今までのは、魔法というわけではなかった。
「で、イス坊の主属性って結局何なんだ?」
「先ほどは緑だけだったんだから、風であるのは間違いないのでは?」
「ふぅん……じゃあ、あの赤色は何だったんだろうな」
ダンさんとレイさんは不思議そうな顔をしながらも、色を失った石板を覗き込んでいた。
「分からないわ……主属性が二つ?そんなこと前代未聞よ」
「えぇと……精霊の加護のおかげですね!?」
「マーサ…仮にもギルドにいたあなたなら見たこともあるでしょう。今まで精霊の加護を持っていると言われた人の測定も今まで何度も行ってきたわ。それでも一度たりとも、二色以上の色が灯ることなんてなかったわ……魔道具……壊しちゃったかしら……」
困惑するアメリアの様子をお母さんが心配そうにしていた。
『イストちゃんはわかってるよね?』
ミラねぇが意地の悪い笑みでこちらを覗き込んでくる。僕は『だいたいね』と心の中で返答をしながら頷いてみせた。
最初の変化通り、僕の主属性は風だ。
ただ、そこにミラねぇが魔力を流し込んだせいで、二色になってしまった。
ミラねぇの前世の主属性は火だったらしいので、生まれ変わっても主属性が変わることはなかったのだろう。それで緑と赤が混じるような形になってしまったのだ。
でも僕が手を離したらミラねぇがかざし続けていても色を失ってしまった。それはいったいなぜだったのだろう。
『その原因もだいたい分かったよ。今まで私が魔力を感じながらも魔法を使えなかった理由もね。説明はまたあとで、久しぶりの授業の時にするわ。今日から忙しくなるわよ!』
ミラねぇとしても魔力を扱うことができても魔法を使うことができないことにもどかしさを感じていたのだろう。ミラねぇはとても楽しそうにそう答えてくれた。
これでしばらくはミーアばかりでなく僕にも構ってくれるだろう。
いや、重て言うけど寂しかったわけではない。寂しかったわけではないのだ。
その後もう一度調べてみようと言うことになり、再度測定器に手をかざした。今度はミラねぇの介入もなかったので、緑以外の色が出ることはなかったため、正式に僕の主属性は風だ、と言うことで話がついた。
魔道具が壊れたわけではないと分かったアメリアさんは心底安心したような顔をしていた。
測定が一通り終わったタイミングでお父さんが帰ってきたため、アメリアさんはお父さんとの用事を済ませるためにお母さんと行ってしまった。
「よし。じゃあ、森行くか。」
「お弁当あるってよ!いつものとこでお昼にしよう」
「そうね。前は負けたけど、今日は勝つわよ」
「今日はダンさんにだって勝ってみせるよ!」
「おっ、言ったな。あと10年早いって事を教えてヤンよ」
『頑張ってイストちゃん!今日はおねーちゃんが勝たせてあげるわ!!』
お父さんから森に行く許可が出たのは、稽古が始まって1年が過ぎたころだった。
ただし、条件としてダンさん達の同行が必須だった。
ダンさん達はこの前から、2ヶ月に一度の頻度で森の調査の為に村を訪れていた。念のための調査で、半分は休暇ついでに僕に会いに来ているのだという。
森への同行に関しては僕と一緒だと成果がいいからと喜んで承諾してくれた。
どうやら前狩ったツリーバードの素材が結構いい値段で売れたらしい。そのため森に行く時ツリーバードの反応があったら真っ先に教えるよう言われていた。
今から僕ら三人が行おうとしているのは、休憩地点までの競争である。
最初は一人で森に行こうとして、村を出た途端、ダンさん達から逃げるように走り出したのがきっかけだった。
身体強化も全開にすれば追い付かないだろうと思っていたのだが、気付いたら「なんだぁ?かけっこか。負けねぇぞ!」とダンさんが並走してその後に追い越されたのが始まりである。
最近はレイさんも加わり、前に休憩をとった泉まで競争をするところから、森の探索は始まるのだ。
スタート地点は村の入り口。
家を出た僕らはそこまで歩いて向かうことになった。
競走中、かなりの速度で走り抜けるので、3人で家からスタートしてしまうと道中の村民にぶつかってしまう心配もある。そのため安全の為にもスタート地点は村の入口からにしようということになっていた。
道中。ミラねぇによる授業が始まった。
『さて、それでは授業を始めます!時間はないから手短にだけどね!』
こちらを向いたミラねぇは眼鏡をかけており、髪は上にまとめポニーテールになっていた。
服装も何やら偉大な人が来ていそうなローブを纏っている。
ミラねぇが魔力を扱えるようになってから、こうして服装などを変えること出来るようになっていた。
その場その場の気分によって着替えるらしい。ミーアの面倒を見るときは、フリフリの可愛らしい服を着ていた。
ミラねぇ自身も楽しそうだし、色々な姿のミラねぇはとても可愛かったので他の服を見るのも楽しみであった。
『まずは属性ごとの特徴を説明しておきましょう。4属性に関しては少し前に話したと思うけど、それぞれ使う魔法に特徴があるの。今回はそれぞれの属性の特徴を簡単にだけど説明するわね』
『風が僕、火がミラねぇの主属性だったね』
すぐ傍にダンさん達がいるので、やり取りは念話にて行う。念話と言っても、僕の返答を心の中で思いながらぶつけるだけだ。
『そうね。まずはイストちゃんの風の主属性。特徴としては、攻撃では範囲や速度に優れているわ。あとは、結界魔法に優れた属性よ。その代わり、魔法の威力があまり高くないのが欠点ってところかな』
結界魔法は、相手を閉じ込めたり、自分の周りに結界を張り、防御に回したりするような魔法らしい。魔法障壁の上位のようなものだろうか。
『続いて私の火属性。特徴としては火力特化の一対一に優れた属性ね。それ以外には付与魔法に優れているの。欠点は、火の性質上近接での密集した戦闘に向かないことと、周囲の配慮が必要になるわ。今から行く森じゃ、火の魔法なんて使ったら大変でしょ?』
付与魔法は、道具に様々な効果を与えたりするような魔法だそうだ。道具さえそろっていれば、さっき使った魔力測定器のようなものも作ることができるらしい。
『水属性は治癒魔法に優れているの。それ以外にも風と同じく結界魔法も優れているものが多いわね。ちょっと毛色は違うけどね。その代わり、攻撃魔法があまり得意ではないっていうのが欠点かな』
水属性の結界魔法は、相手を閉じ込めたりする妨害に特化した結界魔法だそうだ。使い方次第では攻撃魔法なんかよりよっぽど強力なんだそうだ。
『最後に土属性。土属性は、攻撃よりも防御に割り振ったものが多いのが特徴ね。創造系の魔法を得意としていて、それらを使って上手く戦う人が多いかな』
創造系の魔法では、壁などを作ったり、魔法で作った装甲を身に纏ったりして戦うそうだ。ゴーレムという土で出来た従者を呼び出して戦わせる。なんてことも出来るらしい。
『主属性が二つあるってことはないの?』
『基本的にはないわ。私たちみたいなことがない限りね。主属性はその人の魂に刻まれていると言われているの。転生しても私の主属性は変わらなかったわけだし、その説はあながち間違いではないのかもしれないね』
生まれ変わる前のミラねぇと、今僕の目の前にいるミラねぇで変わらない部分は魂くらいなものである。
実は、今目の前にいるミラねぇの姿は生まれ変わる前のものとは全く違うらしい。
生前はどんな姿だったのか聞いたことがあるのだが、詳しくは教えてくれなかった。
ただ、昔の髪の色は今のような黒ではなかったというし、胸も身長ももっとあったそうだ。
『あの時は僕だけじゃなくて、ミラねぇも魔力を通したからああなったってことであってるんだよね?』
『そう、私の魔力をイストちゃんを通して流したの。あの後イストちゃんが手を離した後も魔力を流すことを試みたけど、そもそもガラス玉に魔力を流す事自体ができなかったわ。でもそれで分かったの。』
『何が分かったの?』
『今の私の体では、魔力の固定ができないのよ。だから私単体では魔法は使えない。』
なんでも、ミラねぇは今のままでも探知魔法を使うことはできるらしい。
先ほど迎えに来たのも、家の方にダンさん達と向かってきているのを確認したからだと言う。
『え、なら魔法が使えないわけではないじゃん』
『実はね。今まで教えた探知・身体強化・魔法障壁。これらは全て魔法というわけではないの。あくまで魔法を使うための基礎である、展開・流動・固定を練習するための訓練法に過ぎないのよ。魔法というものは、展開した魔法式に魔力を流動させ、その結果を固定することで発動する現象の事を言うの。そういう意味では私は展開、あとは流動もできる。この服も流動の応用みたいなものなのよ?』
ミラねぇはローブをはためかせくるくる回って見せた。
『でもね。魔法障壁だけは出せなかったの。最初はイストちゃんが知らないことがあるからまだできないだけなんだって思い込んでいたけど、実は違ったのよ!』
そうミラねぇが言ったところで村の入口についた。
僕達は村の入口に3人で並び、恒例の合図となっているダンさんのコイン投げを待った。
銅貨を指で弾き、その銅貨が地面につくと同時にスタートだ。
『ヒントは私たちの体が一心同体というところにあったわ。基本的に魔法を使う3ステップっていうのは蛇口から水を出すようなものなのよ。そのための練習を今まで行ったわ。』
ミラねぇはまだ説明を続けている。内容は気になるものの、そろそろ勝負が始まる。
『魔力総量というものは魔力という水を入れるための器のようなものよ。最初は探知。「展開」を行い続けることで、器の大きさ自体を増やしていったわ。』
「じゃぁ行くぜ?準備はいいな?」とダンさんがコインを片手に構えた。
『次に、水を通すための道を作るために「流動」。身体強化の練習をしたわ。どう魔力を流していくのが効果があるのか。効率的なのかを自分自身で知るための練習ね』
ピィン!という音を立ててコインが弾かれ、宙へと舞った。
『最後に、流れた水をコントロールするためのハンドルを蛇口につけるために「固定」、魔法障壁の練習をしたわ。一定の量で魔力を止めることができるように、圧縮した魔力を込めることができるようにしたのよ。これが魔力の基本。でも私はこれができなかった。』
コインは回転しながら地面へ落下していく。僕達3人はジッとその様子を見つめた。
『なぜできなかったか。その理由は一つ。私はそもそも蛇口を持ってなかったのよ。固定以前の問題ね。魔法は蛇口を通して魔力を実体とするもの。蛇口は実在するものでないといけないわ。ならば実体のない私の蛇口はいったいどこにあるのか!』
コインが地面に落下する。身体強化を行い、駆けだす直前。いつの間にか僕の後ろに回っていたミラねぇが言う。
『私はあなた。あなたは私。ならば私の蛇口はイストちゃん。あなたよ。蛇口がないなら、蛇口に線をつなげてあげればいいの。そうすれば、私だって自分の魔法が使えるようになるわ。こんな風にね』
《小爆発》
ミラねぇが僕の背を押すのと僕が最初の一歩を踏み込むのはほぼ同時だった。
踏み出した途端。僕の足元から小さな爆発のようなものが起こり、土埃を巻き上げる。
突然起こった土埃にダンさんとレイさんが驚き、ひるんでいるうちに、僕は既に随分な距離を移動していた。
ミラねぇ………勝たせてあげるってそういう………