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アルラウネの憂鬱  作者: 優衣羽
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ep.2.2


窓は空いたままだった。大方、あの上司が空けたのだろう。

時刻は午後五時を回ったところだった。机の上に置かれた時計の針が音を立てる。皆が静まり返った。


死刑宣告をされるのは最早恒例行事と化している。その度に、英霊になることなく戦場という戦場を駆けて来て今年で五年が過ぎた。気付けば十五の少年も二十の成人になるわけで、一部隊を組んで動けるようには成長するわけだ。

この世に生を受けて早二十年。年甲斐もなくものふけることが多くなったのは、人よりも濃い人生を送っている影響だからだろうか。


「西園寺様は一体何をお考えなのでしょうか」


「あの人は正義感の塊だからな。この世界が良くなるためならどんな犠牲も厭わないだろ。だから英霊になれってのも本心だろうな」


「周の事も悪く言いましたしね。大体知ってると言うのに言うって…性格悪すぎじゃないですか」


「気にしてない、今更だろ」


「ですが」


「奇異の目で見られるのは慣れてる」


人と違う所がある。それは容姿。金の髪と青い目は、幼い頃にかかった病のせいで黒から色を変えてしまった。

異形の血にはウイルスが含まれている。それは子供にしかかからないウイルスだ。身体が成長してからかかるのは極稀で、かかってしまえば死をもたらす。もし、死ぬ事が無かったとしてもこのウイルスは人の色素を変え、身体構造を変えてしまう。


高い致死性、感染中、感染者の肌を黒く染め上げる事から、十四世紀に猛威を振るった病気に関連付けられて『第二の黒死病』と名付けられた。


しかし、この第二の黒死病は血液感染で、さらにまだ免疫力の少ない子供にしか猛威を振るわないため、さほど脅威にはならなかった。

理由は簡単、異形の血を浴びる事は殲滅隊以外の人間にはほとんどと言っていいほど機会が無いからだ。しかし、自分はその極稀な機会に会ってしまった一人である。


六歳の時、十歳年の離れた兄が持ち帰ってしまったこの第二の黒死病に私の身体は毒されてしまった。

帝都殲滅隊に所属していた兄は、今の私同様、戦場を駆けていた。そこで服に付着した異形の血が、まだ幼い自分に付き、傷口から感染。そこで病にかかった‘らしい‘。


らしい、と言うのはあまり覚えていないからだ。もう顔も思い出せない兄。記憶の中ではいつも冷たい印象で話しかける事も出来なかった兄が、初めてしゃがみ込んで手を広げ、「ただいま」と私に言ったから。


きっと嬉しかったのだと思う。周囲が止めたのにも関わらず、兄の腕に飛び込んだ私は、飛んで火にいる夏の虫だった。


兄が死んだのはその次の日のことだった。病にかかって伏せた私は、彼が次の日、戦場に向かうのを知る由もなかった。三日三晩高熱にうなされて、張り裂けるような身体の痛みに耐え、それがようやく終わった時、私に待っていたのは兄の訃報と色の変わった自分の姿だった。ただでさえ桃花眼と言われ、不運を招くと避けられてきた私への酷い当てつけだった。


それ以来、異形を知っている周囲からは奇異の目で見られ続けている。理由は簡単、異形も青い目をしているからだ。元々話す事の少ない家族は、これのせいでより距離を置かれた。


第二の黒死病にかかり、何とか異形のウイルスに対する抵抗を取り込む事が出来た我が身は、身体能力が桁違いに上がっていた。他人より高く飛べるし早く走れる。力も筋肉量も増え、強くなり、そして青く染まった目はどこまでも遠くを見透かすようになった。


言っておくが別に不幸だとは思っていない。結局、生まれながらにして殲滅隊に入る事が決まっていたわけだから、身体能力が高いのはメリットしかなかった。しかし、視線はやはり集まるわけで、良い思いはしたことが無かった。


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