幼馴染みの又従妹
時系列では、アリサの卒業式三日前です。
冒険者ギルドの開け放された入り口を潜り事務所内に入ると、仕事にあぶれたらしく昼間だというのに数人分の人影があった。
その内の2、3人が眺める掲示板前へと自分も向かう。貼り出された依頼書の内、興味のある物に手を伸ばしペラペラと紙を捲ってみる。うーん、今一つかな。
自警団にも席を置く俺は冒険者稼業だけが食い扶持じゃないから、これまでも割と好きに仕事を選んできた。今回も大体の希望は決めてあるが、ざっと見ても目当ての依頼は無いようだ。
「なんだ、テオじゃないか。調子はどうだ?」
顔見知りの冒険者が声をかけてきた。
「まあまあ、かな」
「仕事、探しにきたのか?冒険者に戻るのか」
「別に辞めてねーよ、冒険者」
そう応えながらも指先は2、3枚の紙を捲る。
「なんかいい仕事あったか」
そんな俺の様子を伺うように、相手は話しを続けてくる。
「うーん…」
言葉を濁す俺を見て察したのだろう、親指を立てて後ろを指すとやや声のトーンを落として話し出した。
「無けりゃ係の方へ探ってみろ。一般へ公開する前に少しの間預かってる案件なんかがある筈だぞ」
へーえ、そりゃいい事を聞いた。確かに掲示板には無い依頼なんかもあるとは話に聞いていたが、そういう事か。きっと条件が厳しかったり何か理由があって依頼先が限定されていたが断られた案件なんかが掲示板に下りてくるって仕組みだろう。
俺は軽く頷いて礼を言うと、係のいるカウンターへと向かった。
ギルドでの用を終えると、俺は一旦家に帰る事にした。今日の自警団は夜番になっているから、それまでに飯と少し休憩でもとっておくとするか。
帰宅すると母親が一人でいた。少し前までは近所に住む幼い又従妹弟達を預かっていたが、彼らも大きくなり最近では昼間の2、3時間やってくるだけになった。
「母さん、ちょっと寝てくるわ。起きたら晩飯よろしくー」
母親にそう声をかけて部屋に入りベッドに転がった。
眠りに就こうと目を瞑るとここ最近俺の頭を悩ます一人の女の子の面影が瞼に浮かび上がる。アリサ・ターナー。近所に住む一つ年下の又従妹。幼い頃から気が付けばいつも一緒だった。自分には二人の兄がいるけれど、俺抜きで上の二人はつるむ事が多かった。アリサも妹達とは年が離れている為長らく一人っ子だったから、自然と俺とアリサはセットでいるようになった。
目立つ銀髪を持つ美少女な又従妹はそれだけでも厄介だというのに、貴重な光属性の魔力を持っている。その為彼女が幼い頃から俺たち一家は勿論の事、近所総出でおばさん一家を庇護している。自警団の本部も近所の金物屋の物置を借りて改装し引っ越してきた事も一役買っている。
ーー何故かーーー
詳しくは教えて貰えてないが、元々おばさんが若い頃から色々とあったらしい。おばさん、美人で目立ってたから。心配した団長(おばさんの旦那でアリサの親父)が結婚を機におばさんの従姉であるうちの母親を頼って近所に住んだのだ。
俺は小さい頃からアリサと一緒に育ったお陰で、団長に目をかけられ鍛えて貰ってきた。団長は強い。巷でその目立つ銀髪と敵に襲いかかる獰猛な様から"銀狼"と呼ばれる団長は俺の目標だ。いつか団長のように強くて渾名が轟く様な漢になりたいと思ってる。ただ残念な事に俺と血の繋がりがあるのはおばさんの方であって、団長と俺に血縁は無い。まぁ、あったらあったで、今と違った色々な葛藤があったかもな。
とにかく、今より強くなって俺にはやりたい事がある。ーーその昔団長がそうだった様に。
団長は昔、凄腕の冒険者だったそうだ。当時の活躍ぶりは未だギルドの冒険者達の語り草になっている。そんな団長が王都のこの街で自警団なんてやってるのは、ある女性に惚れたからだ。勿論その女は今の団長の奥さんで、団長は奥さんを守る為に冒険者も辞めてこの街に腰を据えた。
そんな団長を俺は小さいガキの頃から尊敬し憧れている。団長みたいになるにはどうしたらいいか、いつも考えてたもんさ。それで出した結論は勿論ーー団長の様に冒険者になる事。冒険者になって旅に出れば強くなれる。流石に今はそんな風に単純に考えちゃいないが、あの頃はそう思ってた。強くなって、自分の力で大事なものも守ってさ。自由に冒険して。格好いいよな。
だから当時の俺は一大決心をして、なけなしの勇気を振り絞って言った。
「アリサ、俺と一緒に行こう。俺について来てほしい」
アリサはちょっと考える素振りを見せた後、「いいよ」と言ってニコッと笑った。
俺は嬉しくて胸が一杯になった。翌日、朝早くに二人で王都を出て近くの森に薬草採取に向かった。へへ、可愛いもんさ、冒険者になりたての小僧の初仕事なんて。それでも俺はこれからはずっとこうしてアリサと二人でやっていくんだとこの上ない満足感に満たされていた。
ところがだ。次の日も迎えに行くと、アリサはやっぱりもう一緒には行けないって言い出したんだ。ショックだった。巨岩が頭上に直下した様な衝撃だった。いや、丸太で横っ面を張り倒されたぐらいか?
そうさ、俺はフラれたんだ。俺について来て欲しいって言って、行けないってそういう事だろ? 余りのショックにそれ以上何も言葉も出ず、その後俺は一人すごすごと薬草採取に向かった………なーんて事があったな。ホロ苦い初恋の思い出だ。
夕方近くになって、早めの夕飯を一人で終えた俺は自警団の夜番の為に家を出た。番所までそんな大した距離じゃない。それでも路地を急ぎ足で行くと一組の男女と行き交った。男の方は余り見ない顔だが身なりの良い小金持ち風のニヤけた野郎、女の方はーよく知った顔だった。女ーミヨンはチラッとも此方に視線を向けずに一心に男を見つめている。
そう言えばミヨンのおばさん、もうすぐミヨンが結婚しそうだって嬉しそうだったって、母さんが言ってたな。成る程、この男がミヨンのお眼鏡に適ったって訳か。まぁ、これでアイツもよそ見せずに落ち着きゃいいけどな。
近所に住むミヨンは昔、アリサと共に遊んだ仲間の一人だ。ミヨンは大人しそうな顔や素振りに反して意外にもませてて、早くから彼方此方の男と付き合ってたようだった。かく云う俺も一時期ミヨンに言い寄られ、好奇心もあって、まあ、その…なんだな。でもあれはマズかったなと、今でも思うのはミヨンとのキスをアリサに見られた事だ。何でもない振りをしたけど、正直、焦った。どう言い訳しようかと頭を悩ませたけどその必要も無かった。思いっきり足を踏まれて逃げられた後、暫く顔を合わさなかったからな。そうこうする内に何となくうやむやになって…よく考えりゃ、俺もミヨンと付き合ってたわけじゃないし、大体アリサになんて説明すんだよって話だ。
……………。
アリサはあれから何も言ってこなかった。きっと俺の事なんかただの幼馴染みの親戚としか思ってないんだろう。けれどだからと言って学院に入ってからのこの三年間、他に親しくなった男の影もない。
「いや、待てよ」
一年前のあの事件の時、学院の魔法科の教師だと名乗ったあの黒髪眼鏡。事件後、アリサに以前からよく絡んできた教師と判明した。
「妙に動きが凄かったんだよな。場慣れしてるって云うか…」
疾走する馬車を追いかけた時。奴は俺を掴んで馭者席に放り投げ、自分は犯人達の応戦を一手に引き受けていた。因みに奴は走ってそれらをやり遂げた。多分身体強化の魔法なりなんなり使ってたんだろうけど、それでも目を瞠る動きだ。一介の魔法教師が普通あんな事出来るか!?
俺には魔法は無理だが、魔道具なら誰でも使える。武器としての魔道具を使い熟せば俺だって…。
「おしっ! 俺も漢だ、一丁やってやろうじゃないかってーの! 気合い入れっぞ!」
そんな事をブツブツ言ってる間に、番所へはとうの昔に辿り着いていた。そんな俺を、相方を待っていたヤールカさんは胡乱気な目で迎えた。王立学院の卒業式を三日後に控えた夕暮れの事だった。
◇◇◇◇◇
卒業式の帰りに、私の学院の制服姿も見納めになるからと母達と揃っておばさん家に寄った私はそこでテオがその日の朝早くにギルドの依頼で冒険者として旅立った事を知った。今回の仕事は長くかかるようで、帰りは一年先か二年先か分からないとの事だ。
「へぇー、テオってばまた出掛けちゃったの?やっと自警団で落ち着いたかと思ったら、またフラフラと。何目指してるんだか知らないけど、おばさんに心配かけてばかりで、仕様がないわね」
私が溜息混じりにそう言うと横にいたおばさんが母と顔を見合わせた。
「おや、まあ」
「あらあら」
おばさんと母が二人揃って呆れた表情で私を見た後、今度は二人でふふふと小さく笑い合った。
なんでそんな風に見られねばならないのか、私にはさっぱり分からなかった。
お読みいただきありがとうございました。




