渡した魔力石に口づけをする。

太陽のような光が二人を照らし、お互い暗くてよく見えなかった真っ赤な顔を映し出す。


 それを見て、またくすっと二人は笑い合う。


 出来上がった剣は、前の鬼王の宝剣よりも性能が高かった。

それが長いキスのせいだったのかはわからないが、確実に灰の力を増してくれる一品。


 彩の魂がこもった一品だった。


「どうですか?」


「すごいよ、彩……ありがとう……前よりも格段に強い」


 そして二人は立ち上がりホテルへと戻る。

今度はしっかり手を握る、あまりに自然と二人の手が握られたことに少しだけ驚いた。


 普通の握り方から、少しずつ変わっていきいつの間にか複雑に。

その握り方がさっきよりも複雑に絡み合っていたのは二人の今の心境かもしれない。


 そのままホテルに戻る俺達。

そこで彩は手を離して、こちらを向いて下を向く。


「灰さん少ししゃがんでもらえますか?」


「あ、うん……」


 灰は少しだけしゃがみ彩と目線を合わせる。

もしかしたらまたキスか? と少しだけ期待した灰。

すると彩が俺の耳に顔を近づけてまるでささやくように、言った。


「灰さん……さっきの続きが……もっと先の、その……エッチなことがしたかったら……」


 彩は灰のホッペにキスをする。


「待ってます、返事……ずっと、いつまでも」


 そして真っ赤な顔のまま、すぐに背を向けて部屋へと走って行ってしまう。

灰はその背を見つめるだけでただ茫然と立ち尽くし、頬の感触を思い出すことしかできなかった。


「続きって……まじか……」


 沖縄の夏は、想像よりも熱かった。




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