ep.4.1
「冷静になれよ!」
冷水をかけられた気分だった。自隊のテントに戻るなり、乱暴に椅子を掴みそこに腰掛ける。左足は大きな音を立て振動を続けている。かきむしった頭。
浩二の声が遠くに聞こえたかと思えば、服を掴まれ頬を思いっきり殴られた。
そこでようやく、自分が犯した事の罪の重さに気づく。普段は変化のない顔も、この事態には崩れてしまうらしい。
「お前何やったか分かってんのか!」
胸倉を掴む浩二の手は、離される事はない。慌てて止めにかかる部下の姿が彼の後ろに写ったが、五条に止められ、前に出て来れないでいた。
「いいか、皆お前と同じ思いだよ。けどな、軽率なんだよお前は!」
浩二が叫ぶ。明らかに緊迫した状態なのに、私は心のどこかでこいつに怒鳴られたのは久しぶりだなと能天気な事を考えていた。
「お前が狼狽えてどうすんだよ、ここはお前の部隊だ、お前が指揮をする部隊なんだ。自爆させられた部下の為に怒るのはいいさ、ああ、俺だって怒ってるよ。けどな、冷静さを失くして手を出したお前のせいで、また兵が失われるんだぞ。これはもう決定された。今頃、西園寺達はあそこでどうやったら俺らを戦死させられるか考えてる。分かるか?これが、お前が今やった軽率な行動の結末だよ!」
目を見なくてはいけなかった。目線を合わせるのは、他人の目を見るのは嫌いだった。しかし、軍帽がいつもそれを隠していてくれた。でも、今はない。それは地面に落とされたままだ。
「浩二、何やってるんですか!」
浩二の後ろ、五条の制止を気にも留めず、医療テントから帰ってきたであろう羽衣がこちらに駆けてくる。
「来るな、今大事な話してるから」
「行きますよ、何してるんですか、皆パニックです!」
「来るなって言ってんだろ!」
浩二が怒鳴る。羽衣の足が止まったのが分かった。
初めてだった。浩二は羽衣には優しいから、一緒に過ごしてきた今までで、羽衣に怒鳴るなんて一度も見た事がなかったから。しかし、その彼がここまで怒っている。
起こした事の重大さに気が付いても、もう後には戻れなかった。
「俺は今、九条周と話してるんじゃねえ。十番隊指揮官、九条周大佐と話してるんだよ」
幼馴染としてではなく。腐れ縁でも、同期でも従者でもなく。一人の部下として。
そんな事を言われたのも初めてだった。いつだって彼は、自分を立場の違う人間として扱ったりはしなかったから。隣で笑っていてくれたから。けれど、その考えは浅はかだったと気が付く。
「…すまなかった」
小さく絞り出した声は震える。それは、悔しさで出た声なのか反省して出たのかは、自分でもよく分からなかった。
浩二はゆっくりと、私の胸倉から手を離す。その目が再び合う事はなかった。
「…頭冷やしてくる」
「ちょ、浩二、待って下さい!」
早足でその場を離れる浩二に付いて行こうとした羽衣が、五条によって止められている姿が目に映ったが、もう、その場から動く事が出来なかった。
込み上げてくるのは自分の惨めさ、愚かさ、何も出来ず、さらには事態を悪化させた。子供みたいな自分が、悔しくて悔しくてしょうがなかった。周りに集まっていた兵はいつの間にか消えていて、私は歯を食いしばったまま、涙を流した。
今まで受けたどんな傷よりも、幼い頃からの相棒が殴った傷が一番痛かった。
その日、十番隊に下された処分は、最終区における制圧を一隊だけで制圧せよとの内容だった。




