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身長×0.45

作者: とがの丸夫

「身長×0.45……」

 学校の放課後の帰り道、夏から秋へと切り替わる季節の変わり目の、どこか哀愁を感じる空気と夕日の中。

 たまたま携帯で見ていた記事に書かれている内容を、無意識のうちに口に出してしまっていた。


 すぐにハッとして思わず開いた口を塞ごうと手を動かそうとするけど、それが返って自分の失態を自己申告している見たいで、動かしかけた手を止める。

 顔がどんどん熱くなっていくのが、自分でもわかってしまうほどだったけど。

 もしもここにいるのが私一人だったら、こんな羞恥心なんて持たなかった。


 私はゆっくりと隣を歩いている、小さい頃からの付き合がある幼馴染の顔を伺うように見上げる。

 願わくば、私の声が隣居にいる彼に聞こえていませんようにと、都合のいい神様を拝むけど。


 現実というのは何時も非常で、願うだけの信徒を見放すのだ。

 慧眼なる神様は私のそんな不誠実な心構えにそっぽを向いてしまう。


 残念なことに、隣を歩く幼馴染に私のつぶやきはハッキリと聞こえていたみたいで、わざわざ歩みを止めてまで、その数字の意味を聞かれてしまう。


 バカにするでも笑うわけでもなく、ただ気になったから聞いているというのが、彼の顔からはハッキリと伺える。

 一人恥ずかしがってしまった私の羞恥心はどこに持っていけばいいのだろう。


 行き場のない気持ちとは裏腹に、私は「何でもない」とだけ答えて歩き始める。


 肩の力が抜けると同時に、小さく溜息を吐いて空を見上げると、秋でしか見ることのできない独特の波を打つ雲をじっと見つめる。

 秋空と夕焼けはどうしてこうもセンチメンタルな気持ちにさせるのだろう。


 身長×0.45。

 その計算から導き出される答えはなんてことはない、自分の歩幅がその計算で導き出されるというだけのこと。


 だけども、私はそれを彼に教えるつもりはない。

 理由は私と彼の身長差にある。


 彼は私よりも頭一つ以上身長が高い。

 だからこの計算を当てはめると、彼の歩幅というのは私と比べるのが嫌なほどになってしまう。


 でもと、隣を並んで歩き続ける幼馴染の頭を見上げる。

 私より頭一つ以上背の高い彼と私の身長を、さっきまで見ていた記事の内容で比較するならどのくらいの差になるのだろう。


 彼の身長は凡そでは把握している私は、隣を歩く彼から一歩引いてバレないように携帯の計算機を叩く。


 そうして導き出された数値は彼が6歩、私が7歩で大体一緒になるという結果だった。

 だけどこれは身長をもとにしたモノで、実際には同じ慎重でも足の長さは人それぞれ。


 なまじ数値化させてしまったことにより、いつの間にか私の身長を追い越していた彼と実際に比べたら、結果がどうなるのかに疑問を持つのは自然な流れだった。


 私は早速彼を呼び止めて、その場から6歩歩かせる。

 不承不承といった様子の彼だったけど、なんだかんだで私の言った通りに歩いてくれる。


 その後に私は彼が歩き始めた位置から、7歩歩いていてみる。

 1歩、2歩、3歩、4歩、5歩。

 だけど、私はそこで気づいてしまった。


 このままのペースで7歩目を出すと、体が彼と重なってしまうということに。


 私はとっさに6歩目と7歩目の歩幅を小さくしてギリギリ半歩の距離で止まる。


 私が来るのだから少しは避けてくれてもいいのに、私の幼馴染はそういった所で無頓着になる。


 もしも体がぶつかりそうになったら彼はどんな反応をするのだろうか、よくある小説のような展開が頭の中で花を咲かせてしまう。


 体じゃなくても、向かい合った二人の手が軽く触れるだけでも、少し肩が擦れるだけでも。

 異性として、彼に何かしらの期待を抱いてしまうのはおかしなことのなのかもしれない。


 待っているだけでは何も変わらないと分かっていても、淡い期待を身勝手にも抱いてしまう。


 だけど現実でそんなことをする勇気を私は持っていない、幼馴染にせめてもの嫌味を言うだけで終わってしまう自分が、ちょっと……情けない。


 結局、私は疑問を浮かべる彼を無視して、歩き始める。

 私が自分の嫌いなところを挙げるとしたら、今の私がもっとも当てはまってしまう。


 そんな後ろ向きな思考も数分経ってしまえば、そのこと自体を忘れてしまうわけで、何もなかったように歩きながら別のことに思考を巡らせる。


 それは隣を歩く幼馴染から見て、私はどう見えているのかということ。


 歩幅以前に一目で彼と私の身長差は大きくあるし、友達からはたまに子供っぽいといわれる私だけど。


 そんな私でも興味もない異性と、用事もないのに一緒に歩くなんてことはしないししたくない、隣を歩く朴念仁にはそういった機微がわからないかもしれないけど。


 ……でも一緒にいてくれるということは、少なくとも悪く思われているわけではないはずだ。


 小さいときからの家が近くて、親同士が知り合いで、そこからよく遊ぶようになったけ。

 その状態が高校に入っても、良好な関係で続けられているのも稀だと聞くから、他の人よりはとなけなしの自信を持っている。


 ちょっと恥ずかしいけど、彼の中でも私は特別なのかなと思ってしまってもいいよね。


 そう思い始めるとどんどん気分が良くなっていき、たまにある体中のエネルギーが胸の奥に集まってくるような衝動に、どうしたらいいかわからなくなってくる。


 こうゆうときは何もしないのが正解とわかっているけど、抑えたくないし抑えられるかもわからない、だから仕方なく彼の顔を見てしまう。


 私の意志とは関係なく、彼の袖を掴んでいることに、私は気付かなかった。


 照れたように顔を背ける彼を見ながら、いつか本当に抑えきれないかもと思ってしまう自分に少し驚いてしまう。


 私の中には、自分でも知らない我儘で寂しがりやな部分があるのだと気付くのは、まだ少し先になる。


 ふと、歩幅の違う彼と私だけど、不思議と歩く速さは殆ど変わらないことに気付いてしまう。


 暫く歩き続けて、私と彼の足音に耳を傾ける。


 こつ、こつ、こつ、こつ、こつ。


 私が5歩歩く間に、彼はゆっくりと4歩足を動かしていた。


 自分の意志で歩く速さを調節していない私は、普段通りの歩く速さだけど。

 私より歩幅の広い彼が、そんな私と同じ速さということに納得がいかなかった。


 だから私は、意図して歩く速度を少しだけ緩める。


 また私が5歩歩くけど、彼も歩数は4歩のままで、歩く速度が私と同じぐらいゆっくりになる。


 もしかしてと思った私は、今度は少しだけ早く歩いてみる。


 それでも変わらず、私が5歩歩けば、彼が4歩歩く。私の隣が開くことはなかった。


「……ねえ」


 私が足を止めて小さく問いかけるようにつぶやくと、私同様に歩みを止めた彼は無言で私のほうを見つめてくる。


 今の私の顔が赤いのは、秋の夕焼けに照らされているからだと思う。


「身長×0.45の意味って知ってる?」

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