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第126話 この剣は守るためにー7


 景虎は薄れていきそうな意識の中、その背中を見た。


 そして笑う。


「次の世代は育っていくのぉ……ありがたい……老兵はお役ごめんじゃな……」


 ゆっくり目を閉じようとした時だった。

自分の体を優しい光が包んでいることに気づく。


「おじいちゃん、まだ死んじゃダメ!」

「景虎会長! 私が回復しますから!!」


 それはレイナと凪だった。

灰によって病院につれてこられたレイナ、そこでは凪が必死に治療を行っていた。

A級治癒魔術師の凪の魔力で、最優先でレイナを治療。

戦えずとも飛翔ぐらいはできるほどに回復する。


 そして文字通り飛んできた。


 大切な者を守るために。


「おぉ……孫に若い子に囲まれて死ねるなら本望」


「お兄ちゃん! 会長は、冗談言えるぐらいには大丈夫!!」

「灰! 彩も大丈夫。私が見てるから!!」


 二人は大きな声で、戦っている灰に叫ぶ。


 黒い騎士と戦う白き騎士。

それを聞いた灰は笑う、なんて頼りになる妹なんだと。


「……だそうだ。お前の目論見は全部ここで終わりだ!! マーリン!!」


「なぜだ……なぜだぁぁぁ!」


 マーリンは灰の剣戟に必死に食らいつく。


「私は間違っていない! 全部運が味方しただけだ! ほんのか細い糸の上!! 奇跡に奇跡が重なっただけではないかぁぁ!!」


「そうだな、それをつかみ取るために必死に命を賭けるんだ」


「くっ、くそがぁぁぁ!! も、もうお前でいい!! こちらを向け、銀野レイナ!! 闇の──」


 その言葉にレイナが一瞬反応しそうになるが、その間に入るのは灰。

レイナへ視線など通すわけがないし、何がしたいかなど神の眼の前では筒抜け。


「どこ見てる。お前の相手は俺だぞ」


「い、忌々しい!! その眼が本当に憎い!!」


「なら俺の目を見ろ、この眼を!! まっすぐに!! 何が映っている真っすぐに見ろ!!」


 神の眼をもって、闇の眼を封じる。

灰の怒りを込めた黄金色に輝く瞳が、マーリンの闇の眼を照らし出す。


 叫ぶマーリン、しかし灰により追い詰められる。


「お前には聞きたいことがある。過去のことも黒の帝国のことも全部教えてもらう!!」

 

 マーリンの剣を弾き飛ばし、マーリンの喉元へと剣が伸びる。

それを見たマーリンは、ただ灰を睨むことしかできなかった。

そして諦めたのか高笑いする。


「ふふ、ははは……いいだろう! だがな勝った気になるなよ。神の騎士、我々は必ず勝利する。必ずだ!!」

「何度でも俺が勝つ」


 その直後だった。


「死ね!!!」


 マーリンが叫ぶ。

しかし灰には効果がない闇の眼、一体誰にと灰はあたりを見渡す。

直後のことだった。


 マーリンが腰の短剣を自分の胸に突き刺した。


「!? しまっ──」


 自死の呪い、しかしもう止められない。

自ら死へと向かおうとするマーリンを助けることはできないし、助けたとしても尋問などは効果がない。

狂信は自分が死ぬまで解除されないのだから。


 倒れるマーリン、灰は目を細めてそれを見つめて目を閉じる。


「何がお前をそこまでさせるんだ、マーリン」

「お前にはわからんよ……神の騎士などにはな。ハーデス様……あなたの世界を見たかった……先にいくことをお許しください」


 そしてマーリンは息絶えた。

最後に言った言葉の意味は、ランスロットの記憶をたどればすぐにわかった。

黒の皇帝、世界を支配しようとした黒の神の名前。


「……まだ終わりじゃないんだな」


 勝利した灰は空を見上げた。

東京渋谷は廃墟のようになり、瓦礫が散乱。

犠牲は数えきれないほどだろう、アメリカ、中国もS級キューブの被害も甚大。


 それでも長かった戦いは終わった。


 次の戦いがあることだけはなんとなくわかったが、それでも長い戦いがここに一旦終結した。


◇灰視点


「会長! 彩!!」


 俺はすぐに会長と彩に向かって駆け寄った。


「死にそびれたわい……死んだら灰君に後を継いでもらうと遺書まで用意しとったのに」


「はは、その様子だと会長は問題なさそうですね」


 会長は倒れながらも笑っていた。

本当に強い人だ、そして意識を失った彩を俺は抱きしめる。

少し瓦礫で汚れてしまっている顔を綺麗にしてあげる。


「お兄ちゃん。大丈夫! 彩さんは気絶してるだけみたいだよ」

「少し強く叩きすぎたかのぉ?」


「大丈夫ですよ。彩は強いから。凪もごめんな。きてくれて」

「私だけ病院に取り残そうなんてそうはいかないんだから! ということで、ここじゃ治療も満足にできないから病院に戻ろ、レイナさん、景虎会長! それにまだ治療しないといけない人がたくさんいるんだから!」


「あ、俺が送るよ。ライトニングで」


「大丈夫、レイナさんならびゅーんって数秒だから! ほらほら!! じゃあ彩さんを頼んだ、お兄ちゃん!!!」

「灰。彩をお願いね」


 そういってレイナの背中に景虎会長と凪が乗って慌ただしく飛んで行ってしまった。

何か意図すら感じるように取り残された俺と彩、起きるまでこうしてろってことなのか?


 あ、そういえばアーノルドと王兄はどうなったんだろうか。


 その疑問に答えるように、直後俺の隣に隕石が二つ降ってきた。


「よぉ、灰。なんとかなったみたいだな。危うく殺しかけたぜ」

「……」


 ボロボロの二人、それはもう壮絶な戦いがあったことを物語っている。

なのにすごい嬉しそうなのは王兄で、アーノルドはとても罰が悪そうに不機嫌な顔をしていた。


「こいつさ、洗脳が解けた瞬間。滅茶苦茶叫んでやがんの。なぁアーノルド君」

「ぐっ……」


 何も言い返せないアーノルド。

自身も滅神教は絶対に殺すと宣言していただけに操られてしまった事実を直視できない。

全面的に悪いのは自分とわかっているからこそ行き場のない怒りで拳を握る。


「ほらほら、アーノルド君? 世界最強なんだからごめんなさいぐらいできるよね? ねぇ?」

「ぐっ……がぁ………」


 今にも暴れ出しそうな世界最強さん。

王兄はとても楽しそう、個人的な恨みもあると言っていたがそれ以上は爆発しそうだから許してあげて。


 その直後だった。


ドスン!!!


 アーノルドが思いっきりその頭を地面に叩きつける。

衝撃波が発生し、俺は彩をぎゅっと守った。

なにしてんのこの人?


「そ、そ、そ…………」


「ん?」


「そぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」


「ひぃ!?」


 凄い形相で俺を見て叫ぶアーノルド。

俺は思わず引いてしまった。


「そぉぉぉぉぉぉぉ!!!! りぃぃぃーーーーー!!!! はぁはぁ……はぁはぁ」


「え? ソーリー?」


「借り1だ。必ず返す」


 そういって、アーノルドは居ても立っても居られないという雰囲気で飛んで行ってしまった。

最後の言葉は一応は謝罪だったんだろうか。

心会話で意味だけは伝わったけど。


「はは、まぁあいつも悪いと思ってんだよ。じゃあ俺も国守らないといけねぇからいくわ」


「あ、送るよ!」


「いらねぇよ、じゃあツンツン姫様によろしくな。あ、ギルドクビにしたけどこの国に愛想が尽きたらいつでも戻って来いよ。それにお前は俺の弟だ。ずっとな」


「う、うん。ありがとう。王兄!!」


「灰、眠れる姫様を起こす方法は決まってるぜ。じゃあな!! 疾風迅雷!!」


 そして風と雷を纏って王兄もウィンクと共に行ってしまった。


 やはり取り残される俺と彩。

なんでみんなこんなに気を使ってくれるのだろうか。


 それに最後の言葉。


 俺は彩を見る。


「……彩」


 心なしか口を上げて、何かを待っているような気がする。

俺は神の眼を発動させて彩のステータスを確認した。


「……彩のステータス、気絶だったんだけど。発情になってるよ?」

「なぁ!? 発情なんてしてません!!」


 俺の言葉に飛び起きる彩、キスをせがんでいたのがばれて真っ赤になる。

まぁ発情なんてステータスないから俺の嘘なんだけどね。

でもキスをせがむような顔の彩はとても可愛かったからつい意地悪してしまう。


「ほんとに? キスしたくないの? (心会話発動)」


「そ、そんな軽い女じゃありません!(すごくしてほしい!!)」


「ふふ」


 つい笑ってしまった俺はさすがに悪いと思って心会話のスキルをオフにした。

真っ赤になって否定する彩、俺の腕の中ですっぽり収まる。


「……俺はキスしたいよ」

「──!?」


 戦いに次ぐ戦いの連続だったからだろうか。

俺も少しテンションが上がっていた。

死の危険が迫ると生存本能が高まると言うがそれだろうか。

ぎゅっと彩を抱きしめると、この軽くて柔らかいものが途轍もなく愛おしく感じる。


 今はただ守れた少女にこの想いを伝えたい。


「キ、キスし、したいの? そ、それって……」


 真っ赤な顔で俺の胸の中から見上げる彩。

ドキドキしているのが心会話を使わずともわかる。

だから俺ははっきりと口にした。


「彩……好きだ」


 誰もいない東京渋谷、俺と彩だけが瓦礫の中に二人だけ。

静まり返った都会の中心で俺は彼女に愛を告げた。


 全てが始まったこの場所で、彼女に想いを告げた。


 黄金のキューブからこの神の眼を受け継いで。

命を賭けて手に入れたこの力で、世界を守れと託されて。


 思えばたくさんのことがあった。


 でもいつだって俺がピンチの時の心の支えになってくれたのは彩だった。

彩がいなければ俺はもっと前に死んでいただろう。


「俺は守る強さを君に教えてもらった。君がいなければ俺はもうここにいない。何度も俺は君に助けられた。可愛くて、恥ずかしがり屋で、気高くて努力家で……好きなところを上げればキリがないほどに気づけば君が好きになっていた。だから彩……」


 俺はもう一度彩の眼を真剣な表情で見つめる。


「俺は君の騎士になる。だから一生守っていいかな」


 俺は思いのすべてを言葉にして彩に真っすぐに伝えた。


 彩は震えながらも両手で目頭を押さえる。

俺がずっと返事を待って彩を見つめた。


 すると彩が俺の首に手を回す。

ぎゅっと抱きしめて、そのまま俺にキスをした。


「はい……私も……私も好きです! 灰さんのこと大好きです!」


 俺達はもう一度にっこり笑って、見つめ合って、お互いの素直な気持ちでキスをした。

今度はアーティファクトのためではない本当にお互いの気持ちだけのキスをした。

好きだと言う言葉を確かめ合うように俺達はずっとキスをした。


「やっと素直になったね。彩、もっとしてほしい?」

「い、意地悪は言わないでください! (もっと欲しい!!)」


 そして世界を巻き込む未曽有の戦いは終結した。



 この日、戦いは終わり、S級キューブの崩壊も止まった。

世界を襲った未曽有の大災害は、世界最弱だった少年によって防がれた。


 アンランクと呼ばれ、世界の底辺でもがいていた少年が手に入れた一時の平和。


 もがき苦しみやっと手に入れたその平和を守るために灰は足掻き続ける。

例えどんな敵が来ても、どんな相手がこようとも、この守りたい人達を守るために。


 だが本当の巨悪はすぐそこまで来ていた。


 時を同じく世界ダンジョン協会NY本部。

世界中のダンジョン協会を統括する本部の最深部、そこに一人の女性が立っていた。

年は30を過ぎているというのに、見目麗しい姿は老いを感じさせないほど。


 彼女は世界ダンジョン協会会長であり、ダンジョン協会設立者でもあった。


「どう? 状態は」


「はい、ビビアン様。もう少しで封印は解けます。魔力石をまた補充していただけますか?」


 その女性の眼は真っ黒に染まっていた。


 職員達はその目に操られながらも、複雑な機器を操作する。

周りには世界中から集めた魔力石と、そこから魔力を吸い出す魔力石。


 その機器が接続され、職員達が見上げる先にあるのは。


 誰も見たことがないほどに巨大で真っ黒なキューブだった。


「マーリン様は、ちょっと強引すぎたわね。でも大丈夫ですよ、私が引き継ぎますから、お師匠様ができなかったことは」


 光悦の表情で、キューブにべったりとくっつくビビアン。


「ハーデス様。世界はあなたのものです……もうすぐそこから出して差し上げますからね」



「ということで、祝勝会じゃぁぁ!!」


 俺達は田中さんの自宅である億ションの屋上にいた。

あれから一週間。

世界は一旦の落ち着きを取り戻した。


 今だ東京は機能を失っているようなものだが、米国からの手厚い保証で絶賛修繕中。

キューブに関しては、アーノルドが口を聞いたとの噂もあるが、九州大戦で負傷した攻略者分は米国から支援をもらって問題なく機能している。


 今日はそんな忙しい中、みんなあれからずっと会えなかったので夕飯ぐらいはと集まった次第。

提案者はもちろん、景虎会長。

あの人胸に剣刺さってたのになんであんなに元気なのか。


「はい、灰さん。お肉焼けました♥ あーん♥」

「ありがとう、彩」

「ふふ……美味しい?」


「なんだ、坊主と彩はついにくっついたのか。いちゃいちゃしやがって」

「こら、龍之介。茶化すんじゃない。今が一番幸せな時期なんだ、もう少ししたら現実を知るんだから楽しませてあげなさい」

「いや、田中君も中々ひどいがの? でもよかった、よかった。レイナも頼むぞ? ガハハ!」


 いつもならそんな茶化しに恥ずかしがって彩が否定するのだが。


 ぎゅっ。


 みんなに見えないところで俺の手をぎゅっと握り、指を絡めてくる彩。


 なんだこの背徳的な気分は。

素直になってしまった彩は積極的でどちらかというと俺が受け身になるほどだった。

というかすごいぐいぐい来るな、興奮してきたぞ。


「灰さん……今夜暇ですか?」

「え? この後は特に用事はないけど」


 すると彩が耳元に近づいて囁く。


「今夜は二人っきりになりたい気分です。あの日できなかったデートをしましょう。できれば今夜は帰さないでくださいね」

「うぃ、うぃっす!!」


 俺は期待に色々膨らませる。


「田中君、今の聞こえなかった振りした方がええじゃろうか」

「はは、未成年ですがそれもまた青春ですね。物わかりの良い大人は笑って見守りましょう」

「坊主一つだけ。避妊はしろよ」


 凪がレイナのコップにお酒を注ぎながら頭をなでる。


「レイナさん、今夜は女二人で女子会しましょうね。きっと順番が回ってきますから」

「うん、凪ちゃん。今夜は女二人で寂しい夜になりそうね、飲みましょう」

「私はオレンジジュースですけどね。というかレイナさん強いですね」

「超越してるから」


 パーティは賑やかに、いつまでもこんな平和が続いて欲しいと願わなくてはいられないほどにそこは幸せな空間だった。

 

 灰が頑張り、耐えて、守り抜いたものは、確かにそこで笑っている。


「……楽しいね、彩」

「はい!!」


 でも平和はいつだって戦いの合間の休憩時間。

いつだって世界は戦っている時間の方が長く、この仮初の平和は薄氷の上。


 ふと飲み物を飲みながら空を見上げた灰。

そして気づく、天道、景虎、田中もレイナも全員が次々と立ち上がり空を見上げる。


「なんだあれ……」


 暗雲立ち込め、天を覆う。

世界は暗く、深き闇に落ちていく。

月だけが見えていた空は分厚い雲に覆われた。


 この日、光を失った世界。

どうしても幸せな日常は続かない。


 その直後だった。


『灰さん、ごめんなさい。本当に……ごめんなさい』

「え?」


 聞こえてきたのは聞き間違うはずもないアテナさんの声。

最後にやることがあるとだけ言って、久遠の神殿に残っていたアテナさんの声。


 突如俺の体の周りに黄金の壁が発生した。

驚く灰、しかし何もできずにその黄金の壁は箱となって灰を閉じ込めた。


「灰さん!!」


 最後に聞こえたのは彩の声。

ライトニングも何もかもが封じられ、外に出ることは叶わない。


 灰は何が起きたのかまるで分からなかった。


 だが思ったよりもすぐにその黄金の箱は開かれた。

体感にして数十秒ほどだったはず。


 ゆっくりと開かれたキューブ、灰は目を見開く。

その光景が信じられなかった。


 なぜなら。


「なんだよ、これ」


 世界は既に終わっていた。


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