第160話 白と黒、そして灰色ー9
◇
「彩……」
俺は自分の手を見つめる。
涙がこぼれていた。
と、同時に自分のステータスを見る。
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名前:天地灰
状態:神域(神の体)
職業:星の騎士【神・覚醒】
スキル:神の眼、アクセス権限LvMAX、心会話、最優の騎士、真・ミラージュ、真・ライトニング、星の騎士
魔 力:星の魔力と接続中
攻撃力:反映率▶75(+80)%=変動
防御力:反映率▶50(+80)%=変動
素早さ:反映率▶50(+80)%=変動
知 力:反映率▶75(+80)%=変動
※最優の騎士発動中+30%
装備
・鍛冶神の加護により全ステータス+50万
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ステータスを見て、俺は理解した。
彩は、アーティファクトとして『神の体』になったんだ。
俺を助けるために、アーティファクト製造LvMAXのスキルを使用して。
神域に到達した俺は、アクセス権限LvMAXが付与された。
星の記憶にアクセスするための神の眼の最高権限。
神の体を持つものに、付与される力。
星の記憶では、彩がアテナさんに神の体の秘密を教えてもらった記憶が見える。
アテナさんは、それは最終手段だと言った。
彩は、わかりました。と笑顔で言った。
もうこの時からすでに、彩の中では覚悟が出来ていたのだろう。
俺を殺させないために、自分が死ぬことすら。
神の眼と同様に、神の体はずっと昔に彩と同じ職業:神装【真・覚醒】の人が、愛する人のためにその身を犠牲にして作り出した。
それがハデス、ゼウスの遠い祖先の話。
彩は俺に対して全く同じことをした。
その命を使って、神の体となって俺に力を与えてくれた。
そしてアクセス権限がLvMAXになったことにより、俺は星の魔力を自由に使えるようになった。
つまり、星の魔力60億。
そのすべてを自由に使える全知全能、星の代行者で、星の騎士となって。
「まさか……くそっ!」
ハデスが殴り掛かる。
一撃で大陸を割るような魔力。
しかし、俺は片手で受け止めた。
衝撃で、黒いキューブが揺れる。
俺はその手を上に掲げる。
現れたのは黄金の剣――星の力を宿した剣。
俺はそれを振り下ろした。
「――まずい!! 十二の試練!!」
眷属であるアーサーのスキルを発動する。
受けるダメージを12回に分割できるというスキル。
しかし、十二分割した一撃だとしても。
「がはっ!?」
星の一撃は、とんでもなく重い。
「ナイトメア!!」
「ライトニング」
俺の背後に転移してきたハデス、しかし俺のハデスの背後に転移する。
こぶしに魔力を込めて、黄金色に輝く。
ハデスは振り向き、両手に全魔力を込めて受け止めようとする。
「星の魔力20億……」
「――!?」
振り切ったこぶしに、星の魔力をのせて。
ハデスのガードを貫いた。
衝撃そのまま地面にたたきつけられて、月面にまるで隕石衝突のクレーターを作る。
「僕は負けるわけにはいかない!!」
ハデスは禍々しい魔剣を召喚した。
スキル『魔剣召喚』。ガラハッドのスキルだ。
「真・ライトニング」
ハデスの目の前に、そして星の剣を掲げる。
受け止めようと、ハデスがその魔剣を掲げるが。
「星の裁き60億」
「――!?」
魔剣がごとハデスを切り伏せた。
血を流し、そして遠くまで吹き飛ばされる。
月面を半分以上は飛んだ先、俺はライトニングでハデスの隣に立つ。
虫の息。
もう動けないようだった。自分で自分をヒールしているようだが、それでももう勝敗は決しただろう。
俺が隣に立つと、ヒールをやめて俺を見る。
「……そっか、はは……まいったな。僕は……死ぬんだね。神の体とは……恐れ入る。心から……愛されてるんだね。君は」
「やっぱりあなたは……本当は止めて欲しかったんじゃないですか? 自分ではもう止められないし、止まるわけにはいかないから……誰かに」
「…………さぁどうだろう。もう……わからないよ」
「……ハデスさん」
俺は敬意をもって、ハデスさんを呼んだ。
すると少しだけハデスさんが笑う。
「もう……戦いは終わった。灰君、殺してくれないか」
「諦めてください。そしたら…………」
「そしたら、愛する者を失ったこの世界で静かに過ごせるって? はは……死ぬより残酷だな。それは」
ハデスさんは、目を閉じた。
死を待つように、静かに待っている。
俺は唇をかみしめながら、再度、星の剣を召喚する。
殺さないことは簡単だ。
でも生きることは、難しい。
それがこの人の望みなら、ここで殺してあげるのが優しさなのかもしれない。
「ねぇ、最後に一つだけお願いがあるんだ」
「なんでしょうか」
「星の記憶が見えるなら……アーちゃんの最後はどうだったのかな。それだけがずっと気がかりだったんだ。教えて……くれないかな。あぁ……でも……聞くのは怖いなぁ」
「……わかりました」
俺は目を閉じ、星の記憶を参照する。
アナスタシア、ハデスさんの娘の最後の記憶を。
それは闇だった。
暗い闇の中で、感情までも俺の中に入ってくる。
寒い、暗い、怖い。
おかしくなってしまいそうな……狂ってしまいそうな闇の中。
恐怖に支配されている。
でもその中に一筋の光があった。
それは記憶というより願望だった。
何も見えない、なにもできない。
想像することしかできない暗い闇の中で、アナスタシアが死ぬその最後まで見ていたものは。
「ハデスさんと……ヘラさんと……三人で追いかけっこをして遊ぶことを……夢みて……ました。最後までずっと……何度も何度も」
どこにでもあるような幸せな家族の日常だった。
俺は涙があふれてとまらなかった。
どうしてこんな夢すら叶えられないんだ。ほんの些細な幸せじゃないか。
「そっか…………ごめんね。ごめんね、約束守れなくて……ごめん!!」
ハデスさんも同じように泣いていた。
ハデスさんだけじゃない、ヘラさんも、そして黒の帝国みんなの苦しみと記憶を見た俺は、とても彼らを裁くことなんてできなかった。
どうすればよかったんだ。
白の神ゼウスの記憶も見た。
星の魔力が尽きようとしているのを知り、その生涯をかけて星を復活させようとした。
しかし、方法はなかった。
AMSの発生と原因も知っていた。
だが、治療方法を知れば魔力石の争奪戦になり、戦争が起きる。
魔力石は、白の神の民も、黒の帝国の民もその内に内包する。
ならば最後には、全員が逃れられない運命なのに仲間内ですら殺しあう未来がくる。
それだけは回避したくて、ゼウスは治療方法を伝えなかった。
アテナさんの記憶を見た。
ゼウスから治療方法は聞いていたが、治らないことも聞いていた。
仲間同士で殺し合う未来がくるのなら、緩やかな死を受け入れよう。アテナさんもゼウスと同じ結論に至った。
だから最後まで抵抗した。
そして一縷の望みを、遠い未来にかけたんだ。
何かこの絶望的状況が変わっていることを願って。
それからたくさんの記憶を見た。
アーサーの娘が、AMSによってアーサーに抱きしめられながら死んだこと。
ガラハッドの妻が、やはりAMSで死んで、墓の前で三日三晩、たった一人で泣いていたこと。
俺はみんなの記憶を見た。
誰も悪くなかった。
誰しもが、最愛の人を救いたくて、家族を救いたくて、そして死力を尽くして戦った結果でしかなかった。
誰も……悪くない。
「ありがとう、灰君。それとごめんね……たくさん迷惑をかけて……ごめんね」
俺は黄金の星剣を強く握る。
振り上げた。
「アーちゃん、ヘラ。今行く」
そして振り下ろした。
「……なんで」
だが俺はハデスさんを殺すことができなかった。
裁くことなんてできなかった。
「俺は……さっきまで偉そうなことを言ってました。でもあなたの記憶を、感情を、葛藤を、記憶を体験して、同じことは言えない。どうしても助けたい。助かってほしい。もう一度、みんなを笑顔にしたい。あなたはその一心で戦った。そして……俺もそう思います」
「いいんだ、僕も本当は君と同じ考えだったんだ。やっと冷静になれた。アーちゃんの記憶を使って誰かに上書きしても、それはアーちゃんの記憶を持った別の誰かなだけなんだ。魂は……記憶じゃない。僕はそれをアーちゃんだと思い込んで、救われたかったんだ。君に負けて、君に諭されて、やっと気づいた。大変な過ちをする前に、止めてくれてありがとう」
「でも!! それじゃ、誰も救われない!」
「もともと僕たちは滅びる運命だったんだ。君たちを巻き込んだだけで。本当にごめんね、せめて……残された時間を精一杯、大事な人と生きて」
直後、黒い魔力がハデスさんから無数に放たれる。
「闇の眼と回復阻害を解除した。僕の魔力も君なら星に返すことができるだろ? 少しは星の寿命が延びるはずだ」
「ハデスさん」
「最後のお願いだ。僕を殺してくれ。もう……生きる意味はない。でも生き残った黒の帝国の民たちは、どうか……殺さないでくれないかな。僕が操っていたようなものなんだ。せめて……静かに」
「…………はい」
そしてハデスさんは、もう一度目を閉じた。
俺は涙をためた眼で、剣を振りかぶる。
殺せば終わる。
嫌だ。
何か方法はないのか。
星の力を手に入れたのに、何もできないのか。
俺は涙が零れ落ちそうで、空を見上げる。
そのときだった。
「…………できるかもしれない」
「え?」
夜空に輝く星々の光。
この絶望的状況を変えられるかもしれない、一筋の光がこの眼で見えた。
「ハデスさん!!」
「え?」
「できるかわかりません。突拍子もないことを言います。でも……もしかしたらすべてを救える方法があるかもしれない!」
「どういう……」
俺は目を閉じる。
そしてスキルの詳細を見る。
本当にそんなことができるのか、わからない。
失敗したらどうなるかもわからない。
しかも一方通行だ。星の魔力の大半を使う。
それでも。
「諦めないことだけが、俺の取り柄ですから」
そうだろ、彩。
そして俺はハデスさんの手を握る。
星の記憶を参照する。
そして星の魔力の大半を消費して発動するのは、スキル『星の騎士』。
能力は、最優の騎士で一段階上がったスキルのさらにもう一段階の進化、いや神化。
そして発動するのは、さらにもう一段レベルアップした真・ライトニング。
その名は。
「神・ライトニング」
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属性:スキル
名称:神・ライトニング
効果:その目に映る全てへと時空を超えて跳躍する。
※距離は1年ごとに魔力1を消費する。
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時空すらも跳躍する神にしか許されないチートスキル。
星の記憶を辿り、久遠の時代。
今から約46億年以上の過去へと転移した。




