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アルラウネの憂鬱  作者: 優衣羽
36/43

ep.6.4


有り得ない。有り得ないはずだった。けれど、一度あった事は二度起こると、どこかの誰かが言っていた。どうして気が付かなかったのだろう。身体の弱い千歳でもそれは無いと、勝手に決めつけていたのかもしれない。


あっという間に自宅に着いて、急いで千歳のいる部屋に二人を連れて行く。この一週間、どんな医者に見せても分からなかった原因だ。どうして気が付かなかった。どうして軍医に見せなかった。もっと早く気が付いていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。



どれくらい時間が経ったのだろう。時間にすれば数分の出来事だったのかもしれないが、私にとっては何時間にも感じられた。

廊下で立ち尽くしていた私の隣で、浩二が座れと声をかけても座る気にもなれなかった。やがて、部屋から羽衣が出て来て、弱々しい声で自分の名前を呟く。


ああ、分かってしまった。その表情で。予感はあった。見た事もあった。けど、そうではないと信じたくて、その口から紡がれる言葉を聞きたくなかった。


だから千歳は言わなかったのだ。言ったら必ず、私が私自身を責めると分かっていたから。けれど、これは私のせいだ。もしもの可能性を考えず、あの日、戦場からそのまま千歳の元に帰った、私の責任だ。


「大変言いにくいですが」


羽衣が言葉を飲み込む。ああ、聞きたくない。その言葉は聞きたくない。


「幼少期にしかかかるはずの無い第二の黒死病にかかっています。潜伏期間が長かったのと、もう身体が成長しきった段階でかかる事はゼロに等しいので、他の医者も分からなかったのだと思います。…周、医者として言わせてください」


「…やめろ、聞きたくない」


「千歳さんは」



「やめろって言ってるだろ!」



「もう助かる余地はありません」


その言葉が、ストンと、心臓の真ん中に落ちた。息は止まり、暖かな風の音も、気温も、空気の匂いでさえ分からなくなる。

金木犀の蕾は風に攫われて、池の鯉はもう跳ねる事はない。


咲いた花々が枯れるのと同じように、大切な人の終わりが告げられた。


「周、貴方千歳さんに異形の血を触らせましたか。感染症によって免疫力が落ちてしまった彼女の身体が、すぐに病にかかってしまうのは分かっていたはずです。ましてや貴方はあの日、異形の母による毒物の攻撃を受けたと聞きました。そして、そのまま自宅に帰ったと。帰還後、医師の制止を聞かずにその姿のままで帰った」


世界が止まっている。羽衣の声だけが、脳内に反響している。下を向いたまま、言葉を続ける彼女は震えている。私は、今頃になって犯した事の重大さに気が付いた。


五月十日の良く晴れた日。帰還した自分に飛び込んできた千歳を思い出す。あの時は、お互いそんな事にも気が付く事が出来なくて、ただ、再び会えた喜びを噛み締めて抱き合っていた。幸せの絶頂だった。あれ以上の感動と喜びはもう無いかもしれないと思うくらいに、私は幸せに溢れていた。だからこそ、その時撒かれていた種に気が付かなかったのだと思う。


「あの、周…」


「…休みなのに連れ出して悪かった。今帰りの車を用意させる」


私は彼らに背を向けて、使用人に声をかけようとした。しかし、浩二が肩を掴んだことによって、それは制止されてしまう。


「周、お前」


「悪い。一人にさせてくれるか」


すまない、と言った自分の顔は、一体どんな顔をしていたのだろう。きっと酷く情けなかったはずだ。


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