自分の身を守るために
お父さんにこれからもたまに森に行きたい。と言ったところ「それなら自分の身くらい自分で守れるようにならなんとな」と剣の稽古をつけてくれるようになった。
ミラねぇも『剣の稽古とも丁度いいし、前回の森で探知に関して教えることはだいたい終わったから、そろそろ次の魔法の練習も始めましょう。次からは本格的にいくわよ!』と新しい魔法を教えてくれるという。
ミラねぇとの魔法の練習も欠かす事ができない為、剣の稽古をは昼から行う事にして貰った。
僕ができることが増えればミラねぇのできることも増えるのだ。朝は魔法の練習、昼は剣の稽古とハードな1日が続いくことになるが、中々充実した日々が続いていくことになるだろう。
探知の魔法を覚えた際にはミラねぇが僕に触れることができるようになったり、行動範囲が広がった。
この調子で出来ることが増えていけばミラねぇが僕以外の人と話すことができるようになるのもそう遠くはないはずだ。
それにしても新しい魔法が剣の稽古と丁度いいというのはどういう事だろう?
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『はい!魔力が乱れてるよー!ファイッオー!ファイッオー!』
今、僕は村の外壁に沿って村の中を走っている。すぐそばではミラねぇが僕の走りに付き添うようにふわふわと浮いていた。
時刻は午前。ミラねぇと魔法の練習の時間である。
それなのに僕は今走っている。しかも魔力を常時展開しながらの平行作業である。
身体強化魔法
今、僕が練習している魔法だ。ミラねぇ曰く生き抜くための三大初歩魔法その二である。
周囲に魔力を展開する探知魔法とは違い、身体強化魔法は自分の体内に魔力を巡らせていく魔法である。
今僕が行っているのは、全身魔力をまとわせ浸透させていく方法で、全体的な身体能力を上げるこの魔法の基礎である。練習を重ねれば目に魔力を集めて視力を上げたり、耳に魔力を集めて聴力を上げるなんてこともできるようになるそうだ。
ただ全身にまとうだけでは特に苦労はなかったのだが『強化するだけじゃ意味ないじゃない!ほら!動いて動いて!』とミラねぇに追われるように走り続ける羽目になった。
僕の住んでいる村は魔物の住んでいる森に接している為、村民が働く畑や、農場、工場なども含めて外壁で囲っている。そのため住んでいる人数さえ増えれば街と呼んでも過言ではないほどの広さはあるのである。
その外壁を子供の脚で一周しようとすれば半日はかかるだろう。勿論一息もつかず、全力で走り抜ければの話だが。
それを時折休憩をはさみながらでも4時間ほどで可能にしてしまうのだから強化魔法ってすごいんだなと身をもって感じることができた。
『はい!お疲れ様。この調子なら来週辺りには2周まで増やしても大丈夫そうだね』
「はぁ…はぁ…。2周って………そんなことしたら1日が終わっちゃうよ……」
『体力が持たないって言わない辺り大丈夫よ。それに朝の時間のうちに3周もできないようじゃこの先生き残れないわ!』
「ミラねぇって一体何と戦う想定でいるの………?」
確かに、身体強化のおかげで負荷が少ないのか、思った以上に疲れはなかった。もう一周と言われてもその距離を走ることだけなら行う事は出来そうだった。
『さぁ!そろそろ体もあったまったでしょう。お昼を食べたら次の訓練よ!』
「次って?」
身体強化の練習は走り込みだけでは終わらず、ここまでは魔法の感覚の慣らしのようなものらしい。
しかし、昼からは剣の稽古がある。ミラねぇの時間は終わりのはずだけど・・・・
『昼からの稽古。常に身体強化はかけたまま行うのよ。』
えぇ……これじゃ朝と昼で分けるまでもなく一日中ミラねぇの時間じゃないか。
ずるいなこれは。
昼食を家族でとったのち、お父さんと家先の庭にやってきた。
「ほれ、お前がこれから使うものだ」
お父さんが渡したのは木剣だった。サイズとしてはダンさんの持っているもののと同じくらいだろうか。
実際に少し重みを感じるものの、ミラねぇの言いつけ通り身体強化をかけ続けてる僕にとっては問題なく持てる程度のものだった
「重さ自体は実際のものと同じになるように依頼して作っておいた。最初は振りづらいだろうが、朝から体造りをしっかり行っているイストならすぐになれるだろう。」
お父さんは、魔力を馴染ませるための走り込みを、稽古の為の基礎体力向上のものと勘違い……ミラねぇのさっきの発言からしてあまり間違ってないのかな?してとてもやる気になっているようだ。
「さてイスト。これから自分の身を守るための術をお前に授けるのだが、剣を握り、振るうお前にこれだけは守ってもらうことがある」
「守ってもらうこと?」
「そうだ。今はまだわからないと思うが剣を握るとき、このことだけは思い出してほしい」
父が語った教えとは「剣を振るい、刃を相手に食い込ませたのなら、ためらわず振り切ること。半端に止めることは決してするな。そして何かの理由で振り切れぬのなら、剣を手放して距離を取れ。」ということだった。
剣を生業にするものにとって、一番犯してはならない失態というのは剣を振り切れないことだという。
己が断ち切れるかどうかを見極めることもできず、剣を中途半端に食い込ませてしまうことは敵に組み付かれていることと同義とされ、最も危険に身をさらす行為だというのだ。
特にパーティを組むことの多い冒険者にこそ当てはまるもので、味方と魔物が近くにいすぎてしまうと弓などで援護を行う事もできないし、相手が複数の場合は袋叩きにされるということもある。
「自分自身を。まだ見ぬ仲間の身を守るため。これだけは忘れないように」
「仲間?僕にも仲間ができるのかな?」
「できるさ。お前はいい冒険者になれるよ。俺が保証する」
お父さんは口の端をニッと上げながら僕に言う。僕の後ろではミラねぇが腕を組み、うなずきながら『おねーちゃんが選りすぐりの人を選んであげるからね』と感慨深げに言っていた。
「さて、稽古を始めるか。とはいっても最初は型に沿った素振りからだ。渡した剣に慣れてもらわないといけないしな」
お父さんに言われた型で剣を振り始める。やはり多少の重さは感じるものの、身体強化のおかげで身体的にはそこまで苦ではない。
やはりきついのは魔力の維持だった。剣を振るのに力を込めすぎると魔力を多く使いすぎてしまうし、逆に極力魔力を弱めようとすると、剣の重さに引かれて型が崩れてしまう。
一通りの型を教えて貰った後、夕食の時間になったので引き上げることにした。
家に戻りながらお父さんは「精霊の加護……か、なかなかこれはどうして」と苦笑していたが、森に行った時ぶりに一日中動き回った僕はその言葉はよく聞こえていなかった。
ただ、ミラだけはどこか自慢げな無邪気な笑みでゲルトの事を見つめていた。
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生まれて初めて持った木剣をぎこちないながらも真っ直ぐに振り下ろすイストを冷静に見ながら、ゲルトは内心驚愕していた。
(木剣とは言え重さは本物と同じだぞ。子供が持ち上げ、振れるようなものじゃないだろうっ……)
ゲルトの考えでは、まずは本物の剣と同じ重さの木剣を渡し、持ち上げることにすら苦労している所に軽い素材の木剣を渡し、この剣を持てるくらい強くなれと筋力や基礎体力を鍛えるところから始めるつもりだった。それが苦しそうな顔をせず構え、振るうところまで見せられてしまったのである。
(この小さな体にどれほどの力が……)
以前ダンの言っていた精霊の加護。あの時は身に迫る危険をイストへと妖精が伝えているから、あんなに魔物の居場所が分かっていたのではないかと思っていたのだが、認識を改める必要があるのかも知れない。
先ほどは俺が保証するなど担架を切ってしまったが、果たして一番息子を育てているのは自分なのかそれとも息子にしか見えない妖精なのか。
「精霊の加護……か、なかなかこれはどうして」
苦笑を浮かべた先では、黒髪の少女のようなものが見えたような気がした。