きゅう
ガラガラと疾走する馬車の中で私は舌を噛まないよう口を閉じて歯を食いしばる他なかった。
身体は跳ねるし、頭は打つし、痛いけど我慢するしかない。
どうしよう。このままではいけない。何か自分に出来る事は。せっかく魔力があっても、学院で魔法の授業を受けてもこんな時に活かせる事が出来なくては何の意味も為さない。
お父さん、縄が外れないよ、手首じゃないんだもん。身体ごと縛ってあるんだよ。
ヴィクトル先生、私まだ攻撃魔法習ってないよ。こんな時どうしたらいいの?な、なんか防御魔法…何か使えそうなのは……。駄目だ、何も浮かばない。
外からは人の悲鳴やら何か物がぶつかり倒れる音やらが聞こえ、私はいつこの馬車が大破するかと気が気でなかった。
やがて前の馭者台で人がやり合うような物音の後、一瞬静かになる。馬車は疾走し続けたままだ。え?どうなったの?
そこへ更にドサッという音と共に馬車が揺れた。けれど馬車は止まらない。酷く揺れる馬車の中で私は徐々に恐怖を覚えた。
「アリサ!聞こえるか!?」
テオの声だ!
「テオ? な…縄が…外れない」
馬車の揺れが酷くて喋るのもままならない。
テオはくそっと焦ら立つように呟くと続けて叫ぶ。
「馬が興奮して止まらないんだ。しっかり掴まってろ!」
掴まるって、どこに、どうやって!?
そうしている間も馬車は走り続けその内にガタッという音が鳴って車体が大きく傾いだ。テオが、わあぁっと大声で叫ぶ。
傾いだ拍子に何かに叩き就けられた馬車はバリバリという音を立てながらそれでも馬に引き摺られて行く。
床に転がったまま、最早なす術もなく、身を小さくして座席側に擦り寄せるしかない私は、ハタと気配を感じて顔を上げた。そこには檻の中で一羽、金色に輝き出したるるがいた。
輝くるるは両翼の肩を上げ怒らせ、ゆっくりと金色のキラキラの渦を巻き上げそしてカッと強烈な光が光った次の瞬間、私の目の前にはるるを何倍かに大きくした輝く鳥がいて、その鳥と私の周りは金色に覆われ宙に浮いていた。
ええ!?浮いてる?
足元の下の方には川が流れているのが見える。どうやらここはアプテ川沿いの裏通りらしい。
私達は金色のベールに包まれながらゆっくりと地面に降り立ち、やがてベールが消えて無くなると横には大破した箱馬車の残骸とバラバラになった檻の黒い棒が転がっていた。私の身体からはらりと縄が落ちる。
「るる、るるなの?」
大きな鳥は「クゥ〜ン」と甘えたように鳴いた。その瞳をじっと覗いてみると、金色の目の真ん中に濃い緑の瞳が小さな点のようにある。
体の大きさも以前の何倍も大きくなって、前世の駝鳥くらいあるのではないだろうか。猫が虎になった位にインパクトがあるぞ。
「るるが助けてくれたのね。ありがとう、るる。でもるるってば、こんなに大きくなっちゃって、どうしたらいいの? もうお膝に抱っこは出来ないわ」
何気なく告げた私の言葉にるるは見事な位に反応した。
大きく瞳を見開くときゅるる、きゅるると鳴いて小さく身震いし、驚く私の目の前でしゅるるる〜と音でも鳴るかのように縮んでいったのだ。私はびっくりして声も出ない。え、何コレ、伸縮自在なの?
元に戻ったるるはそのまま私にぴょんと飛び付いてきたので腕に抱えて抱っこした。満足気に私の腕に収まるるるを見ていると、先程の出来事が夢のように思えてくる。
「アリサ、大丈夫か?」
そう話しかけてきたテオを見てみれば、私よりもボロボロの痛ましい様子にかける言葉を失う。額は擦り剥き、左腕を痛そうに抱えている。折れてなきゃいいけど。
驚いた事にテオの横にはこれまたいつもより草臥れた感じのヴィクトル先生がいた。ええ?先生、一体いつからいたの?
「酷い目に遭ったな。怪我はしてないか?るるは俺が預かろう。おいで、るる」
そう言ってヴィクトル先生が手を伸ばしてきたのでるるを渡す。先生は私を痛ましそうに見た後、今度は訝しげにるるをじっと見ていた。ヴィクトル先生はどこから見てたんだろう。大きくなったるるも見たよね?きっと興味津々なんだろうな。だって貴重な研究対象だものね。
川を渡る風も清々しく、助け出された安心感と解放感から川を眺めて大きく深呼吸し、テオとヴィクトル先生にお礼を言おうと後ろを振り返ると、腰に手を当てて仁王立ちしたテオが怖い顔をして立っていた。
「このバカ!! あれ程注意しろって言われてただろ!? 団長や皆がどれだけ心配したと思ってんだ!」
そうなのだ。実は最近、自主練で帰りの遅くなっている私に皆が散々注意してきてたんだ。自警団の皆に至っては、帰りに学院迄迎えに来てくれるとまで言ってくれていた。でも私はただの一般人で、何処ぞのお嬢様でもなんでもないのだからと、断っていた。だって此れ迄の学院生活は無事平穏だったんだもの。まさかこんな目に遭うとは思わなかったよ〜。
他の自警団の人が来るまでテオから簡単に事の顛末を聞いた。最初に異変に気が付いたのはなんと街にいた幼い子供だったという。
なんだかキラキラした物が漂っていると喜び騒いでいるのを自警団の警邏中だったヤールカさんとテオが聞きつけ、不審に思ったテオが自宅に私を探しに戻り、残ったヤールカさんは辺りを調べ回った。
私がまだ帰宅していないと分かったテオは学院に向かい、校門でるるが居なくなった事に気付いたヴィクトル先生と鉢合わせしたと。
自警団の詰所に行くと皆緊急事態に緊張が走り、お父さんなんてテオ曰く、"あんな団長は未だかつて見た事ねえ"形相だったらしい。
キラキラの目撃情報から犯人が街を抜けようとしている事を推察した時には既にヴィクトル先生によって王都の全門に誘拐事件として通達がなされ王都から外に出る事は不可能だったそうだ。
そうして手分けして怪しげな人物や荷を探していると、荷崩れを起こした馬車が往来で渋滞を引き起こし、立ち往生するその他の馬車の中に、キラキラを振り撒く私達の乗る馬車を発見した。
凄い!!るるってば、大活躍!!!
箱馬車の下から合図を送ったのはやはりテオで、中に私がいる事を確認。追跡に気付いた犯人たちが馬車ごと逃亡し出したので静止しようと揉めたらしい。
話をしているうちに、向こうの方から団長元いお父さんと自警団の人がやって来るのが見えた。
テオが二人の方へ向き直り歩き出したので、私も後を追おうとすると、大人しくしていたるるが急に騒ぎ出し、ヴィクトル先生の腕の中から抜け出して私の方へ飛び込んで来た。反射的に腕を伸ばした所へ男の人が突撃してくる。
「光の輝神様をよこせー!」
叫んだ男に飛び掛かられた私は咄嗟にるるを庇うが男は私の腕をガッチリと掴んだ。離せーー!
揉み合う私からテオが男を引き離した反動で私は男に突き飛ばされ、私の身体は嘘の様に軽々と放り出された。その先は通りと反対側、先程解放感と共に眺めたばかりの川が滔々と流れ……
「危ない!」
緊迫したヴィクトル先生の叫び声が聞こえた。その声で私の脳裏に浮かぶあの日の言葉ーー「俺はいつでもお前の味方だ」ーー味方。やっぱり頼りになるのはーーー
「先生ー!!」
応えて私は声のした方へと助けを求めて視線をやるとそこには今正に私と共に突き飛ばされたるるに手を伸ばししっかりと抱き留めるヴィクトル先生の姿があった。
「え?」
「え?」
ザバンッという音と共に私の身体が水に沈む。水が痛いなんて知らなかったな、私。なんて呑気に馬鹿な事考えてたら何かに引っ張られるような力を感じ、私の体は流れに逆らい水面へと押し上げられて行く。その内力強い腕に捕まえられてグイグイと引き上げられた。水面上に浮かび、鼻や口から水を必死で出して息を吸っていると、自分がしがみ付いているのがお父さんだと分かった。
「お父さん…、こ、怖かった…」
「アリサ、大丈夫だ。しっかり掴まってろ」
お父さんはそう言って私を抱えて岸まで泳いだ。
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