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アルラウネの憂鬱  作者: 優衣羽
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ep.4.0 オセロー



「ケシでも、悪魔林檎でも、世界中の如何な睡眠薬でも、 もう昨日までのように心地よく眠ることは出来まい」



出かけた欠伸を噛み殺した。背にクッション代わりとして置いた丸めた外套の位置をずらす。長時間座りっぱなしはどうも慣れない。腰を何度か揺らして、元の位置に戻せた事を確認し腕を組んだ。


隣の少女は、またいつもの矢絣の着物を着ている。その視線は真剣そのもので、数メートル先の舞台に向けられていた。


そういえばこの少女は、文学や芸術に触れるのが好きだったなと思い出す。私の家の庭にいない時は、大体縁側で柱に背を預け、本を読んでいる。それは一重に日本文学と言われるものだけではなく、海外の文学や図鑑、写真集など、とりあえず本の形を模していれば何でも読んでいた気がする。

私も読書はする方だが、そこまででは無かった。そして、今目の前で繰り広げられている物語もよく分からなかった。



オセロー。かの有名なシェイクスピアの書いた、四代悲劇の一つ。嫉妬に狂った男が愛する人間を殺してしまい、自らもその命を絶つという話らしいが、一体何が良いのか、私には理解が出来なかった。

狂った男の自滅物語だ。自業自得の物語だ。私は残念なことに芸術を愛でる気持ちが無いようだ。


やがて幕は閉まり、観客の拍手が鳴り響き、照明が明るくなる。さすがに拍手をしないのは失礼だろう。そう思い軽く何度か手を叩く。


「やる気のない拍手ですね」


隣に座っていた千歳が呆れている。私は拍手を止めた。


「態度に本音が出たな」


「つまらなかったですか?」


「ああ、俺にはさっぱり、この物語の真意が分からん」


「情緒のない人ですね」


正直に答えたのに、首を振られて呆れられる。


「お前は分かったのか」


「まあ、一応。この前読みましたから」


「ああ、なるほど。うちの書庫で見慣れない本があるなと思ったらお前か」


「いちいち家から持っていくのが面倒なので、あそこに置かせてもらってます」


「今初めて聞いた」


「初めて言いましたから」


「通りで、本棚の配置が変わっているわけだ」


「左から三番目、二段目からは私のスペースなので、変えないでくださいね」


「挙句勝手に自分のスペース作ってるのか…」


「でも怒らないですよね」


「怒る理由がないだろう」


「…そうですか」



まだ十一月に入ったばかりの、天気の良い日だった。突然、この劇が見たいと珍しくせがんできた千歳に付き合って、帝都劇場に足を運んでいた。私は私で、出撃前の暇を持て余していたから丁度良かったのだが。


そんなこんなで、何とまあ、珍しく。二人でどこかに出かけるという事が起きた。

普段は私が忙しいので丸一日空いている日がほとんどない。いつ出撃命令が来るか分からないから基本家にいるし、千歳も千歳で、外に出かけたいと言うような性質で無かったので、会う時は基本的に家だった。

そのため、片手で数えられるくらいに珍しい、二人で外出をする日だった。しかし、格好はお互いいつもと変わらないのだが。


「憂鬱そうですね」


「ああ、理解出来なかったからな」


「私はそうでもないです」


席から立ち上がって劇場を後にしようとした。しかし、扉を出た所で思わぬ人物と出くわしてしまう。


「あら、九条様ではありませんか」


「うわ…」


小さな声で漏らしてしまった本音は、彼女には聞こえなかったらしいが、隣の千歳は首を傾げていた。そこにはやけに派手なドレスを着た、浩二の婚約者が立っていた。


「お久しぶりです、いらしていたのならご挨拶に行けば良かったですわ」


「…構わない、プライベートだ」


「…どちら様ですか?」


私の服の袖を掴んで、千歳は彼女を見ている。ああ、そう言えば初対面だったな。もっとも、自分もこれで会うのは二度目だし、出来れば会いたくなかったのだが。


「そちらの子は?まさか、劇場に学生服で来る方がいらっしゃるとは思いませんでした」


怪訝そうな顔で千歳を見る帝都劇場の社長令嬢、桜井小鞠は扇子で口許を隠している。


殴ろうかなと思った。いや、やりかけている。これで浩二の婚約者でなければ殴っていたかもしれない。

学生服の千歳と軍服の私、このような所に来る格好ではないのは明白であった。


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