おしまい
魔法科教務室でお詫びのお茶会で持て成された翌日から、ヴィクトル先生は今までと変わりない態度で接してくれて私も一応ほっとした。ただ最近朝はヴィクトル先生の所には行かなくなった。お陰で髪型は太めの一本三つ編みだ。銀色の縄だ。本物なら高そう。
大人の階段を上った私はやがて三年生になり、以前とさして変わりない生活を送った。
相変わらずるるは私の後を追い回し、私は魔力を鍛錬し、学業に勤しみ、友人と語らい、学院行事に熱心に参加する。所謂学生生活を謳歌?したお陰で私の評価も上々、念願の王宮魔術師団への就職が決定した。
そしてあっという間に一年が過ぎた。
この一年、順調だったとはいえ、何もなかった訳ではない。
例えば、ある日いきなり王子様の婚約者である令嬢が私の下校を待ち伏せしていて、急に王子に近づくなと言ってきたり。(卒業されてからお姿すらお見かけしていませんと伝えたら急に泣きだされてお悩み相談と化してしまった。どうやら学院時代と違ってめっきり会える機会が減り不安が募った処へきて、私の話題が出て褒めていたらしい。王子、しっかりしてよ)
例えば、二組の伯爵令嬢とそのご友人達に校舎の裏に一人呼び出され戦々兢々として行ってみると、実はるると仲良くなりたいとお願いされたり。(るるの好きな食べ物を教えたら怒濤の差し入れ攻勢となり、その後るるが太って大変だった、主にダイエットが。飛んだらよたよたと落ちるようにすぐに降りてくるってどーよ?飛べない鳥なんて、少なくともこの世界では聞いた事がない!)
例えば、全女子生徒憧れの"薔薇の騎士"に突然、「決着をつけましょう」と決闘?を申し込まれたり(何ごとか!と思ったら、騎士科クラスとの球技対抗戦の事だった。何故に私に言う?)とか。余談だが、この試合は非常に盛り上がった。盛り上がり過ぎて、翌年からは全校生対象・生徒会主催の学院行事に決まった。そして後から思い出したけれど、こんなイベントが前世の乙女ゲームにあったな、確か。尚、この後私は"薔薇の騎士"こと、ナタリシア・レウエルデ・ハウゼン子爵令嬢と非常に仲良くなり、今では「アリサ」「ナタリー」と呼び合う仲だ。因みに例の公爵子息は彼女の事を「シア」と呼んでいる。やだ、それがバレた時のナタリーの様子を思い出したらにまにまが止まらないじゃない。
「んーーーっ」
暗く厳かだった講堂を後に、一歩表へと踏み出すと明るく晴れやかな陽射しに目が眩んだ。私は大きく伸びをする。はーーっ、終わったー!
本日は晴天なり。それなりに楽しかった三年間の学院生活も今日で終わりを迎え、先程無事に卒業式も終了した。これで学院ともクラスの皆ともこの制服ともお別れだ。ちょっと寂しいような気もするが、これで中途半端に思い出してた前世での乙女ゲームの呪縛とも完全におさらばとなれば、自然と心も軽くなるというものだ。
「くるるるー、くるる、くるる」
るるも楽しげな声で鳴きながら私の横で羽をパタパタさせている。るるも式に参加してたものね、お疲れ様。
私は一頻り友人達と別れを惜しみ、再会を約束し合った。私としては仕事柄、卒業後もこの学院へ訪れる事はあるようだが、なんと言っても学生生活は今日で終わり。バイバイ、学院。沢山の思い出をありがとう。
「よっ、もう帰るのか」
門の手前で聞き慣れた声に呼び止められた。
「ヴィクトル先生」
「卒業おめでとう」
にこやかに笑いかけてくる先生は、卒業式の為にそれなりにパリッとした服装をしている。今日も変わらず無駄にイケメンだ。
「ありがとうございます。お世話になりました」
晴れ晴れとした表情で私も挨拶を返す。なんだかんだでこの人にはこの三年間お世話になった。今日で縁も切れるかと思うとそれはそれで感慨深いものがある。
「いいや、こちらこそ。卒業後も、るるを頼む」
そうなのだ。私の卒業に際して一番問題になったのはるるだったの。一時はるるの為に学院就職か!?となりかけたが、それもおかしな話なので、るるは魔術師団預かりとなり、私は今後もるるのお世話係なのだ。え?るるがいたから私が魔術師団に就職出来たのかって?失礼な!そんな事は……っないと思いたい。
「先生もるるが居なくなると寂しくなりますね」
私が少し意地悪く笑いながら言うと、先生は負けじとニヤリと悪い笑みを返しながら、
「そうかな?まぁ、そうでもないさ。お前も新しい職場で頑張れよ」
と言ってきた。なんだろう、負けず嫌いか?
「じゃあな」
るるを連れて片手を軽く挙げて去って行く。いやにあっさりしてるな。私は多少の寂しさを感じながら帰途に着いた。
三日後、今私は王城内、魔術師団棟前で大きな扉を見上げている。今日は私の初出勤日。新品の魔術師団の制服がやばい、本気で格好いい。
私はドキドキと期待に高鳴る胸を抑えながら扉を開けた。
先輩方に迎えられ、上司に任命書やその他必要書類を渡され職務を拝命した後、またもや先輩の手に委ねられた私は直属の上司となる方の部屋へと案内された。部屋を通り抜ける新人の私への視線が痛い。わぁー、すっごいジロジロ見られてる。新人ってやっぱり目を引くんだね。
「この部屋です。アリサ・ターナーさんは魔法鳥の世話もあるから、見習い魔術師としてここで彼付きでやっていってくれたらいいから。細かい指示は彼に仰いで」
私より一足先に魔術師団に居を移していたるるは既に先程から私の後をトコトコと付いてきていた。相変わらずここでも自由だね、るる。
私を案内してくれた先輩の言う"彼"とは、先程任命書やらの受け渡しの際に上司であるお偉いさんによって私の直属の上司だと言われた"疾風の影"と渾名を持つこの国では子供でも知っている程有名な凄腕の魔術師だ。入団早々、そんな凄い人付きになるなんて、私としてもびっくりだった。えー、私、大丈夫?やっていけるかな?
多少なりともビク付きながら、軽く握り締めた拳を挙げて扉をノックしようとしたその時、気の抜けた声が後ろから呼びかけてきた。
「ああ、来たのか。早かったな」
後ろを向いて声の主に目を瞠る。
そこにいたのはひょろりと細身で背の高い黒髪眼鏡の美丈夫。
「俺がお前の直属の上司、ヴィッカード・エルベ・トールキンスだ」
口の片端を持ち上げて、してやったりと笑うその人は余程愉快なのだろう。かつて無い程、眼鏡の奥の瞳が愉しそうに煌めいている。
私の頭の中で先程聞いた名前がぐるぐると回り出す。
ヴィッカード・エルベ・トールキンス… ヴィッカード・エルベ・トールキ… ヴィッカード…
ヴィッカード…トール… ヴィク、トル。
「はぁ〜〜〜!? なんなの?なんなの!? だ、騙したわねー!!」
「ははははは、騙したとは、人聞きの悪い。俺は一応その筋では有名人だからな。学院では通し名を使っただけだ」
そこにいたのは三日ぶりのヴィクトル先生で、私はあまりの驚きに次に続ける言葉も見つからない。
えっ、ヴィクトル先生がヴィッカード・エルベ・トールキンスで、ヴィッカード・エルベ・トールキンスは"疾風の影"な訳で…。
「な、何かの間違いじゃ…。人違いとか…」
「お前、面白い事言うな? 残念ながら正真正銘俺がお前の直属の上司だ。こき使うから覚悟しとけ」
そう高らかに宣言するとヴィクトル先生は私の手に鍵束を渡し、踵を返して去って行った。
その後、王城内の魔術師団に、初日から我を忘れて「詐欺だー!!」と叫び狂う新人の声が谺したとかしなかったとか。
お読みいただきありがとうございました。
今話を持ちまして、本編を完結とさせて頂きます。
まだ番外編や続話も投稿する心算ではありますが、具体的には未定となっております。
アリサの三年間の学院生活が余りにも簡単過ぎた気がしなくもありませんが、皆様に楽しんで頂けていたら幸いです。
2020/3/13 番外編「学院での日々」の内容との齟齬がありましたので、「おしまい」の一部分を書き直しました。物語の筋に変更はありませんのでご了承下さい。
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