流れ星を信じて
児童向けに、作者の判断で難しそうな漢字には読み仮名を振っています。
「ねぇ、何してるの?」
吹雪が少し静かになった夜。町の外れにある高い丘で、ユキは一人座り込んでいた。
「……別に、ただ座ってるだけ」
ユキはその真っ白な瞳を開いて彼を見つめ返すと、少し悩んでからそう言った。
「そっか……」
小さな彼の返事を聞いたのか聞いていないのか、気づけばまた目を瞑っていたユキ。
彼女の頬は、雪に映えるほど赤かった。
「それ、何か意味があるの?」
彼は、ユキの胸の前で組まれた両手を指して言う。彼の知るユキは、座るときに手を組む癖なんてなかったはずだから。
「……」
答えないユキに文句を飛ばすこともなく、彼は隣にしゃがんで、じっと彼女を見守った。
何かが起こるわけでなくとも、ユキが真剣に何かをしているとき、こうするのが彼の癖だった。
「誰にも言わない……?」
「言わないよ」
「バカに、しない……?」
「しない」
もう一つ、何かを口から出したそうに視線を泳がすユキを、彼は急かさなかった。
「……言ったら、一緒に信じてくれる?」
「もちろん」
冬になって、雪が降り始めて以来、初めてユキは笑った。彼は一緒に笑いながら、春の訪れの風が吹いたかのような暖かさを、確かに感じていた。
「あのね、"星"って知ってる?」
「ほし……? それって、あの、空に浮かんでるってやつ?」
彼は上を見上げて、見慣れた分厚い雲を指さす。そこには、青い空も、月も、太陽も現れることはない。当然、星が見えることもない。
「そう! それがね、流れる時があるんだって」
こんな風に!ーーと、ユキは話しながら彼の前を片手を挙げて走った。
「わっ!……そ、空に浮いてる星が、流れる……?」
そもそも、星自体を見たことすらないと言うのに、ましてやそれが流れる姿など、彼には少しばかり、難しかったようである。
「ぷっ、マヌケな顔!」
「っ! 笑わないでよ、ユキちゃん! 僕だって、一生懸命想像してたのにっ!」
あはは、と堪えきれず笑い声を響かせるユキ。
しばらくして、シンと澄んだ空気の中、ユキは口を開いた。
「私のお母さん、秋に体調を崩しちゃったの。たくさん咳き込んで、たくさん吐いちゃって……お医者さんのおじさんが、みてっ、くれた……けど、」
「うん」
言葉の途中で丸まってしまったユキの背中を、彼は手袋を脱いでそっとさすった。
ユキのお母さんが寝たきりの生活になっていることは、彼だけでなく、町の皆が知っていることだった。春まで、持つかわからないということも。
「"流れ星"は、願いを叶えてくれるらしいの」
「……え? っと、星が……願いを叶えてくれる、の?」
「ううん、"流れ星"だけ。流れてなくちゃだめなの。でも、星が見えないのに、流れてるかなんて、分かるわけがないじゃない」
ユキが顔を上げるのにつられて、彼も一緒に雪の降る町を眺めた。
「こうやって見たら、雪って、流れてるみたいじゃない……?」
「……! だから、冬になってからずっと一人でここに来てたの? 雪が流れてるから、星も流れてるかもってこと……?」
ハッと彼がユキの方を見れば、ユキはそっぽを向いてしまう。
「それって、一人でやらなきゃいけないの?」
「え……?」
今度は驚いたユキが彼の方を振り返ると、彼は先程のユキのように、目を閉じて、両手をぎゅっと握りしめていた。
「流れ星さん、ユキちゃんのお母さんを治してください。また歩けるようにしてください」
その姿に、ユキは目を見開いたまま、目を奪われていた。
「ユキちゃんとまた、楽しくお話しできるようにしてください。ユキちゃんの頭を、また撫でられるようにしてください」
白い瞳から溢れた涙が、赤い頬の上を輝きながら流れた。
「ユキちゃんが、前みたいに元気に笑えるようにしてください」
ユキは堪らず、彼に勢いよく抱きついた。
「うわばっ、ちょ……ユキちゃん!?」
「ごめんなさい。ごめんね……」
「な、なんで謝るの?」
彼は"ゆき"にサンドされて叫びだしたい心をなんとか引っ込め、ユキに問いかける。
「……私、ほんとはちょっと信じてなかったの、流れ星のこと」
ユキは、彼をぎゅっと抱きしめるものの、その顔を見ることはしなかった。
「冬になってから、毎日毎日お願いしてきたのに、お母さんの病気はどんどん悪くなるばっかりで……本当は、流れ星なんて、星なんて無いんじゃないかって、思ってた」
「ユキちゃーー」
「でも!」
ガバッ!と、ユキは突然体を起こした。
「それはさっきで終わり! あなたが願ってくれたから……信じてくれたから。私も信じなくちゃ」
「……うん。一緒に信じるって、言い出しっぺはユキちゃんだもんね」
彼は起き上がって、服に付いた雪をパラパラと払い落とした。
「二十日で諦めるなんて、ユキちゃんらしくないよ」
「……何よ、自分のことは棚に上げちゃって」
にやっと笑った彼を、ユキは肘で小突く。
「ジャムの瓶が開かなくて、もうだめだぁ〜……って泣いてたのは誰だったっけなー」
「わぁっ! ひどい! 忘れてって言ったのにー! ……それを言うなら、ユキちゃんだって五歳のとき服を逆さまに着てーー」
「あーっ! それはっ……! そんなちっちゃい時の話を出すのは卑怯よ!」
「僕だってジャム瓶のときちっちゃかったからね!?」
雪の降る冬の日。
空も、月も、太陽も見えない雲の町で、まだ見ぬ星を信じて願い事をする二人のこどもたち。
「もう二度と、この雲の向こうで星が輝いていることを疑ったりしない」
願い事が一通り終わったのか、はたまた彼女の中で流れ星が終わったのか、話し始めたユキの瞳を彼は見つめた。
「ヒカルが願ってくれたあの時に、星が光ったから」
ユキは組んでいた手を離して、片手を空に掲げた。
「だから、ヒカルって名前なのね」
ヒカルはユキの真似をして挙げかけた手をそのままに一瞬固まった後、優しく笑いをこぼした。
「そんなことを言うの、ユキちゃんだけだよ……」
そう? と首を傾げるユキ。
二人はこれからも、この町で流れ星を信じる、たった二人の子どもであり続ける。
ーーもしも流れ星が流れているならば、叶うならば、二人がもっと幸せになりますように。
お読みくださりありがとうございました!