第61話 A級キューブ in 沖縄ー5
◇少しだけ時間は戻り、バーベキューの頃 彩と凪
「彩さん! 作戦を発表します! 今日お兄ちゃんに告白してください」
「えぇ!?」
「お兄ちゃんは色々あって、恋愛に疎いというか消極的です。元々がアンランクで虐められていたので……。だから恋愛に関しては成長してないし臆病だと思います。いまだに自分なんてと思っているような気がしてて……。正直今はモテモテですが」
「そ、それはなんとなく思います。結構言い寄られてたり……かっこいいという声が聞こえてきますから……でも灰さんはいつも俺なんてと……」
「はい。なので、彩さん告白してください。はっきりと言葉で勘違いできないようなストレートに! じゃないとお兄ちゃんは動きません。今の時代女からいくなんて普通です。ガツガツ行きましょう、時代は肉食系ですよ」
「で、でもふ、振られたら私……」
「ふふ、そんなときに魔法の言葉があります。こう続けてください、返事は今はいらないと。これだけで断られないし、告白もできるのです。お兄ちゃんがこれから彩さんを意識し続けて落ちるのも時間の問題です。勘違いしてはいけません、告白とはスタート! 勇気を持った人だけがそのスタートラインに立てるのです」
「な、なるほど……凪ちゃんすごいわ。天才よ……恋愛マスターね。一体どこからそんな知識を……」
(AMSの時聞いてた少女漫画で言ってましたとはいわないでおこう……)
◇時はもどり、無人島で彩と灰。
(言うんだ、ここで。灰さんに好きだって……言わないと)
彩は気が気ではなかった。
心臓の音が聞こえてくるし、体中に力が入らない。
自分の言葉を口にするのがこれほど怖いとは思わなかったし、世界中の人はこんな怖いことを乗り越えて夫婦になったのかと信じられないという思いだった。
「彩?」
「灰さん……私……私灰さんが」
身を乗り出す彩、精一杯のセクシーポーズ。
真っ赤に染めた夕暮れより赤い頬で、灰を下から覗きこみ上目遣いで見つめる。
(いけ、頑張れ、私!!)
「灰さんのことが……す、す……」
ザバーン!!
「え?」
突如彩と灰を高波が襲う。
先ほどまで穏やかであったはずの海が荒れに荒れる。
その波の衝撃で灰と彩は後ろに倒れる。
原因は分かっている。
そして予想通りともいえる。
なぜなら海には。
「ガハハ! レイナどうじゃ!! 水の上を走るのは!!」
「お爺ちゃん、すごい」
「結構コツがいるんじゃがな!! レイナの魔力ならすぐにできるぞぉぉ!! 教えてやろう、まずは足を!!」
「……できた」
「えぇ………」
筋肉じじぃの首にレイナが掴まって海の上を走り回っていた。
直後レイナも同じように海の上を走り出す。
その二人の爆撃のような足踏みが作り出す衝撃で海がまるで嵐のように荒れていた。
「はは、すごいな……あれ? この感触は……」
波でひっくり返った彩と灰。
元々くっつきそうなほど近かった二人、ならばラッキースケベも起こるというもの。
灰の手には柔らかい感触があった。
手のひらの中には、少し硬い感触すらも。
灰は気づく。
倒れた拍子に彩の下着の中に手が入ってしまったことを。
そして今、わしづかみにしているものがなんなのかを。
灰が思わずにぎにぎしてしまうのも不可抗力というものだった。
ただし。
「い、い、いやぁぁ!!」
代償は払う必要はあるのだが。
「ぶべらぁぁ!!」
彩の一切手加減なしのビンタによって灰は盛大に空を飛んだ。
◇
「ということで楽しい時間も終わりじゃ。夕飯はホテルのディナーじゃからな。そろそろ帰ろうかのぉ。あと一時間後に集合で」
俺達は片付けを開始している。
俺は頬を冷やしている、俺が全て悪いので何も言えない。
意識が少し飛んだが、確かにこの手には感覚が残っている。
あんなに柔らかいんだな、胸って……。
「すみません、灰さん。痛いですか?」
彩が隣に座って俺の心配をしてくれる。
「いや、俺が悪いから大丈夫……俺こそごめん」
彩の攻撃力は10万に近い、思うに余裕もなく本気の一撃だっただろう。
俺じゃなきゃ、首がちぎれて空中回転していたところだった。
その点は本当によかった、前までの俺なら本当に死んでいたまである。
俺達はシャワーをあびてそのまま部屋へと戻った。
ホテルのディナーは、これぞ金持ちというような鉄板焼きのディナーだった。
目の前で焼かれるステーキ、パフォーマンスも楽しめてとても楽しく美味しい時間を過ごす。
束の間の贅沢、その後俺達は大浴場へと向かった。
「やはり風呂はいいのぉ……、裸の付き合いこそ最も親睦を深める行為だと思わんか。灰君、男女ともにな。ガハハ」
俺達は男衆全員でホテルの大浴場に入っている。
天道さん、田中さん、景虎会長、俺の四人だけの貸し切り状態。
「はは、そう思います。女性との裸の付き合いなんてしたことないですが……」
「なんだ、坊主童貞か。大人の店に連れてってやろうか? 金ならあるんだろ、もう色を知っていい年だ」
「龍之介、灰君はまだ未成年だ。不良のようだったお前と一緒にするな。それに初めてがプロでは困るだろう。灰君、君のペースでゆっくりと進むと良い。だがまぁもし相手がいないならわが社の若い子と合コンでも……君ならよりどり──」
「だ、大丈夫です!」
「はは、冗談だよ。君には必要ないからな」
こういう時若い俺がいじられるのは仕方のないことではあるのだが、それでもここは心地よかった。
スポーツを通して親睦を深める。
その作戦は見事に成功し今までよりも一層俺はこの人達のことが好きになった。
「そうじゃ、灰君。彩とレイナどっちか選べるならどっちがいいんじゃ?」
「なぁ!?」
「ほう……灰君はそういえばレイナ君に命を救われていたね、彼女はとびっきりの美人でライバルも多い。まぁ本人は恋愛に興味がなさそうだが……」
「レイナはだめだ。俺にとっちゃ妹みたいなもんだが、浮いた話の一つも聞かねぇ、そういう意味では彩も一緒だがな。あいつらもいい年なのによぉ」
「レイナ君は……仕方ないだろう。あれでも明るくなったほうなんだから」
「……なにかあったんですか? レイナって」
俺が何気なく質問すると、田中さん達が目を合わせ頷いた。
そして口を開いたのは会長だった。
「少し暗い話じゃが……灰君には知っておいて欲しいから話そうか。あの子の両親はな、死んでおる。いや、正確にいえば、父は死に母は行方知らずといったほうがいいか……」
「そうですか……ダンジョン崩壊ですか?」
「いや、違う。それならばまだ救いはあった、不慮の事故ならまだ彼女の心はあれほど傷つかなかっただろう」
「じゃあ何が……」
会長が話しづらそうに、そして口を開く。
「あの子はな……母親に殺されそうになったんじゃ、滅神教の狂信者となってしまった実の母に」
「どういうことですか!?」
「順を追って話そう。まずレイナの父親じゃが、ダンジョン協会の職員で覚醒犯罪対策課の課長じゃった。A級攻略者でな、優秀で正義感が強く、わしと共に戦場を駆けたこともある、儂の後を継いでほしいとすら思っておったぐらいじゃった」
「銀野一心、私の親友でもあった男だよ。アヴァロンに誘ったこともある……実はこのホテルもね……一心がレイナの母と結婚式を挙げた場所なんだ。あいつはここが好きでな。よく家族と来ていたよ」
「レイナが今日海を見て泣いていました。もしかしたら……」
「押し込めていた想いが溢れてきているのかもしれないね、何か良い影響がないかと選んだんだが逆効果だったか。実は……このホテルの屋上にね、大きなベルのオブジェがあって……そこで一心達夫婦は永遠の愛を誓った。私は仲人として、スピーチもしたんだ。懐かしい」
「そう、仲むつまじい夫婦じゃった。だが実はな、レイナには兄がおったんじゃ、父親に似て正義感が強くてな、だからじゃったんじゃろうな……あの日レイナをかばったのは。ダンジョン崩壊によって魔物に襲われたレイナをかばってレイナの兄は死んだんじゃ」
「……そんな」
レイナの兄は死んでしまったらしい。
俺には兄はいないが、妹がいる。
凪は俺が死んだらどう思うだろうか、しかも自分をかばって死んだら。
俺達は誇張なしに仲がいい、お互いのために命を懸けてやるという気持ちすらあると思う。
だがそれが実際に起きたのなら。
「それももちろん最大級の不幸じゃ。だが……そこから始まったんじゃ。銀野家を襲った最悪の事態が。そもそもレイナが国外に住んでいたのは知っとるか? レイナの母が外国の人でな」
「ハーフだとは聞いてます」
「そう、それで事故に会ってからレイナとレイナの母。名をソフィアというのじゃが気落ちしてしもうてな、とても子育てしながら生活できるほどではない、一心も仕事を休まない不器用な男でな。まぁあの頃は猫の手も借りたいほどじゃったから仕方ないところもあるんじゃが。そういうこともあり、レイナとソフィアは国外で。一心は日本にいた。月一度は帰っておったが基本はこの国におったよ」
「そうですか……一心さんはとても責任感の強い人だったんですね」
「そうじゃ、だがな……そういった良かれと思った不幸が重なってな。ソフィアは目をつけられてしもうた。あの滅神教にじゃ」
「滅神教!? あの滅神教ですよね?」
「そう、灰君が倒したあの滅神教じゃ。あの宗教は、ダンジョンで家族を亡くしたものを狙う。ダンジョン崩壊や魔物によって心を深く傷つけられたものに寄り添うんじゃ。すべては神が仕組んだものだ、神を滅ぼさなければ人類は不幸になるとな。そしてソフィアは……彼らの手に堕ちてしもうた」
「そんな……」
会長の説明はネットで調べても出てこない情報だった。
滅神教が狙うは、傷ついた人、いつだって宗教はそういった人の心の拠り所になろうとする。
それ自体は悪ではない、救いを求めることも重要だろう。
だが滅神教は違う、その後が問題なんだ。
彼らは勧誘のプロだ。子供を失い自暴自棄になっている主婦を堕とすぐらい訳もなかったのだろう。
ましてや、旦那は国外だったのならなおさら。
「一心はギリギリまで気づかなかった。いや、むしろソフィアが明るくなってきて喜んですらいたんじゃ、覚えておるよ。最近よく笑うようになった、今日は結婚記念日だから花を買いに行くと言っていた一心の笑顔を。……だが水面下で悪魔のささやきは続いておった。そしてついに……ことは起きてしまった。ソフィアが狂信者となり、レイナが滅神教に攫われた」
「攫われた……ですか」
「そう、詳細は分からんが何かの儀式が行われた。それにぎりぎりで気づいた一心が儂と龍之介に助けを求めてな。土壇場で滅神教からレイナを救いだした。その儀式は説明するのもおぞましい、レイナの魔力がなければ死んでしまうようなそんな儀式じゃったよ。そしてその過程で……一心は死んだ。滅神教のS級、大司教と呼ばれる男、名はローグ。そいつと戦ってな。ローグには逃げられたが……わしらはレイナを救い出せた。あとはわかるじゃろう、そんな目に合ったレイナが心を閉ざしてしまうのも。今話せているだけでも奇跡なんじゃ」
「……俺には想像もできません。そのときレイナがどんなにつらかったのか」
(もしかしたらそれがあの封印と関係しているのか?)
ただでさえ兄を失い心を病んでいたはずのレイナ。
そこに大好きなはずの母親からそんな仕打ちを受け、父が死ぬ。俺には想像すらできなかった。
「それが事の顛末じゃ。灰君には知っておいてほしかったのでな。……はい! 悲しい話はここまでじゃ、汗と一緒に流してこよう、せっかくの旅行なんじゃから! 悲しい過去は変えられん、だが未来は明るくできるはずじゃ!!」
そういうと会長が笑顔で俺の肩を叩く。
俺もしっかりと頷いて立ち上がる。
過去を無かったことにはできないが過去を知ることで違う道は選べるはずだ。
俺はレイナの過去を知ってただ心から彼女を笑わせてあげたいと思った。
それがのちにどんな感情になるかもわからず。
~風呂上がり
「ではおっさん達は酒でも飲みに行こうかのぉ。灰君はどうする? 一緒に行くか?……」
「あ、夜は彩と用事があるので」
「そ、そうか! そうかそうか! それはよかった。では邪魔しては悪いのう。よし! 行こうか、田中君、龍之介」
そういって風呂上がりの会長と田中さんと天道さんは夜の街へと消えて行ってしまった。
会長はとてもうれしそうだったが、そんなに飲みに行くのが嬉しいのだろうか。
「おかえり、お兄ちゃん! お風呂すごかったね!」
「おぉ、凪達も上がったか」
俺は部屋に戻ると浴衣姿の凪がバルコニーで涼んでいた。
凪は何を着ても似合う、水着も可愛かったが浴衣は大人っぽくて素晴らしい。
俺の帰りを待っていたようで、俺が着くなりバルコニーから戻り俺の手を握って連れ出そうとしてくる。
「どうした? 凪」
「お兄ちゃん、レイナさんと彩さんと今から夜の肝試ししよって! だからきて!」
「肝試し? 夏の定番ではあるけど……」
「もう二人は下のロビーで待ってるんだから! はやくはやく!!」
「お、おう……」
俺はそのままロビーへと向かった。
肝試しなんて小学生以来だ、毎日のようにダンジョンで肝を試されている俺が怖い思いをするとも思えないが。
「レイナさん、彩さん、お待たせしました!」
ロビーには二人の少女がいた。
通る人達が思わず見つめて、こけそうになるほどに目を引く二人が。
魔力が見えなくても美しいオーラが見えるほどに、芸能人並のオーラを纏う。
一人は銀野レイナ。
銀色の髪をかき上げて、浴衣を着ている。
美人の外人が浴衣を着るとなぜここまで似合うのか、そして何より胸がデカい。
胸がデカい浴衣美人は正直ツボだった。
もう一人は龍園寺彩。
これぞ大和撫子というのだろうか、黒髪をポニーテールにして怪しく揺れる。
一説では男は揺れるものは狩猟本能がくすぐられて目で追ってしまうらしい。
揺れるピアスや、ポニーテールが好きなのは本能なのだ、俺のフェチでは決してない、だから目で追ってしまうのも仕方ない。
「お兄ちゃん?」
「……」
「お兄ちゃん!」
「あ、あぁ、ごめん」
俺が彩のポニーテールを見つめて時を忘れていると凪の声によって意識を取り戻す。
それを見てニコニコ笑う凪と彩、なぜか凪と彩がウィンクし合う。
俺達はそのままホテルの外に出た。
ホテルの外は暗く、時刻はすでに9時を回っていた。
自然豊かなホテルだけあって、少しの街灯はあるが全体的に暗かった。
それでもさすがに、真っ暗闇とはいかず肝試しというよりは、どちらかというと夜の散歩になりそうだが。
「では、チーム分けを発表します!」
「4人じゃないのか?」
「大人数じゃ肝試しにならないでしょ、だから二人! 私はレイナさんと行くから、お兄ちゃんは彩さんとね」
「お前が決めるのかよ……」
「私まだレイナさんと仲良くなれてないからいいの! お願いしますね、レイナさん」
「ええ、よろしく。凪ちゃん」
そういってレイナと凪は手をつないで闇に消えていく。
まぁ凪はあれでしっかりしているし、レイナも最強の女なので悪漢に襲われたりは大丈夫だろう。
「じゃあ、俺達も行こうか……」
しばらくしてから俺も歩き出そうとした。
彩はずっと下を向いて話そうとしないし、動かない。
手を出したり、握ったりを繰り返して全く前に進まない。
意外と怖がりなのか? と思ったがお嬢様だし暗いのは慣れてないのか。
そう思って振り返ろうとしたときだった。
「ん?」
俺の左手が掴まれる。
掴んだのはもちろん、彩の右手。
振るえるように、俺の手を握るというには少し心もとなく指の端を持っている。
俺は振り向くが、下を向きながら耳まで真っ赤な彩がそれでも震えた声で振り絞った。
「手、手を……つなぎたい……です……」
夏のせいか、少し体が熱くなる。