アルラウネの憂鬱
「とりあえず、この花の名前は爆蘭です。別名星月草」
「お前…本当、情緒がない…」
「言わなくちゃ、周様ずっとこの花の名を知らないままだろうから」
そう言って弱々しく笑った。もう少し、もう少しだけで良い。微笑みもしない神様に願う。
「何の因果でしょうね」
「何がだ」
「周様、本当にこの花の名前知らないんですか?」
私達を祝福するかのように、白い布団にシャワーのように降り注いだ紫の小さな花の名。今、この瞬間まで知らなかった花の名。
「星月草ってあの日と同じですね」
「お前が星を見たいがために一人で外出した日だな」
「言い方が嫌味たらしいですよ」
「ああ、嫌味だ。完全に。こっちがどんな気分だったか知らないだろう」
「でも私は嬉しかったです」
千歳の赤が揺れる。目を細めて、思い出に浸っている。その姿を見ている事しか出来ない。
「共に並んで星を眺める事が出来た。あの時、私と貴方は同じ景色を見ていたんです。戦場でも、狭い窓の外でもない。ましてやこの屋敷の庭でもなく。初めて、外に出て同じ目線で同じ想いを抱けた事が嬉しかった」
初めて聞く真実に目頭が熱くなる。千歳は笑っていた。その表情は、あの日、生きる事に絶望した羽衣の笑顔にそっくりだった。けれど、何かが違っていた。
「周様この花の花言葉知らないでしょう」
「知るかそんなもの。こっちだって必死だったんだぞ」
「でしょうね。知ってたら照れ屋な貴方がこれを持ってくるわけなかった」
「おい、どういう事だ」
「でも、私の気持ちはこのままです」
細い指が頬を撫でる。きっと今は調べるなという事なのだろう。
私の髪を弄び、指でそれを解いていく。ああ、憂いを帯びている。この期に及んで、自分の心配ではなく私の心配をしている。羽衣と違ったのはこれだ。彼女は今、絶望しているのではない。悲しんでいるのでもない。ただ、私を案じている。自分が消えた後の、私を。
大きく咳き込んで、千歳の息が苦しそうになる。それをどうする事も出来なくて、ただ、彼女の上に跨ったまま首を横に振る事しか出来なかった。
「時間が、もう、ないです」
「もう喋るな」
「嫌です。まだ、まだ聞かなくちゃいけない事があるんです」
「聞くよ、聞くから」
必死に自分の手を掴んで、まだと呟く姿が見てられなくて。それでも彼女は出会った時と変わらないまま、凛とした声でやっぱりこう問うのだ。
「…今憂鬱ですか?」
その問いに、私の涙腺は崩壊した。千歳の頬を濡らし、嗚咽は止まる事をしらない。
「ああ。…憂鬱だ」
君が今、私の前から消えようとしている事が。
最期まで気丈に笑って、私に好きを言わせてくれない事が。
それでもこの手を離せない事が。
「はは、私は、そうでも、ないです」
そう言って笑い私の頬を触っていた手が、緩やかに地面に落ちていった。
「千歳?」
問いかけても返事はない。紫の花が広がって、私達を包み込む。
「千歳、なあ千歳」
閉じた瞼は開かない。四つん這いになって、覆い被さったまま、私は動けなかった。
「まだ言ってない事があるんだ、ずっと後回しにしてごめん、分かってても、俺はまだ千歳にこの想いを口から伝えてない」
息を止めた彼女の姿は、まるで寝ているようで。私は彼女の胸元に頭を寄せて、募る想いをようやく口にした。
「好きだ。出会ってから今までずっと。お前が好きになってくれた前よりずっと前から。大好きだった。そして、この先もずっと、俺が恋をしたのは千歳、お前だけだったんだ」




