うふふ、味方だと思った?
ストック放出2つ目です。
定時更新と一つ前をあわせて本日3話目になります。
次回唐突な変化……いったい誰の都合でしょう(予定)
次回もお待ちしています。
この子の叫びは私にも聞こえていた。彼のことを大嫌いだって、そう叫んで……。
まあ、この子の言いたいこと解らない出来ないわけでもない。
大好きな気持ちを抑えて生きていく辛さは私も知っているから。
その辛さに耐え切れなかった私はついに本当に取り返しのつかない事をしてしまったわけだけど。
私のした事に比べたらこの子の取り返しのつかない事、なんて全然可愛いもの。だから、この子の取り返しがつかない事は私が取り返すとするわ。
「す、鈴……あ、えっ……」
さて、取り合えず交代は完了した。これで私がこの子に体を返すまでは私の自由に動かせる。
ぱちり、目を開けて左右を見渡す。
懐かしい……? 懐かしいのか? まあ、わかんないや。今の私がどんな立場なのか、いまいち理解できていないし。だから私が何者か、それを考えるのはやめておこう。意味もない。
ということで、さしあたってする事は何か……そうね。まずは私の目の前でなんかショックを受けている彼をどうにかする事にしましょう。
「……、……っあ」
いやいや、ちょっと待って。なんか強キャラぽく、かどうかは兎も角この状況をなんとか出来るっぽく出て来たはいいんだけど……よくよく考えたら元々私ってポンコツだったような……散々アホって言われてたしね。
そもそもアホじゃなかったらあんな事しないっての……。あ、こんな事言っちゃまずいか……あの事については、私はしっかり反省してるんだからね。
「……、……」
「……、……」
彼は彼でさっきあんなことを言われたもんだから私になんて話しかけたらいいか解らないって感じだし。どうしよう、状況はわかってる。目的もはっきりしてる。とにかくこの二人の関係を崩さないようにうまい事調整する。それでいいんだけど……。
「あ、えっと……将也さん」
「あ、は、はい! ……え? 将也、さん?」
だめだ、昔私が呼んでた呼び方をしてしまった。
「あ、はい。えっと将也、さん……」
だっめだー。いまさら呼び捨てとか無理。
よし、しかたない。方針は決めた。とにかくこの子には物理的に忘れてもらって……彼には……、
「はい。そうです。将也さん。私からお話があります。聞いてくださいますか?」
「え、あはい。それは勿論……えっとこれって、いつものやつでは、ない……んですよね?」
いつものやつって言うとあれかな、この子がやってたあのロープレみたいなやつ。
「はい。そうです。あなた方がいつもやっているおふざけロープレとは、全く違います。私はこの子、水波 鈴ではありません」
貴方の知っている鈴では、なんだけどそれは置いておいて……。嘘じゃ無いもんね。
「私は、そうですね。今回の事情を知る者……今回の事態を招いた者、とでも言いましょうか」
これは、嘘じゃない。この事態は私が作ったのだ。いや、実際に引き金を引いたのは私じゃないけれど、引かせたのはまあ、間違いなく私だった。
「今回の、事態……。どういう事なんですか?」
「そうですね。まずは勘違いしないで頂きたいのですが、私は今ここで何かを語る心算はありません。私が何者なのか、って事は勿論ですが。この子を女の子に変えた目的も語るつもりはありません」
「えっと、じゃあ、何をするつもりなんですか?」
あらあら、随分とムスッとしちゃって。そんなに今回のことの全てを把握しておきたいのかな? それは、この子のため?
まあ、だとしてもそこの解説は私の領分を明らかに超えているし……出来ないわね。うん。
「そう険しい顔をなされないでください。確かになにも語るつもりはないと言いました。でも、そうですね。私の今回の役割の範囲内の事でしたらお話しすることはできます。それを今からお話しいたしましょう」
「役割……ですか。それはどんな」
「おっと、ストップです。私が今回お聞かせできるのはごく一部。一割にも満たないでしょう。よって、今回あなたからの質問は禁止です。私が一方的にお話しする。唯それだけです。よろしいですね」
ボロ出さないために話しの主導権はこちらで貰うよ。ごめんね。
「それは、お断りすれば、なにも話さないという事ですよね?」
「お察しが早くて助かります。ああ、因みに私は人の記憶を操作することが出来ます」
「な、何故今それを言ったんですか……。解りました。聞かせてください」
よし、交渉成功。……交渉? うん交渉。大丈夫。交渉大事。
「それでは、短い時間ですがお付き合いください」
ジィィィィ。321、
「昔々あるところに」
「ちょ、ストーップ」
出鼻を挫かれた。
「な、なにをするのです? あなたは聞くだけ、邪魔をするなと申したはずですが」
「い、いや。どうしてか解らないんですが。ただ何となくあなたの語ろうとしていた言葉はそれじゃないような気がしてしまって。本当に今の出だしであってますか?」
何を言うかと思えば、将也さんは相変わらずわけのわからないツッコミを、うん? わけのわからない? えっと、昔々……あっ。違うわ、これ。
「ん、んんっ。よく、気が付きましたね。それでは気を取り直して。どうぞお聞きください」
「まずは私の目的からお話しします。私の目的、それはあなた方の関係を壊さぬよう修復すること。先ほどこの子は言いましたね。あなたのことが嫌いだと。それは、おそらく本心から来る言葉ではありません。この子は今とても不安定な状態にあるのです。原因は勿論性別の転換です。その影響で恐らく感情がうまく制御できていないのです」
「感情、制御……」
「そうです。感情の浮き沈み。喜怒哀楽、好き嫌い。その他諸々色々な感情が理屈を無視し頭の中を飛び交っているのでしょう。あなたみたいな鈍感男でも、まったく気付いていないわけではないでしょう。この子があなたに好意を向けていることは」
「……はい。……そう、ですね」
「今までこの子は我慢に我慢を重ねて来ました。たったの十数年だと、そう思われるかもしれません。ですがこの子にとっては人生のほぼ全ての時を我慢で過ごしてきたのです。ところであなた我慢は好きですか?」
「えっと、我慢ですか? それは勿論好きではないですが……流石に我慢が好きっていう人はいないんじゃないでしょうか」
「そう。それが理由です。言いましたね、我慢は好きでない、つまり嫌いと。この子にとっては我慢とはすなわちあなたの事です。この子はあなた、という存在だけしか望んでこなかった。後はそうですね精々が生きる事に必要な事くらいでしょうか。
だから我慢とあなた、将也さんという人とをイコールで結んでいるんです。この子の中では。重いと思われるでしょうがそれが水波 鈴という人間の全てです。恨むならそんな彼女に優しく接してしまった自分を恨んでくださいね……っと話しが逸れた。まあ、という訳で感情抑制がうまくいかないことで、我慢は嫌いだから将也さんのことは嫌いという訳のわからない理論が出来上がってしまったわけなのです」
いやぁ、話しすぎた。疲れた。もう少しで終わりだし、がんばろ。
「な、なるほど。そういうことだったのか……で、でもそれってどうしようもないってことなんじゃ……」
「いえ、それをどうにかするのが今回の私の仕事の大元です。具体的には記憶を消します」
「き、記憶を……」
「勿論全て、ではありませんほんの一部分。あなたの事を大嫌いだと言ったあの瞬間、その前後の部分だけを切り取り消すのです」
「な、なるほど。でもそれって大丈夫なんですか? その危険とかは?」
「危険、ですか? ありませんね。皆無です。だってその一部の記憶を失くしたところで不都合なんてないでしょう? ですので問題ありません」
「それなら……でも、その後はどうすれば? 不安定なままではまた……それはどうするんですか?」
「ああ、それはですね……勿論何もしません」
「ん? あ……ん?」
「いや、何もしませんよ。えっとですね、あの、私が言うのもなんですが、責任転嫁甚だしいですが……それでも言わせて貰います。自分の行動の責任くらい取ったらどうなんです? 私はあなた達の人生全てを知っている訳ではないですが、どうせ始めの頃は私と一緒なんでしょ? 将也さん、あなたそうとうジゴロですよ、ジゴロってますよ。あんなに優しくして、惚れさせて、挙げ句捨てるってもうね、ほんっと……。ふぅ失礼いたしました。とにかくですよ責任とってください」
「責任……」
「そうです。この子は目覚めたらまあ最初は普段のこの子に戻るでしょう。それでもすぐにまた不安定になります。なんとかして、戻して、それでもあなたの行動ですぐにまた不安定になるでしょう。でもそれもずっとではありません。いずれ精神と体が馴染んでくるでしょう。その段階になれば落ち着いてくる筈です。一年か、二年か、まあ分かりませんが。それが責任です。将也さん。あなたに振られたらこの子死んじゃいますからね。まあ、それでもいいなら見捨ててもらって構いませんが」
「……責任……、……。……いや、見捨て、ない。見捨てるわけがない!」
「あら、お強いお言葉。普通ここまで重い女は見捨てるのも手なんですけどね。そうですか、そう言うのなら頑張ってください」
「見捨てるわけないだろ。幼馴染で、俺の大切な人だ」
「……え? う、うそ……? え、だってこの段階は……ああ、そっか彼女まだ登場していないのか……ああそかそか。納得」
「何を驚いているんだ?」
「いえいえ、こっちの話しです。お気になさらず。そうですね……一方的に押し付けられても迷惑でしょう。一つだけ大サービスです」
「サービス?」
「もしあなたがこの子を見捨てたくなったら、容赦なく見捨ててくださって大丈夫です。死体は私が処理します。事件にはさせませんし、表に出る事もありません」
「お、お前……。何なんだよ、お前。お前の立場が解らねえよ。鈴の味方じゃないのかよ」
「鈴の、この子の味方、ですか……そうですね。私も最初はその心算だったんです。でも、こうして話していてやっと、自分が分かりました。自分の立ち位置がやっと理解できました」
「お前の立ち位置」
「ええ。ありがとうございます。思い出させてくれて。まあ、最初に言った通り語る気は毛頭ないですが。あ、そうだ思い出させてくれたお礼もしなくちゃいけませんね、もう一つ大サービス。この子の中でのあなたと嫌いのイコール信号それだけは阻害しておいてあげます」
「へ、あ、それは……」
「なんです? 裏があるとお思いで? 無いですよ、言ったでしょ、お礼だって」
「それなら、まあ。ありがとう、ございます」
「いえいえ、どういたしまして。 ああ、そう。最後に一つ。この子もの凄く性欲が強いみたいだから襲われないように気をつけてね」
「な、せいよ……じょ、冗談はやめろよ」
「冗談……なるほど、まあそれで良いけどね。それじゃあ、話しも終わった事だし、そろそろ鈴に体をお返ししますね。なんだかんだで長くなっちゃいましたが、お相手ありがとうございました。 以上、水波 鈴でした。バイバイ」
「……水波……鈴だって……?」
こうして喋りっぱなしだった私の役目は終わった。
いやぁ、疲れた。でもまあ、いろいろ思い出せたし。良かったよかった。
さて、これから何が起こるのか……楽しみだね。
将也さん……希亜……そして、鈴。
ふふ、ふふふ。
「全員、大嫌い……」
これから不幸に落ちていく三人を楽しく見物するとしましょうか。
私の物語もきっとその内語られる……。
大好きだった彼に裏切られて、捨てられて……。
彼を、彼女を、そして私をぶっ殺すお話し。
そう、私ばかりバットエンドなんて許さない。
幸せになるだなんて許さないんだから。