第123話 この剣は守るためにー4
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「彩! 彩!! 目を覚ますんだ、彩!!」
灰は叫んだ。
だが、灰の声は届かない。
おぼろげな目でただ灰を見つめる彩は佇みながら微笑んでいるようにも見える。
「……狂信……だめ……なのか」
彩のステータスを確認する灰は、状態が狂信であることを確認する。
つまりマーリンが気絶するか、マーリンが死ぬかでないと解けることはない。
「聞こえんよ、お前の声は」
「許さないぞ、マーリン。彩に触れるな、その子を傷つけたら絶対に許さない」
「ほう……ならば守れるか? 私と龍の神と、そして……」
「ガァァァ!!!」
「お前達の最強から」
灰目掛けて拳を振るうアーノルド。
空気を押しつぶす破壊の拳が命を奪おうと灰を狙う。
それは最強の拳。
誰よりも強く誰よりも自由。
だがその男は操られていた。
誰よりも自由に生きていたはずの彼は、今自由を失っていた。
暴君アーノルド・アルテウス。
「……ただでさえ、あれだけでもやばいってのに」
灰はその拳を躱し、さらに視線を人型の龍へと移す。
そしてステータスを確認した。
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名前:龍神オルフェン
魔力:2000000
スキル:風神、龍神装
攻撃力:反映率▶75%(+30%)=2100000
防御力:反映率▶75%(+30%)=2100000
素早さ:反映率▶50%(+30%)=1400000
知 力:反映率▶50%(+30%)=1400000
※龍神装の効果で全ステータス30%上昇
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人型の龍、それは龍の神だった。
鬼の王、鬼の帝種などは今まで見てきた。
だがそれはその種族の長を表す神と名のついた化物だった。
レイナが勝てなかったのも無理はない。
そのステータスは強くなったはずの灰など遥かに超えて化物だった。
そして灰の目の前にはもう一体の化け物が本当の力を発揮する。
「ふむ、アーノルド。最初から全力でそいつを殺せ」
後ろでアーノルドに命令するマーリン。
その言葉とともに、あの時と同じ現象が起きた。
ただでさえ鎧のような筋肉が、光り輝き、髪が逆立つ。
魔力の余波だけでガラスは崩れ去り、一瞬でそこは廃墟となる。
「ガァァァァ!!!!!」
叫びをあげた瞬間だった。
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名前:アーノルド・アルテウス
状態:獣神化(全ステータス+30%)
職業:ベルセルク【真・覚醒】
スキル:回復阻害、超回復、獣神化
魔 力:1753000
攻撃力:反映率▶75%(+30%)=1840650
防御力:反映率▶75%(+30%)=1840650
素早さ:反映率▶75%(+30%)=1840650
知 力:反映率▶25%(+30%)=876500
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獣の神がこの世界に真の姿を現した。
龍の神、獣の神、そして魔術師マーリン。
その三体が灰の前に立ちはだかる。
彩という人質をもって、抵抗することを禁止する。
「死ね、ボーイ」
破壊の拳が灰を貫こうとする。
先ほどよりもはるかに速いその拳、だが灰は黄金の目を輝かせ、その動きを未来予知。
危なげなく後ろに飛び退いた。
衝撃で地面は消し飛び、まるで隕石が落下したかのような衝撃で周囲の建物を崩れさせる。
渋谷スクランブル交差点は一瞬で瓦礫の山へとなり果てた。
「……神の騎士よ。何を抵抗している? まだわかっていないようだな」
「なにを……」
衝撃が止み砂煙が落ち着いた頃だった。
マーリンが、ローブの中から灰を睨みながら言った。
そして彩の首に力を入れる。
「やめろ……やめろ、マーリン!!」
「ははは! なに、まだ殺しはしないさ。そうだな。だが指の一本ぐらいはへし折っておこうか。まだお前は理解していないようだし。幸い指は10本もある」
そしてマーリンは、彩の指を握った。
「ま、待て!!」
「ガァァァ!!!」
彩を助けようと稲妻となる灰。
しかし彩の眼の前に転移した瞬間、龍神が灰に一撃をくらわせようと拳を振るった。
避ける灰は、彩と再度距離を取らされる。
龍と獣の息をつかせぬ猛追が灰をさらに遠ざける。
「守る、守ると!! うっとおしいことこの上ない!! それは弱さだ! 守る者の存在など弱さでしかない!! だから今お前は今こうして窮地に陥っている!!」
「くっ! 彩!! 目を覚ませ!! 彩!!」
灰は龍神とアーノルドの猛追を躱し続け、彩に叫んだ。
だがその声は届かない。
視界を遮るように迫る二人の前にライトニングで彩の元へといけない灰。
「これがその証拠だ!! その忌まわしき神の眼にしかと焼き付けろ、神の騎士!!!」
マーリンが、力を込めた彩の指をへし折ろうとした瞬間だった。
「守ると言う事の本質をお前は何もわかっておらん!」
「ガッ!?」
マーリンは突如、背後から顔面を殴られて吹き飛んでいく。
「え?」
灰は視界の端でそれを捉えた。
「守る力の本質をお前は何もわかっておらん。守るとは愛すること。誰かを愛し、手を取り合い、助け合い、共存して、未来へとつなげていく。そうやって弱い儂らはこの世界を生き抜いてきた。一人じゃない。それが守るということの本質であり、その証拠にお前は今地べたを這っておる」
「か、景虎会長!!!」
それは景虎会長だった。
スーツを腕まくり、その剛腕でマーリンをぶん殴る。
だがまるでダメージがないかのようにマーリンは立ち上がって、景虎会長を見つめた。
「確か拳神などと呼ばれている男か。は! 所詮は超越にも至れていない雑魚ではないか!! 不意打ちで一撃食らわせたぐらいで何を調子に乗っている!!!」
マーリンは腰に着けた剣を抜く。
ステータスは会長の数倍あるマーリン。
「だ、だめです! 会長のステータスじゃ! そいつは100万に近くて!! 逃げて!!」
助かったと一瞬灰は思った。
だがすぐに考えを改めて叫ぶ。
会長のステータスではマーリンには勝つことはできない。
マーリンの魔力は100万を超えている。
これでは会長も死んでしまう。
だが景虎は、呼吸を整え手を前に出して武の構え。
落ち着いた声で灰に言った。
「なに心配せんでよい、灰君は灰君の敵を倒せ。それにな。灰君、元来戦いとはステータスで決まるものではない、ましてや数値ですべてが決まるわけではない……」
「舐めるなよ!! S級底辺の人間風情が!!! 魔力は絶対だぁぁ!!!」
振りかぶるマーリンの剣。
力で抗うことなどできない圧倒的ステータスの隔たり。
しかし。
「な、なぜ?」
倒れているのはマーリンだった。
剣は躱されて、逆に腹をえぐるような拳を受けたのはマーリンだった。
ステータスのすべてはマーリンに軍配が上がる。
それは圧倒的数値の差。
ゲームならば抗うことはできない数値の差、だがステータスには存在しない。
「お前が何者かは知らんが……」
努力という項目だけは存在しない。
練磨し、汗を流し、鍛え上げた技術という努力の項目だけは。
「孫に気安く触れていいのは、灰君だけと決めておる」
ステータスには記されてはいない。




