序章『壱』
夢を見た。
それも単なる夢じゃない。しかも一度や二度と言うわけでもない。同じ夢を何度も何度も何度も…。
最初に見たときはとても現実味がない未来の話。
最後に見たときは…思い出したくもない過去の話。
それは一種の天災のように唐突に始まり、一瞬にして俺の大事なものをすべて奪っていった。
「かいちゃん〜おはよう〜起きて〜」
「ん…?」
高い声でありながら柔らかく優しい声が妙に頭に響く。そこら辺に売っている目覚まし時計よりよっぽど効果がありそうだ。
玠翔は目を擦りゆっくりと瞼を持ち上げる。ぐっすり寝ていたところ邪魔され若干の不満気であったが、ある声によって眠気と共に吹き飛んだ。
「起きた〜?もう8時過ぎたよ〜ご飯も出来てるよ〜」
そう緩やかな口調で言うのは俺、式上玠翔の母、式上瑠璃である。
肩にかかった三つ編みのポニーテールに色白の肌、少し垂れ目で黄金比とも言えるほどの整った顔立ち。周りの人達から見ても男女問わず、目を奪われるほどだ。
内面も完璧と言っていいほどで、いつもふわふわして中身がない様子なのにしっかりしていて、仕事は完璧にこなし、料理も上手く家庭的で、悪いところを見つけるほうが難しい。
「え?」
俺は後ろを振り返って、設定していたのになぜかならなかった目覚まし時計を確認してみると針はどちらも8のところに重なっていた。
「あ!やばい!」
「やっと起きた〜いつもより遅いからどうしたのかと思って来たのだけど」
「…いつも来てるじゃん」
玠翔のツッコミに母は「あれ?そうだっけ?」としらばっくれるが、いつものことなので気にはしない。
それよりも玠翔はなぜ起きられなかったのかに疑問を抱いた。
この家庭では基本、平日は7時、休日は8時に起きることになっている。特に意味はない。でもそれが日常化していたので、俺はいつも目覚まし時計で起きるのだが、今日は鳴らなかった。おそらくそれが原因で間違いない。鳴らなかった原因は気になるが確認のしようがないので諦める。
ベッドから降り、洗面所に向かい顔を洗う。その後、食卓にまで直行する。
食卓にはすでに朝食が並べてある。席にはすでに父が座ってパソコン作業をしていた。
父の名は式上蒼生、文武ともに優秀で学生時代、空手や柔道、合気道なんかもやっていたらしい。それだけでなく勉強の方面でも主席で卒業したのだからすごいと言わざるを得ない。
母と違い、目は鋭く、シュッとした顔立ちで、とてもクールな印象を与えている。しかし中身はすごく優しく親切で、凛々しい姿もあるという外見の印象とは違った内面を持っている。
「お!起きたか、おはよう」
父は俺に気づくとすぐにパソコンを閉じ挨拶する。多分、俺が来るのを待っていたのだろう。
これも家の決まりみたいなものだが、食卓では家族全員揃って食べる。子どもからしてみればだるいだの面倒くさいだの言われそうだが、俺はそうは思わない。
俺自身、家族はこの世の何よりも大切だし、食事も家族がいるからこそ楽しいし美味しい。
玠翔は席に座るといただきますの合図と共に食事を開始した。
食べ終わると俺は自室に戻り着替えようとする。
すると、自室に戻った途端、まるで俺を待っていたかのように大きな音が部屋全体に響いた。響いた音は玠翔の耳にもうるさく伝わり、あまりの突然さに少し体が浮き上がるほど驚きを隠せなかった。
幸いと家全体には伝わらなかったため親が気付くことはなかった。
(気づかれると飛んで来るのでそれはそれで困るのだが…)
何事かと思い、音源の方向を向くとそこには壊れていた…と思っていた目覚まし時計があった。時計は壊れてなどいなくてしっかりと目覚ましとしての機能を果たしていたらしい。
どうやら俺は時間の設定を誤ったらしい。新品で昨日夜に設定したばかりなのでその時だろう。
俺は急いでアラームを止め、正しい時間に設定し直す。
その後、服を着替えて外出の準備をする。
その途中、俺はあるものに目が止まった。ブレスレットだ。一瞬、つけようか悩んだが、もうそれは貴重品にも常備品にもなっているので、すぐさま迷いを払い、それを腕につける。
支度を済ませて部屋を出るとすでに準備を終えた両親が待っていた。
「かいちゃん〜またそれ持っていくの〜?無くしたりしたらいけないから置いていけばいいのに〜そんなに気に入ったの〜?そのブレスレット〜」
そう。これは今年の誕生日にもらったブレスレット。
元々俺はそこまで物欲がないのであまり強請ったことはなかった。
だからよく親が困っていたけれど、6歳になってサプライズとしてこのブレスレットをくれた。
どこで買ったのかどうやって手に入れたのかは全く分からない。もちろん装飾品に全く興味などない。
でもなぜかとてもうれしかった。以来、肌身離さずいつも持ち歩いている。
「うん!ずっと付けてるから大丈夫だよ」
そういうと母はこれ以上何も言わなかった。ただ父から「無くさないようにな」と言われただけで終わった。
「うわぁ!!すごい広い!」
いつも行くスーパーなどとは比べ物にならないくらい広い廊下、さまざまな店、高い天井、その広大さに俺こと式上玠翔は興奮と感動を露わにしていた。
「すごいね〜いっぱい店があるよ〜どこ行きたい〜?」
「ん〜、いろいろ見てまわりたい!」
「そうか、なら見てまわりながら買っていこうか」
「そうね〜時間もあるし、いいかもしれないわね〜」
両手を母と父とで繋ぎ店内を見てまわる式上家。昼になるまで気の済むまで周り楽しんだ。
昼になり玠翔たちは昼食を取ろうとフードコートに向かっていた。
その途中、ふと下の階に黒いフードを被り顔を隠している男が目に入った。見るからに怪しい。
男は何かを探すようにもしくは確認をするかのように辺りをキョロキョロしている。
俺はどうしてもその人のことが気になった。なんでかと言われればわからないと答えるしかないが…。
フードがあって体格は分からないが目立った持ち物はないことはわかる。
なんなのだろう。どうしてこんなに違和感を感じる?フードを被ってる人なんてそこら辺にいる。見た目だけが怪しいなんて珍しくもない。
ただその男だけは他とは違うと思った。
やがて男はその場から去って行ったがやはり気になる。
俺はその時の記憶がどうしても忘れられなかった。その記憶は今を楽しんでいる俺にとって不快で邪魔なものでしかないのに…。
俺はこの時その疑心、不安感が危機察知であることをまだ知らなかった。
式上一家は昼食を済ませ再び買い物を始めた。
しかし玠翔は午前の時より元気はない。手は繋いだままだが、顔は下を向き考え込んでいる。
「かいちゃん〜どうかしたの〜?」
「えっ?あ、うん…」
ここで一瞬話すかどうか躊躇った。本当のことを話して、この楽しい時間が壊してしまうのが申し訳なかったからである。
「やっぱりいいや、大丈夫!」
「…そう〜?困ったことがあったら抱えなくていいからね〜」
感が鋭い。やはり母であるからだろうか?選択肢に疲れているというのもあったはずだ。
「うん!ありがとう!」
でもやはり玠翔はどうしてもあの男のことを忘れられなかった。だから昼からのことはあまり覚えていない。
結局、気付けば夕方にまでなっていた。
そろそろ帰ろうかと父がいい、歩いて来た廊下を戻る。
しばらく歩いてそろそろ出口が見えそうなところまで戻って来た時だった。
ドンッ!
とても鈍い音だった。聴き心地最悪な音だった。あんな音、人生の一度も聞きたくなかった。
……銃声だ。
でもどこから…?
そう思い、振り返ろうと父の方を見た時だった。
父の腹から赤い色が滲み出していた。なにかをこぼしたわけでもないのにその色はだんだん滲んでいく。
ゆっくりとじんわりと広がる赤。
俺は一瞬何があったか分からなかった。これがなんなのか分からなかった。
……いや、違う。
分かりたくなかったんだ。認めたくなかったんだ。今起こっていることを…、今見ている現実を…。
………血だ。
「えっ!?」
驚くしかなかった。これ以上言葉が出ない。
父はというと…撃たれた場所を手で押さえて苦しんでいる。顔も徐々に青ざめて来ている。ついに立ってもいられなくなり膝を突いて倒れ、玠翔からも手を離す。
「「パパ!」」
二人も父を心配し、しゃがみ込み容態を見る。とても苦しそうだ。
俺はすぐに誰かに助けを呼んで貰おうとして周りを見る。
しかし、銃声のせいかほとんどがパニックになっていてとても助けを呼べる状況じゃない。
みんな逃げようと出口に向かって走り、大渋滞が起こっている。
だが俺は見た。そんな状況の中平然としている集団を…。
そんな奴は騒動を起こした張本人に他ない。
しかもその集団は全く知らないと言うわけではなかった。
見たことがある。そのときは集団ではなかったが、服装からして疑う余地はないだろう。
……あいつらは…昼に見た黒いフードを被った男の仲間だ!
はじめまして
小説作りは初めてで、まだ初心者なものですから色々思うところはあると思います。すいません。
一番思うところはやはり長いというところでしょうか?一文一文が長かったりするかもしれません。
誤字脱字があれば、気兼ねなく言ってくださって構いません。
これから連載していきますので今後ともよろしくお願いします。