に
「おばさん、ただいまー。今日もありがとうこざいましたー」
勝手知ったるおばさん家の扉を開けて中に入る。私はいつも学院の帰りに妹弟を迎えにおばさん家に寄っているの。
私の声を聞きつけた二人がパタパタと駆け寄って飛び付いてくる。
「お姉ちゃん、お帰りー」
「おかえりー」
「ただいま。いい子にしてた?」
などと定番となったやり取りを交わしていると奥から「よう」と聞き慣れた声がした。
「今帰りか。学院ってずい分長いんだな」
このおっさん臭い台詞で登場したのは、おばさんとこの三男で、私の幼馴染みでもあるテオだ。彼は私の一つ上で、普段は冒険者として働く傍ら、街の自警団にも所属している。
「あれ、なんか久しぶり。帰ってたんだ」
確か学院に入学する少し前から見かけてないから、二か月ちょいぶりかな。ちょっとまた大きくなってない?
「おかえり、アリサ。ちょっとお茶でも飲んで行きなよ。テオのお土産で美味しいお茶があるよ」
おばさん、優しいなぁ。ついつい甘えちゃう。
「じゃあ、ご馳走になろうかな。 でも、お茶は私に淹れさせて。おばさんは座っててくださいよ」
おばさんには日中チビ達がお世話かけてるもんね。私よりよほどお疲れのはず。
それにお茶淹れるの、好きだし。
そんな感じで皆でワイワイやっていると、テオがじーっと私を見ているのに気付く。
「何?」
「いや、あんま、変わんねーなと思ってさ」
?
「だって、学院って殆ど貴族とかばっかなんだろ? だからアリサもなんかもっと、こう…」
??
テオの言う事が分からなくて、私が頭にいっぱい?マークを浮かべていると、「あーっもう、やっぱもういいわ」とかなんとか言って、テオは頭をガシガシ掻きながら家を出て行ってしまった。奴は一体どうしたんだろう?
その夜、チビ達を寝かしつけ、仕事場の人達と飲みに出かけた父の帰りを待ちながら、母と食卓に向かい合って座っていた。母は裁縫道具を広げて妹達の服のほつれや取れた釦を縫っていた。私はホットレモネードを母と自分に淹れて、それを飲みながら明日の授業の予習をしていた。あ、ヴィクトル先生のレポートは帰宅して一番に仕上げたよ。
「アリサ、今日は学院で何か変わった事は無かった?」
母はいつもこうやって私に学院の話を聞いてくれる。きっと庶民の小娘が貴族様相手に粗相してないか気になるんだろうな。
実際はクラスが違うから殆ど接点はないのだけれどね。
そこでふと、昼間の学院での事を思い出す。
そういえば、ヴィクトル先生にまた髪の事言われたな。
「ねぇ、お母さん、私の髪の毛って、そんなに目立つ?」
「うん? 誰かに何か言われたの?」
「うーん、そんな訳じゃないけど、入学する前に染めたりした方が良かったかな」
すると母は縫い物をしていた手を休めて私をまじまじと見つめると、すっと掌を伸ばして私の髪を優しく撫でてこう言った。
「そんな事する必要ないわ。せっかく綺麗な髪なのに。母さん、アリサの髪の毛大好きよ。
それに髪の色を隠したって、アリサは何も変わらないわ。もし髪の事でとやかく言ってくる人がいたとしたら、アリサが髪の色を変えたところで、きっとまた何か違う事をアリサに言ってくるんじゃないかしら。」
成る程。然もありなん。
じゃあ、ヴィクトル先生の"切るな"発言の真意は何だろう?
綺麗な長い銀髪…切るのは勿体ない…
ひょっとして、売る?
え? 売れるの? 売れるのか、そうか。
いやいや、待て待て。
そういえば前世で読んだ本に、髪の毛に魔力が宿るとかいう話があったような。
もしや、先生は私の希少な光属性の魔力を狙ってる!?
やっぱり乙女の危機〜〜〜!!!
私が食卓に頭を突っ伏して手をバタつかせていると、母の指が私の髪を再び優しく梳いてくれた。
「どっちにしろ、アリサの髪が何色であろうと、そんな事テオはきっと気にしないと思うわ」
私はガバッと顔を上げて母を見ると、母はふふふと笑って腰を上げ、裁縫道具を仕舞い始めた。
…? テオがどうしたって?
◇◇◇◇◇
見つけた、見つけた!!
あれ、あの匂い。ずっと欲しくて、求めていたもの。 何処にあるのか、何処へ行けば出会えるのか分からずに、でも近いうちに見つかるような予感がしてた。
ここには同じ類いの匂いやモノが幾つかあったけれど、どれも決定的な何かが違った。
どう違うのか、はっきりとは分からなかったけれど、見つけてしまえば断言出来る。
全然違う!!! 天と地程も違う。自分が求めていたモノは、これだけなのだ。これ以外には要らない。必要ない。だから。誰が、どんな邪魔をしようとも。
絶対に手に入れてみせるーーー。
お読みいただきありがとうございました。