ep.5.2
横浜奪還作戦。五月十日に制圧完了。十万を超える多大な犠牲が出たが、九条周率いる十番隊の決死の攻撃に、ついに異形の産みの親を撃破。これにより、世界に異形が産み出される事は無くなり、殲滅隊及び世界各国の防衛隊は残りの異形を狩りつくすだけになった。
この作戦での英雄、九条周、及び十番隊の兵士達は二階級特進し、帝都殲滅隊のトップに躍り出た。また、禁じられたはずの特攻爆弾、及び最終戦における十番隊のみで進撃せよと命じた西園寺国英、中院正慶の独断命令が露呈し、西園寺国英は除隊、中院正慶は降格処分と、政治の表舞台から姿を消した。
これが、報告書に書かれる内容。そして、後世に伝えられる内容だ。
間違いがあるわけではないけれど、私はどうも、英雄と崇められるのが嫌いらしい。
街を歩けば、皆が私に声をかける。凱旋パレードの時でも、紙吹雪の中、笑いながら手を振る気にはなれなかった。
隣には車椅子に座った羽衣がいる。その後ろには、車椅子を押す浩二の姿。遠くには家族と触れ合う堤の姿も見えた。けど、違う。足りない。足りないのだ。一緒に並んでいた、飄々として掴み所のない、関西弁を話す彼が。
それに気が付いたのか、羽衣が私の足を軽く叩く。振り向けば切なさそうに笑っていた。
「嫌いだったわけでは無いんです」
遠くを見つめる彼女は、民衆には笑顔を振りまいている。
「いつも正論を言いますし、戦術も力も素晴らしい人でした。性格には少々難ありでしたが、一緒にいるのに嫌な気分になるような人では無かったんです」
「あいつが聞いたら喜びそうだな」
「そこまで喜ばないと思いますよ。あの人の想い人は遠い昔に亡くなってしまったと言っていましたから。強制的に決められた関係であっても、まあ良いかなと思っていたんです。決められたレールの上を走るだけだったので。けれど、五条さんは言ったんです。先の任務の時に、もし、自分に何かあったら、梅ちゃんは思うままに生きって」
私は驚く。浩二は何も言わず、ただその言葉を聞いていた。
「多分あの人も心残りがあったんだと思います。だからこそ、私に託した。自分の分も、好きな事をして生きろって。だから、私は好きに生きてみようかなって。もうこの身体では、復帰する事すら叶いませんし、梅園家の当主としても失格ですから」
そう言って笑う羽衣に、私は罪悪感が湧く。あの時、私を庇わなければ彼女はこんな事にはなっていなかったはずだ。
「周、悪いと思わないでくださいね」
「…何でばれた」
「そりゃあ何年一緒にいると思っているんですか。分かりますよそれくらい。でも、この傷を受けたおかげで、私は共に戦い、散っていった同胞の事を忘れずに済むんです。だから良かったのかもしれません」
そう言って両足を撫でる彼女の目は優しかった。浩二がどこからかひざ掛けを持って来て、彼女の足にかけた。
「ありがとうございます」
「…あのさ、俺まだ返事聞いてないんだけど」
「返事?何の話ですか?」
「信じられねえ忘れてやがる!」
浩二が頭を抱える。凱旋パレードの途中だと言うのに、専用車の手すりに頭を何回も打ち付けている。ついにイかれたかと、周りにいた兵達は引いている。
私は彼を哀れに思いながらも、その話には首を突っ込まない事にした。
「俺言っただろ、お前が怪我して地面にひれ伏してる時に」
「ああ、言ったって何をですか?」
「だから、好きって言っただろ!」
瞬間、その声が響き渡って多くの人が彼らを見た。私は思わず頭を抱えた。
「え、いやいやでも浩二には婚約者がいるじゃないですか」
「断った」
「「はあ?」」
思わず羽衣と声が揃った。私達は目を合わせて、信じられない何言ってるんだこいつはとアイコンタクトをする。
「だから断った」
「いやいやいや、何してるんですか貴方」
「だって俺思ったんだよなー。異形の親玉を倒しました、これから先異形は現れません、後は何年かかるかは分からないけれど残党狩りだけです。じゃあさ、俺らが決められた相手と結婚しなくても、この血を、家系を繋げていかなくても、いつかは過去のものになるわけだから意味ないんじゃないかと思って。しかも梅園に至ってはもう羽衣しかいないわけじゃん。その羽衣を貰うやつは誰よ、俺しかいないだろ」
何だこいつの異常な自信は。そう思いながらも心のどこかで納得してしまった。
異形を倒すために、何世紀も血を繋げてきた家系だ。その異形がいなくなれば、繋げる意味なんて無くなるのだ。決められた相手と結婚する必要もなくなるし、何かに縛られて生きていく事も無い。私達が一を守るために全を救ったように、いつの間にか自分自身の自由も獲得していたのだ。




