手錠の男
先に書くが、その人の人格や性格、趣味趣向を否定するわけではない。僕のような人間のクズにとって、普通に生きる、という至極当然のことが半分もできていないヒトモドキが、相手様に対して悪口を言える立場ではない。
まぁ言うときは言うんですけどね。
つい最近の出来事だ。電車に乗っていたときのことだ。タランティーノ監督の新作が大々的に宣伝されていたので、興味を持ち、映画館に向かっていた。
暇だし本でも読むか、と電子書籍を開き、芸人のエッセイ集を読んでいた。やはり、芸人の思考は面白いな。面白いことを常に考えているだけあるな。ただ、文章が不規則に並べられているだけでも、その人の人となりがわかってくる気がしてくるし、なにより面白い。なんの面白いことが書かれていないのに、ただただ面白い。もしかすると僕はこの人のことを好きなのかもしれないな、いや好きじゃなかったら買わないか、などと一人漫談を心の中で、松本人志みたいにやっていた。
すると、とある駅に着いた。
目の端にチラリと人が見えた。男性の方だった。ほーん、ほんで?などと僕の心の中の松本人志が言った。
それはそうだ。停車駅だ、特急じゃないから一駅一駅降りるわ。僕の心の中の浜田雅功が突っ込んだ。
おもろないわぁ!と松本人志が突っ込んで、僕自身がおもろないわぁ!とそう叫んで、本を読むのを再開した。
2.3駅は都会だと10分だが、田舎だと30分のところもある。疲れた。人より集中力が続かない。今日の映画は果たして寝ずに見れるのだろうか、ちょっと不安だった。ふと、視線を前に向ける。男性がつり革を持って、僕の方を向いて、立っていた。そして、目線を下に落とし、彼の背中に背負っているリュックサックに目がいった。
手錠をアクセサリーにしていた。
えぇ!?なんでやねん!?松本人志が仰け反った。僕も背もたれがなかったら、走っている電車から身を投げ出しているだろう。手錠って!手錠って!?坂上忍が酒に酔って、同じことを連呼していた。
男性がくるりと後ろを向いた。シュシュのついた手錠がアクセサリーとして付いているではないか。
インスタ映えー!!と、IKKOが指を振ってきた。僕も自制心がなかったら、縛りプレイはいけませんぞぉ!とキモータのそれと同じテンションで言っているだろう。
数駅それが続き、とある駅で彼は下車した。
疲れた。僕は電子書籍に目を落とした。