第159話 白と黒、そして灰色ー8
そこからの戦いは、戦いというにはあまりに一方的な展開だった。
真・ライトニングと真・ミラージュの有能性、そしてランスロットの極みの剣技。
それをもってしても、戦いと呼べるものではなかった。
「がはっ!?」
受け止めきれず壁に激突する灰。
「僕は戦闘は得意じゃない。アーサーやガラハッドに任せていたからね。でも、この魔力の差はそんなもの関係ないほどに君と僕に隔たりを生んでいる」
「戦いは……魔力だけで決まらない。俺は……そう教えてもらった」
思い出すのはマーリンを止めた景虎の技。
圧倒的な魔力の差を技術だけで上回っていた。
折れそうな心をぐっとこらえて俺はもう一度剣を握る。
切りかかる。
ハデスは悲しそうに俺を見て。
「――!?」
受け止めることすらしなかった。
切りかかった肩、はじかれる。
「君になら見えるだろう。魔力の鎧が。君のその魔力で一点突破を試みようとも、この魔力の鎧は越えられない」
俺はその言葉を無視して、何度も切りかかった。
だが、俺の手が逆に血を吹き出す。
逆流した魔力だけで、拒絶するように剣を握る手が赤くにじむ。
「残りの人生を謳歌すればいいじゃないか。星の魔力が尽きる20年後には君たちは全員死ぬ。でもそれまで静かに愛する者と暮らせばいいじゃないか。僕は君たちを皆殺しになどしない。子供は産んでもらうけど、平穏無事に過ごせるようにする。それじゃ……だめなのか」
「なんでそんなに大切な人がいるのに……わからないんだ。何万人、何十万人って子供たちの心を殺して、すべての魂を上書きする。その子供の親の気持ちはわからないのか!」
「わかるさ。痛いほどに……だから闇の眼で子供を産んだことすら忘れさせてあげる。誰も悲しまないように、すべて忘れさせてやる!」
「…………その眼は……暗いよ、ハデス。人の意思を、記憶を捻じ曲げるその眼は……とても暗い」
「黙れ……それが正解だ。だから……僕が全部やるんだ。僕が全部背負って見せる」
そういうハデスを見て俺はやっとわかった。
いや、最初からわかっていた。
俺がなぜここまでやられてなお、ハデスを敵と思えないのか。
「そっか……やっぱりそうだ」
「なんだ!」
「ハデス……あなたは優しい……優しすぎる」
「何が言いたい」
「神の眼で、感情までは見えない。でも魔力の揺らぎは見えるんだ。今までいろんな人の魔力を見てきた。動揺すれば魔力は揺れる。あなたはずっと動揺していた。その理由は……辛いんでしょ、ハデス。俺には……あなたがとても苦しんでいるように見える。だってあなたは……優しいから」
俺はハデスを見る。
「だから、泣いてるんでしょ」
その眼には、堪えきれないほどの涙がたまって零れていた。
まだ出会って少ししか経っていない、でも戦っている間、ずっとハデスの心の叫びが聞こえてきた。
言葉の一つ一つが、魔力の揺らぎが、行動が。
ハデスの人格を俺に伝える。
その願いも、叶えたい思いも、優しさという呪いになって、ハデスを苦しめているようにも見えた。
でも、だからこそ。
「絶対に引けないんですよね、あなたも」
「ごめんね。地獄に落ちるよ、僕は。それでも約束があるんだ」
絶対にハデスは引かないことも分かった。
その体に燃えるような黒い魔力、瞬間俺の目の前に。
そのこぶしが俺の命を奪おうと振り切られる。
反射的に剣で受ける。
だが、バキッという音とともに、俺の白剣は砕け散った。
アーティファクトが折れて、そして衝撃そのままに俺は吹き飛ばされた。
城を突き抜け、外へと。
何か固い壁にぶつかったが、黒いキューブだった。
虚ろな目で前を見ると、黒いキューブに囲まれた月面にある城が見える。
立ち上がろうとする。
そのとき、気づいた。
俺の右腕がぐちゃぐちゃになっていることに。
痛みすらも感じない。
感覚もない。
ゴホッと口から何かが出たと思ったら俺の血だった。
受け止めることもできなかったようだ。
ダメだった。
勝てなかった。
あんなに頑張ってきたけど、最後の最後で勝てなかった。
目の前にハデスが戻ってきて、そしてこぶしを振り上げる。
「……ごめん、みんな」
俺は諦めて目を閉じた。
そのとき、ふと香ったのは落ち着く匂いだった。
サラサラと優しい髪の毛の感触が、俺を包む。
「一人で頑張り過ぎですよ。灰さん……あなたはいっつもそうです。頑張り過ぎですよ」
「彩? なんで……」
目を開くと、そこにいたのは彩だった。
俺の頬を、両手でやさしく包んでいる。
「助けに来ました。急にどこに行ったと思ったら……まさか月なんて……ふふ、私実は宇宙から地球を見るのが夢だったんですよ。叶っちゃいました」
「どうして……」
「アーサーを倒してきたか。ライトニング・ラインハルト!!」
「私一人の力ではない。あの子のアーティファクトの差だな!」
背後では、ライトニングさんがハデスと戦っている。
どうやらライトニングさんのスキル『ライトニング』で、俺の影に彩と二人で転移してきたようだ。
「灰さん、レイナは……まだ生きています。そしてあなたもまだ生きています。私はあなたに死んでほしくないです」
「彩…………彩は……逃げて」
しかし、彩は首を振った。
「灰さんがいない世界なんて私耐えられませんから。でも……あなたもそうだったら嬉しいけど、そうだったら……悲しいです」
「なにを……言ってるの?」
「だから、お願いですよ。あなたは生きて……灰さん。私のいない世界で、それでもあなたは生きて欲しい。レイナと……幸せに暮らしてくださいね」
「――!? 彩!!」
直後、彩が自分の心臓を剣で突き刺した。
止めどなく流れる血。
「諦めないで。あなたが昔、私に言ってくれたように。私たちは、諦めないことが取り柄でしょ」
叫ぶ俺の口をふさぐように、彩は俺にキスをした。
優しく、深く。そして。
「あの日と同じように、私があなたの力になる。だから灰さん、今度も絶対に勝ってくださいね。それと、最後に…………」
「彩!!」
「――愛してます」
優しく微笑んだ。
俺の体を赤く染めた鮮血は、光の粒子となって形になっていく。
まるで体だった。
その光の体は、俺の体と重なった。暖かく、太陽のような輝きだった。
そして俺の世界は、黄金色に彩づいた。
◇
黄金の光が、暗い月面を照らし出す。
まるで太陽のようなまばゆいばかりの閃光が、ハデスを照らす。
「……一体なにが」
ライトニングに止めを刺そうとしたときだった。
突如、その光が灰のいる方向から発せられた。
一体なんだとその方向を見る。
直後、衝撃。
「――ぐっ!?」
ハデスは灰に殴られていた。
12億を超える絶対防御の魔力の鎧を貫通する一撃。
城を突き破り、黒いキューブに衝突する。
ハデスは立ち上がり、顔を上げる。
そこには。
「まさか……至ったのか。神域に」
ハデスと同じ神の領域に立つ灰がいた。




