公爵家の御曹司
そこは王都にその名を轟かせる王立学院の、よく計算され丹精込めて作られた庭園の一角。
今そこに整った美貌に愁いの影を落とし、アイスブルーの瞳を伏せがちに独り小さくため息を吐く男子学生がいた。
彼のその佇まいは古の巨匠の描く一幅の神話の一場面のようで……。
「キャーーー! 今日も麗しいわ。アリステアさま!」
「本当に。あの影を帯びたご様子が、私の母性に訴えかけてくるわ…」
「それでいて生徒会の活動では他に追随を許さぬ凛々しいお姿で」
「「「キャーー!! 萌えるわぁーーー!」」」
「でも、アリステアさまの愁いも無理はないわ。王子様ばかりか、月の女神さまも薔薇の騎士さまもいらっしゃらなくなって、この学院もすっかり寂しくなってしまったわ」
「アリステアさまもお元気が失くなってしまわれたわねぇ」
「薔薇の騎士さまとの絡みが見れなくなって、私達の萌えがっ!」
「「「はぁぁ〜〜〜っ!!!」」」
庭園から程なく離れた茂みの陰、小声で大騒ぎしているのは自称"学院の至宝を見守り隊"その一、その二、その三の女子生徒達。そしてそんな彼女達の見守る話題の渦中の人物はこの学院の三年生にして生徒会長を務めるアリステア・デラ・ロエベ公爵子息。地位も財産も、その上その能力と外見も、何の文句の付けようのない四拍子揃った人物だった。
そんな彼が一人この様な所で何を憂えると云うのだろう?
「はぁ〜」
一人密やかに、この日何度目かの溜息を溢すと、アリステアは手元の木の枝からプチリと葉をちぎった。
アリステアの瞼裏には昨日の光景が目に浮かぶ。
昨日は半月ぶりの恋人との逢瀬だった。
恋人の名はナタリシア・レウエルデ・ハウゼン。"薔薇の騎士"とも呼ばれる子爵家の令嬢だ。
艶やかな赤茶の髪。女性にしては意志の強そうな柳眉。けれど形良く通った鼻筋とやや色気を感じさせる唇がそれを補って余りある。
すらりとしたしなやかな姿態に出る所は出て、括れる所は括れていて、其れなのに繰り出される剣技は並の男達を圧倒する。
そんな彼女は普段は穏やかなのに、剣の話になると夢中になって少女のように無邪気に燥ぐ。
一つ年上の彼の女神。
彼はこの日を本当に楽しみにしていた。今や彼女は騎士見習いとして騎士団勤めとなり、彼は学院の最高学年。学院に共に学び毎日のように会っていた時と違い、すれ違いの日々が続いていた。
漸くお互いに半月ぶりにまとまった時間がとれて、ゆっくり会えると思っていた。だから彼はこの日、ある計画を立てていた。
最近、彼の耳に聞こえてくるのは、騎士団でのとある噂。彼が以前から危惧していた通り、彼の恋人に横恋慕する不埒な輩が続出しているらしい。
さもありなん。彼の恋人、シアはあんなにも愛らしく魅力的で、そんな彼女を野獣の檻の中に放り込んだも同然なのだ。このままではいけない。
そこで彼は彼女と己の関係を公然と確定すべく、この日結婚申込みをするつもりだったのだ。花束こそ手にしてはいないが、胸元のポケットにはプレゼントの指輪もきちんと用意してあった。
なのに彼女は会って5分と経たずに彼に告げたのだ。
「さっきアリサと偶然会って、今から魔術師団の郊外訓練に一緒に連れて行って貰える事になったの。非公式で見学扱いだけど、アリサと一緒ならと参加が叶ったわ。そういう訳だから、リース、今日なんだけど…」
やや上目遣いに此方の様子を窺われて、アリステアはここで漢気を見せないわけにはいかなくなった。ただでさえ一つ年下なのだ。ここで追い縋る訳にもいかない。寛容で懐の深いところを見せなければ!
小さく「ごめんね」と繰り返す彼女を臍を噛む思いで見送り、心の中では手巾を噛む。アリサ・ターナーめ、卒業してからもシアとの間を邪魔するとは!
アリサ・ターナー
思い出したその名に苦いものを感じてまた一枚、葉を引き千切る。
ブチリッ。
入学当初、一つ年上の銀髪の美少女にときめかなかった訳ではない。美少女な上に、希少な光属性の魔力持ちときた。公爵家の方からもそれとなく圧を感じていた。そうは言っても相手は平民だ。なんなら卒業後に愛妾としてもいいような話ぶりだった。いや、15才の男子にそこ迄露骨に言ってはこなかったが。
しかし彼は出会ってしまった、彼の女神に。その後彼にとっては夢のような蜜月が数ヶ月続いた。それなのに、あの、アリサ・ターナーの出現で!
彼が二年生、彼女達が三年生の時の球技試合。あの日以降、彼の女神の眼中には彼だけではなくなった。二言目には彼女の云う所の"ミスリルの騎士""月より舞い降りた銀の戦士"であるアリサ・ターナーが、二人の間に立ちはだかるようになってしまったのだ。
おのれ、アリサ・ターナー! 消し炭にしてくれるわ!!
そうは思うものの、相手は今や王宮の魔術師団に勤め、迂闊に手の出せる相手では無くなってしまった。…それよりも、その背後にチラ見える黒髪眼鏡の人物を思い浮かべれば、そんな気も失せてしまうが。
「「「「はぁ〜〜〜〜っ」」」」
庭園の一角から一つ、程なく離れた茂みから三つ、溜息の止む事のない学院の長閑な午後のひと時であった。
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