プロローグ:これが出会い
「ねぇ、こんな世界から私と一緒に逃げませんか?」
視界全体が海に覆われたそんな広々としたこの世界には到底似合わない、後ろ向きな言葉が目の前の少女から漏れ出た。
しかし、「逃げる」という彼女の言葉は、まさに今の僕の現状を表ている言葉だなと思う。
ただ、その逃げるという言葉が含んでいる意味のようなものが、僕とはまるで対照的だった。
「逃げるってどこに……」
少しだけ弱々しく告げた言葉に対して彼女は、言葉ではなく指をさすという簡単なジェスチャーで僕に示す。
彼女が指差す先は、広大な海。つまりはここから落ちるということを暗示しているのだとすぐに気づいた。
その暗示を肯定するのかのごとく、彼女は「ここから先、立ち入り禁止」と書かれた柵を乗り越え、その先へどんどん進んでいく。
何もしなければ、彼女がそのままいなくなってしまう。
今日初めて会ったばかりの少女だけど、人一人が目の前で死のうとしている。そんななんとも言えない感情が僕の身体を動かした。
柵を乗り越え、後ろを振り返ることもしない彼女の元へ早足で向かう。
彼女も彼女で、まるでもう僕のことなんか考えてもいないかのように、後ろを振り返ることもせず、崖の終わりに向かって一直線に歩みを進める。
「本当に死ぬ気っっ——?」
悲痛な僕の叫びなど届かず彼女は終わりまでやってくる。
比喩でもなんでもなく、本当に終わろうとしているのだ。それも僕の目の前で。
彼女の体が傾く。死ぬことなど本当に怖くないのだろう。崖の終わりから一歩宙に踏み出した。足場のない宙、体は重力に逆らえずそのまま下の海へ——落ちるはずだった。
「なんで、私を助けたの?」
開口一番といえばいいのか、二番といえばいいのか、とにかく彼女の口からでたのは僕に対する非難の言葉だった。
安堵の表情でも不安の表情でもなく、彼女が僕に向けた表情は怒り。彼女が一面の青に吸い込まれるすんでのところで彼女の腕をつかむことができた。しかし、それはあくまで僕の視点からのものであって、彼女からすればその行為はヒーローによる救済なんてドラマチックなものなんかじゃなかった。
「私は楽になりたかったのに、今ようやく決意ができたところだったのに……なのになんで」
今にも泣き出しそうな表情で僕に訴えかける。
だけど、不謹慎かもしれないけれど、そんな彼女が美しく見えてしまった。
それに、それだけじゃなく、そこに彼女を生かす理由があるようにも思えた。
だって彼女は、こう言ったんだ。
————「今ようやく決意ができた」と……。
後から考え直しても、この時なんでこの言葉に対してこう返したのかはわからない。
だけど、今目を離したら今度こそどこか知らない世界に逃げ出しそうだったから。思わず僕の口は滑ってしまったのかもしれない。
「もし、僕が本当にこの世界から逃げ出したくなったら一緒に逃げ出してくれませんか? だからその時になるまで、僕と一緒に生きてくれませんか?」
なんて、どこのラブロマンスだって話だ……。
まずは本作品に目を通していただきありがとうございます。
本作品はタイトル詐欺とも言わんばかりの作品です笑
むしろこのタイトルの二人から始まるラブストーリーです。
なので「おいおいタイトルと違うじゃねえかよ!」という気持ちを持った方はむしろそれが正論です笑
ですが、そんな二人を見守っていただけたら幸いです。