ep.2.1
「九条周、現着しました」
辿り着いた大きな洋館、何度か廊下を右に曲がって左端の扉ノックし返事を待たず部屋に入る。
「遅いぞ」
「…申し訳ございません」
内心舌打ちを吐いた。
自分と同じ、黒装束が数人、部屋のあちこちに立っている。そして窓を背に、白い軍服を纏った人物がわが物顔で椅子に座っていた。
一応ここは自隊の部屋であり、その椅子に座るのは自分なのだがそんな事を言える人でもなかった。これは厄介な事だろうと心の中でついた悪態は、立っていた黒装束の仲間たちにも伝わったらしい。
皆が一様に嫌そうな顔をしている。それもそのはずだ。いくら上司とはいえ殲滅隊のトップの人間がこんな場所に顔を出しているのだ、きっと碌なことじゃないだろう。
「貴様はもっと真面目になったらどうだ。実力だけなら間違いなく三本の指に入るにも関わらず、態度だけはその金髪のようだな。これを機に黒く染め直したらどうだ、ついでに異形を思わせるその青い目もな」
「西園寺様、お言葉ですがそれは」
「黙れ梅園。今はお前と話しているわけではない」
部下の一人が声を上げる。私は被っていた帽子のつばを掴み深くかぶり直した。依然として白服の男、西園寺は梅園に目もくれず、こちらを見続けていた。
「私の髪は染まらないし目の色は変えられません。今更ですよ、そんな話しに来たわけじゃないでしょう」
「ほう、私に噛みつくつもりか」
「いいえ、そんな事は毛頭」
「だろうな」
横目で梅園に落ち着けとアイコンタクトをする。彼女はそれに気づきすぐさま姿勢を正した。
「此度の遠征にここに呼び出した十番隊、指揮官たちを連れて行く。九条周、梅園羽衣、入江浩二、堤伸蔵、五条誠一。貴様らは三週間後の横浜奪還作戦で前線に立ち、兵士達を指揮し共に一番槍となり、英霊となるつもりで本作戦に参加せよ。言っておくがこれは命令だ。逃れれば打ち首の予定だが、数多の戦場を駆け抜けてきた貴様らなら死にはしないだろう。尚、本作戦は私が指揮を執る。言いたい事は以上だ。私はこの後会議があるので失礼する」
そう言って私の隣をすり抜けていく男に敬礼をして見送る。扉が閉まった音が鳴り響き、私は右手を降ろし長机に腰掛け溜息をはいた。皆、緊張の糸が解けたかのように息をついてだらけ出すから、相変わらずだなと思い軍帽を外して前髪を掻き揚げた。
「やってられないわ」
唸りながら声を上げたのは入江浩二だった。短い黒髪に高い背。右の眉尻にある一本の傷痕を掻きながら愚痴を零す。同期でもあり部下でもあり、そして腐れ縁である彼は唸りながら椅子に座り私に指を差してきた。その指を払うように数度手を動かすが、本人は気にも留めなかった。
「横浜奪還作戦だってよ。三か月前に川崎奪い返したばかりなのに次は横浜とか。まだ兵力も元に戻ってないだろ」
「それだけ横浜を奪還するべきだと、上は思っているのだろうな」
「堤さん正気すか。俺さすがに三か月置きに死ねって言われるの慣れないっすわ」
成人男性よりも二回り大きな身体は視界の端で壁と同化していた。部下の堤は部隊の中で最年長で落ち着いた人間だ。世間的に見れば彼も若いのだろうけれど、うちの部隊はそれ以上に若い人間ばかりだからその落ち着きに助けられる事も多々ある。
よき兄のようだと思う。実の兄には思いもしなかった事だが。
「奴らは海底から上がって来て、今や拠点は地の上だ。だからこそ海に面した横浜を奪還、制圧することでこれ以上の被害を塞げるのと同時に、奴らは海の中で繁殖するからその繁殖経路を断てると考えたんだな。今まで他県を制圧していたのにも関わらず、神奈川県だけ手を出そうとしなかったのは横浜の魔窟のせいだったのは読めるが。…まあ今回は酷いだろうな」
「酷いも何も、川崎奪還作戦で失った五万を超える一般兵の兵力は未だ回復出来ていません。このままでは負け戦もいいところ、確実に死にますよ」
「梅ちゃんはこの前、前線立ってへんやん。後方支援やったやん。今回は前立つん?」
「五条さん、何か言いたげですが喧嘩なら買いますよ。後、言わせていただきますと、後方支援だったのは後方の士官が亡くなったせいで、私のせいではありません。不可抗力です」
「おー怖い怖い、別嬪さんが台無しやで」
「おーいそこ喧嘩やめろ」
浩二に止められて羽衣は不機嫌そうに椅子に腰かけていた。先程上司に歯向かおうとしていた彼女、梅園羽衣の頭に挿してある簪が音を立てて揺れたと同時に、五条の尻尾のように結ばれた髪が風で揺れた。掴み所ない笑みを浮かべる彼を、梅園羽衣は酷く嫌っていた。