属性を特定しよう
お父さんやミラねぇに色々と教えて貰うようになってから2年が過ぎた。
『お疲れ様。どうする?もう1周行っとく?』
「えぇ……探知込みでもう3周も走ったよ……」
もはや日課になった走り込みを終え、スタート地点である村の入口で一息ついていた。
身体強化もだいぶ物にでき、最初は4時間かけて1周をしていたのに対して、今は1時間で1周出来るようになっていた。その上探知魔法の同時発動も行っている。
探知魔法の範囲も、頑張れば村全体を探知することもできる。今も村の街道沿いにこちらに向かっているダンさん達の反応が確認できた。到着まで30分くらいだろうか。
『じゃあ、私ミーアちゃんに会いに行くから!真っ直ぐ帰ってくるのよ!』
「ミラねぇも!今日は昼からダンさん達と森に行くからね!」
『はーい!分かってます!』
こちらを振り返り手をあげたまま、ミラねぇは家の方へと飛んでいってしまった。
身体強化の練習を始めてから、ミラねぇは魔力を扱えるようになったらしい。
らしいというのは、特にそれで魔法が使えるようになったという訳ではなく、ミラねぇが体内の魔力の流れを感じ取れるようになっただけ。とのことで、実際にミラねぇが魔法を使うところを見たわけではないのだ。
ミラねぇもまだこの体での魔力の扱いに関しては、色々と確認したい。と言っていたのでミラねぇの続報待ちである。
他には、僕の探知魔法の範囲が広がったので、動ける範囲が広がった。僕が村の入口にいて、ミラねぇが家に向かうなんて2年前にはできなかったことだ。
ミラねぇは今、妹のミーアに会いに行っている。
ミーアは1年半程前に生まれた。黒い髪と可愛らしい顔がとてもキュートで、とても可愛い。とにかく可愛いのだ。ミラねぇが僕をかわいがる時もこんな気持ちだったのだろう。
勿論ミラねぇもミーアの事を溺愛している。ここのところ暇があればミーアのところでだらしのない笑顔を浮かべていた。
ミラねぇは『ち、違うの!違うのよイストちゃん!ほら、お母さんにも頼まれたじゃない!』と言い訳をしていたが、あれは絶対自分がやりたいだけだし、頼まれたのはそんなことじゃないだろう。
ミラねぇの言うお母さんに頼まれたというのも嘘ではない。ミーアが生まれる前お母さんが僕に妖精はまだ見えるのかどうか訪ねたのだ。
まだ見えるよと伝えたところ「そう、よかったわ。もし妖精さんが良ければ、生まれてくる妹の事もよろしく伝えておいてくれる?」と言われたのである。
その時のお母さんの表情は安心したような表情と、どこか寂しそうな表情をしていたのをよく覚えている。
そんなことを言われて、今のロリコン精霊の如く小さい子供大好きなミラねぇが黙っているわけがなかった。
むしろ最近は僕のことを放っておいてミーアに付きっきりになっているくらいである。
いや、別に少し寂しいとかそんなことを思ってはない。そう。そんなことはないのだ。
さて、ミラねぇには真っ直ぐ帰ってこいと言われたが、ダンさん達ももうすぐ来るのでここで新しい魔法の練習でもして待とう。
そう思うと僕は木剣を取り構えた。
魔力を練り上げ、目の前に壁を作るように固定していき、その固定した魔力に当てるように構えた木剣を真っ直ぐに軽く振り下ろす。
振り下ろした刀身はその魔力に遮られ、その身を跳ね上げる。
跳ね上げた威力を利用するように木剣を振り下ろし、少しずつ力を上げていく。
それを何度か繰り返し、7割くらいの力で振り下ろした時、パリンッという音と共に木剣は跳ね上げられることなくその身を振り切った。
そして僕は再度魔力を先ほどよりも頑丈になるように魔力を練り、同じように剣を振り下ろしていく。
今僕が練習しているのは魔力障壁という魔法で、魔力を壁のように固め、相手からの干渉を防ぐというものだった。
ミラねぇ曰く生き残るための三大初歩魔法のその三。最後の魔法である。
ミラねぇが言うにはこの3つで魔法の基礎が完成するとのことである。
魔法の基礎は大きく分けて「展開」「流動」「固定」の三つの仕組みから生み出されるもので、それぞれを養うために「探知魔法」「身体強化」「魔法障壁」を初歩として練習するのが効率がいいのだそうだ。
さらに生き残るためには「危険を感じ取り」「危険から逃げ」「危険から身を守る」この三つが必要というのも初歩としての一因を担っているらしい。
魔法障壁は離れたところに展開することもできるそうだが、展開すること自体は探知魔法で十分だということで、今は固定することを重きにおいた練習をしている。
固定した障壁を自らで砕き、それよりも頑丈な障壁を造りまた砕く。
この魔法を教えて貰ったのがだいたい半年前で、ミラねぇもそろそろ次の段階には進みたいと言っていたが、その為にはある道具が必要なのだそうだ。
そのための道具をレイさんに頼んでおいたのだが、今日持ってきてくれてるといいなぁ。
「おう、イス坊。相変わらず変な素振りの仕方をしてるな」
「いらっしゃい、ダンさん。そんなに変だったかな……?」
「そりゃ、剣を振り切る直前に跳ね上げるように振り上げるんだ。十分変だろうに」
確かに。障壁に弾かれている結果の動作なのだが、周りからみたらそう見えちゃうのか。
「こんにちは、イスト君。約束のもの、なんとか準備できたよ。まずはこれね」
「こんにちは、レイさん。ありがとう!すっごく待ってたよ!」
レイさんから受け取ったのは魔法教本だった。
剣士として活躍していたお父さんや、ギルドの職員であったお母さんは格別魔法について詳しい訳ではなく、魔法を覚えるための本などが家に置いてはなかったのだ。
これ以上の魔法の段階に進むのに、流石に教科書のようなものもなしでは流石に怪しまれるのではないかとミラねぇが言ったのだ。
今更では?と思ったが、確かに今まで魔法に関して周りから追及されることはなかったし、ミラねぇとしても何か思うところがあったのだろう。それに教本はあくまで周りの目を気にしてのもので、次の段階に進めないのは、この本がないからというわけではなかった。
「あなたがマーサとゲルトさんの息子さんね。こんにちは。私はアメリア。ダン達の所属している町の副ギルド長をしているわ」
アメリアと名乗る女性はニコリと微笑んだ。副ギルド長ということはお母さんの上司だった人なのだろうか。
「イス坊に頼まれてたもう一つのものは流石に一介の冒険者では持ち出せなくてな。何とかギルドの管理下であれば大丈夫ってことで一緒に来てもらったんだ。丁度副ギルド長がゲルトさんに話があるってことだったしな」
「お父さんに……?」
「まぁ、一番の目的はあの二人の子供である、あなた達に会いに来たんですけどねっ」
そういってアメリアは僕に向かってウインクしてみせた。
家に着き、アメリアさんを見るなりお母さんは嬉しそうに駆け寄ってきた。腕にはミーアを抱いている。
お父さんは何処かに出掛けているようでいなかった。
ミラねぇとは家に帰る途中で合流した。真っ直ぐ帰ってこないから迎えに来たそうだ。
今は僕と一緒にレイさんの持ってきた魔法教本を読んでいる。
「アメリアさんっ!お久しぶりです!」
「久しぶりマーサ。元気そうでなによりだわ。あら?もう二人目まで……立派にお母さんしてるのねぇ」
「えへへ、自慢の子供たちですよ」
照れるような仕草でアメリアさんと話しているお母さんは、どこか幼さが見えた。
「それで、アメリアさんはどうしてここへ?ギルドの方は大丈夫なんですか?」
「仕事はここに来るまでに全部片づけてきたわ。ここに来たのは、あなたたちの顔を見に来たついでに、ギルドからゲルトさんへの用事と、レイからあなたの息子さんへの用事を済ませに来たのよ」
「ゲルトさんと……イストに用事?」
首を傾げるお母さんを見て、アメリアさんは僕の方を向くと、一枚の石板を取り出して見せた。
石板の中心には半円球のガラスがはめ込まれている。
「ゲルトさんへの用事は後で伝えるわ。本人も留守のようですしね。それで、イスト君への用事はこれ。魔力測定器、を使わせて欲しいそうよ。流石にダン達に貸し与えるわけには行かなくてね。ダンの話を聞いていて、私自身もイスト君の事気になってたし」
魔力測定器。これがなかった事が魔法が次の段階に進めない理由なのだという。
魔法には、火・水・風・土の4属性があり、人によって主属性というのがある。
その主属性の判別を行うのが魔力測定器という魔道具だそうだ。
主属性が分からなくても属性魔法を覚えることはできないのか。とミラねぇに聞いたのだが、結論としてできなくはないらしい。
ただ、どうにも主属性の判別ができないうちに他の属性魔法を覚えようとすると、効率が落ちる上に自由度が下がるらしい。
自由度に関しては、もう少し魔法を覚えたら教えてあげるねとのことだったが、とにかく主属性不明では次の段階には進められないとミラねぇに言われてしまっていたのだ。
ちなみにミラねぇの主属性は火だったらしい。
「さて、さっそく始めてしまいましょうか。イスト君。この石板の上に手をかざして」
机の上に置かれた石板に右手をかざす。その途端、魔力が中央にあるガラス玉へと吸い込まれているような感覚がした。しばらくかざしていると、ガラス玉が緑色に染まっていった。
「イスト君の主属性はどうやら風のようね」
石板を覗き込むアメリアさんが告げる。
どうやら魔力を吸い出し、その属性に対応した色にガラス玉が変わっていくようだ。
風か。どんな魔法が使えるようになるのだろう。ただ、ミラねぇと主属性が別になっちゃったな。ミラねぇは風属性の魔法も使えるんだろうか?
まだ手をかざした状態でこれからの事を考えていると、隣に立っていたミラねぇに声を掛けられる。
『イストちゃん。もうちょっとそのままでいてね』
そういうとミラねぇは僕の右手に自分の右手を重ねた。
更に魔力が吸われる感覚と共に、ガラス玉に変化が表れ始めた。
ガラス玉内の緑色を追いやるように下側から赤色に変わり始めたのだ。
色の変化は半分程浸食したところで止まり、上部が緑、下部が赤というような2色の色ではっきり分かれているような状態になっていた。
「なにっ……これ!こんなの見たことがない……」
変化を始めたガラス玉を見て、アメリアさんが驚きの声を上げる。
お母さんも同じく驚きの表情をしていたが、その顔はどこか嬉しそうで、何か期待をするような顔をしていた。
手を離すとガラス玉は無色透明へと戻っていった。ミラねぇは石板へと右手をかざし続けていたが、ガラス玉は再度色を灯すことはなかった。ミラねぇは『なるほどねっ』と納得したような顔をしていた。