第125話 この剣は守るためにー6
◇
「王にぃ!!」
灰が叫んだ先、そこに立っているのは自分の兄貴。
中華の大英雄、王偉だった。
その大英雄と獣の神が対峙する。
「斉天大聖……」
その言葉とともに、王の髪が逆立ち黄金色に輝いた。
全身から目に見えるほどの金色の魔力を纏い、真っ赤な棒を振り回す。
「よぉ、わがまま大王。なんでそっち側にいるんだ? ついに脳みそまで筋肉になったか?」
「……ガァァ!!」
だが言葉は返ってこずに、王目掛けてアーノルドの拳が振り下ろされる。
それを如意棒で、器用に受け流す。
衝撃だけで地形が変わっていく超越者同士の殴り合い。
神話の戦いが再現される。
「はぁ……言葉も通じねぇ……場所変えるぞ! 疾風迅雷!!」
王の体が風と雷を纏い、アーノルドに蹴りを入れる。
その衝撃で吹き飛ぶアーノルド。
「灰! この糞ボケは任しとけ! だからそいつは任せた! やれるな!」
「もちろん!」
吹き飛んだアーノルドに追従するように、王もそれを追う。
灰は視線の端からすでに消えた王に一言言ってすぐに向き直る。
アーノルドは王に任せた。
マーリンは会長に任せた。
「……結局俺はみんなに守ってばかりだな……俺は一人じゃ何もできない……だから」
キン!!
「せめてお前は俺が倒さないと!!」
始まる剣戟、龍と白い騎士の戦いが始まる。
風神を発動し、風を纏う龍の神。
雷を纏い白き鎧に包まれた白き騎士。
「俺達も場所を変えるぞ!」
灰は龍神に触れて、ライトニングを発動した。
ここではあまりに近すぎて余波で彩を巻き込んでしまう恐れがある。
だから少しだけ距離を取り、まだギリギリ見える距離へ。
そして。
「ランスロットさん……力を貸してください」
灰は、息を吐いて集中する。
最優の騎士を発動し、ランスロットの記憶を呼び起こす。
努力と研鑽の時間、託された想いと受け継いだ意思。
ミラージュ君とは毎日のように切磋琢磨した。
ライトニングさんには、剣の握り方から教わった。
アテナ様からは、この黄金色に輝く眼をもらった。
そしてなによりも。
「はぁぁぁ!!」
絶対に揺るがない愛をもらった。
間合いを詰めて剣戟の嵐。
瓦礫が舞い散り、建物は余波と黒い風の刃で倒壊していく。
数十秒近くまるで台風同士のぶつかり合い。
白い嵐と黒い嵐。
白い剣と、黒い刃。
一撃一撃がお互いの命に届くほどの破壊力、それが目の前で無数の数が繰り出される。
でも一歩ずつ、ゆっくりと灰は積み上げていく。
それは灰の歩みのように、少しずつ着実に勝利へと進んでいく。
そしてそのときはやってきた。
どんなものには終わりがくるように、永遠に続くかのごとき嵐の衝突の終わりはやってきた。
灰はここだと作戦の開始を叫ぶ。
「最後の駆け引きだ。龍神! 一つでも選択を間違えたほうが……」
いつもの命を賭けた攻防の合図を。
「死ぬぞ!!」
全力で白刀を振り切る灰、消し飛んだ黒い風の鎧。
「くっ!! 一旦距離を!!」
一旦距離を取って風を纏おうとする龍神。
それを見て灰は笑った。
「真・ライトニング」
だが背後にライトニングで瞬間移動、逃がさない灰。
「なめるなぁぁ!! 読めているわァァ!!」
振り返った龍神は、全力で灰を殴りつける。
先ほどから灰の癖を呼んでいた知能の高い龍の神は、こういうとき背後に灰が転移してくることを知っている。
灰はその一撃を顔面にもらい、吹き飛んでしまった。
「ははは……はぁ!?」
しかし、消し飛んだと思ったそれ。
壁に激突したかと思ったら、陽炎のように無散した。
「真・ミラージュ」
「──!?」
それは龍神の背後に転移した瞬間に発動していた真・ミラージュ。
自身の分身だけを残して、灰だけは別の場所に転移していた。
やったかと思ったその一瞬の隙、龍神の脳はフリーズした。
なぜなら灰が目の前で、居合の構えのまま稲妻となって落ちてきたから。
雷鳴一閃、それでもガードした龍神の左腕は消し飛んだ。
真っ赤な血が噴き出して苦痛に顔がゆがむ龍神。
それでも反撃するのは強者の誇りと、種の長としての矜持。
痛みなど微塵も感じないといいそうなほどに、切られた左腕とは逆の右手で灰を殴りつける。
攻撃の後の隙。
肉を切らせて、命を刈り取る。
それはかつて最弱のゴブリンと灰が戦ったときのような再現だった。
あの時は灰が左腕を差し出して反撃した。
反撃されると思っていなかったゴブリンは、灰の一撃をもらって絶命した。
この一撃は決まった。
龍神は、自身の左腕一本を犠牲にしてカウンターを取ることに成功した。
そう思ったのに。
「なぜ……」
灰にはすべてが見えている。
まるで初めからそうされることがわかっていたように、その眼の一点は龍神の右手だけに。
微塵の油断もせず、ただ勝利だけを願い黄金色に輝く瞳がその右手を見つめ、紙一重で交わす。
「見えてるよ……この眼には全部な。お前は……いや、お前達は……」
「く、くそぉぉぉ!!」
「負ける」
振り切った右手、ガードするものはもはやない。
返す刀で灰の白刃が龍の首を刈り取った。
どさっという音とともに、龍神の首は地面に落ちて、この場の勝者は決まった。
◇灰が龍神と戦っているとき。
「なぜだ……私の作戦は完璧だった……。なぜことごとくひっくり返る。なぜ……」
米国と中国のS級キューブを崩壊させた。
それによってこの国は孤立する。
龍神一人では、神の騎士相手には心もとない。
だから世界最強も手に入れたし、自分も戦い3対1にするつもりだった。
不利な状況、さらには神の騎士が逃げられないように愛する人質も手に入れた。
やつらは守る力といいながら大事なものを捨てられずなすすべなく負けていくからだ。
なのに。
「なぜだぁぁぁ!!!」
何もかもがうまくいかない。
自分のほうが圧倒的に強いのに、なぜこのおいぼれは自分を止められるのか。
自分の国が危ないのに、なぜ他国を守ろうとするのか。
すべてはか細い糸の上の出来事。
ほんの少しの歯車が狂えば、勝っていたのは自分だったはず。
それを見て景虎はボロボロになりながらも笑った。
「それが守ることの本質じゃよ。助けるし、助けてもらう。手を取り合って困難を超える。お前にはおらんのだろうな。その歪な眼をしたお前には。心を操るお前には……この状況で助けてくれるものなど」
「だまれぇぇ!! 黙れぇぇ!!!!」
マーリンは叫び、佇むだけの彩を見る。
「いいだろう、ならば守って見せろ!! そこまでいうのなら、守って見せろ!!
「まさか!? まずい!!」
景虎は全力で彩のほうへと走った。
「死ねぇぇぇぇ!!」
その瞬間マーリンが彩を見つめ叫んだ。
真っ黒な眼をして、ただ佇むだけの彩に命令する。
彩は腰に着けた短剣を握りしめて、何も言わずにその剣を自分の首へと突き刺そうとした。
自害の命令。
だがそれは突き刺さらなかった。
「お爺……ちゃん?」
景虎が寸前で止めたからだった。
彩の手を持ち、にっこり笑い、その短剣を投げ捨てる。
「彩……お前さんは包丁を握る方が似合っとるぞ……」
「お、爺ちゃん……お爺ちゃん!!!」
朦朧とする彩の意識、しかし直後顔にかかった赤い血が彩の意識を覚醒させる。
「ごほっ……心配せんでいい。彩……」
それは景虎の血だった。
「……きっと大丈夫」
だが景虎は何も気にすることはないと笑顔のままに、彩の首を叩き意識を刈り取る。
アーティファクトを失った彩の防御力は0に等しく景虎ならば簡単なことだった。
これで彩は狂信からは守られた。
意識が無ければ操ることなどできない。
よって自害などできない。
だがその代償は軽くはなかった。
「ははは!! ほらみろ!! やはりこうなるんだよぉぉ!」
背後からマーリンが景虎を黒刀で貫いていた。
彩を助けるためにできた隙、守るためといいながらそのせいで死ぬことを証明しようとしたマーリン。
剣を抜いて、血が噴き出す。
致命傷、すぐに治療しなければならない傷。
飛びそうな意識をそれでも自害の命令から最愛の彩を守るために押し通した景虎。
だが、出血で意識が飛んで倒れる。
再度振りかぶるマーリン。
「……守る、守るとお前達は昔からうるさいんだよぉぉ!!」
怒りのままに、景虎の命を奪おうとする。
振り下ろされる真っ黒な剣、景虎の首へと落ちていく。
その一撃を止めることはこの場の誰にもできない。
薄れていく意識、それでも景虎は何も心配していない。
(大丈夫、結局最後には期待に応えるのが)
バチッ!
(鈍感系主人公というものじゃろ?)
雷鳴轟き、空気が爆ぜる。
「──させない」
「なぁ!?」
弾かれる剣、見据えるは黄金の眼。
「もう誰一人として死なせない!!」
大切な人をもう二度と失わないと覚悟を決めた少年の刃が、運命すらも切り開く。