ep.3.6
向かうはあの上司のテント。目の前に立ち、制止してきた兵士に声をかける事もせずそのまま入る。そこでは、何やら会議が行われていた。止めに入る兵士を押し退けて歩む。西園寺は黙ったままこちらを見つめていた。
「言いたい事は分かってますか」
私を抑えにかかった兵士を次々倒していく。しかし、上司はこちらを一瞥して会議を再開した。
「この角度からは、十番隊のやつらに担当させる。ああ、そこは無視して構わない」
地図を広げ、まるでチェスを楽しむかのように石を置いていく。
「兵士が足りない?そんな事気にするな。あいつらは単体が強力だからな。多少の犠牲は厭わない」
「話を聞けよ!」
枯れるくらいに大声で叫ぶ。そこにいた人間が皆驚きこちらを見ている。私は兵を振り払って、長机に広げていた地図を掴み落とした。
「おい、いきなり来て何をする!」
「気が狂ったのか!」
「気が狂ってるのはお前らだろ!」
軍の貴族隊長達が立ち上がる。私の怒りは止まらなかった。しかし、西園寺は席に座ったまま動く気配を見せない。
「九条周。今は会議中だ、最重要のな。お前の奇行に付き合っている暇はない」
「西園寺国英、俺の許可なく三千人の部下を殺したのは何故だ」
もはや上司に向ける態度では無かった。
私は目の前の西園寺を殺したくて、憎くて憎くて堪らなかった。
三千人。その言葉を聞いた瞬間、他の隊長達が息を飲み、小さく悲鳴を上げたのが分かった。ああ、そうか、こいつらは知らなかったのだ。兵が足りない理由を、どうやって彼らが死んだのかを。
「あれは必要な犠牲だった」
「必要な犠牲?よく言えるな、貴様が特攻爆弾などさせなければあのような損害は無かったはずだ。俺の部下の未来を返せよ」
こちらを見ない西園寺の胸倉を掴む。怒りで手が、身体が震えているのが分かる。西園寺はようやく私の目を見た。しかし、そこに私は写っていなかった。
「お前は私の部下だ。そのお前の部下を使うのに、何の、誰の許可がいると言うのだ。ああ、言葉にして欲しいのなら言ってやろう。お前の部下三千人と、私の部下五百人は、国の為、世界の為に死んだのだ。一体何を悲しむ必要がある」
手が出た。気が付けば西園寺の身体は飛んでいて、私の右手には鈍い痛みが走る。周りは騒いでいたが、それさえも私の耳には入らなかった。
倒れ込んだ西園寺は不敵な笑みを浮かべる。私は彼の胸倉を掴み、何度も何度も拳を振り下ろす。それでも彼は笑みを絶やさなかった。
不意に、上半身を起こしてきた西園寺が、私の耳元で何かを囁く。その言葉を聞いた瞬間に、頭の中で、何かが切れる音がした。
「お前の部隊には入江達以外に貴族がいない。だからいくらでも替えが聞くんだよ。私の所の使えない貴族の端くれと、共に葬るには最適だった。ちなみに、これはお前の婚約者の兄と立てたものだ。分かるか?お前の部下を使って直接言ってるんだよ、お前に中院千歳はもったいない。彼女と結ばれ、この帝都殲滅隊を牛耳るのは私だ、お前ではない。お前はこの戦場で、部下と共に散れ」
深く被っていたはずの軍帽が、いつの間にか落ちるほど、私は本気で彼を殴っていた。ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。
「だったら俺だけ殺せば済むはずだ、俺の部下まで巻き添えにする必要なんてない、私利私欲で兵を死なせる上司がどこにいるんだよ!」
「はは、だからお前はまだまだなんだよ。私にとっての一番の駒がお前だ、なら最大限に使うのが筋だろう」
もう一度、振り被った拳は誰かに止められていた。
「ストップ、周、それ以上はまずいからストップ!」
何故か浩二が後ろから自分を抑えていた。しかし、怒りは止まる事を知らない。
「離せ、浩二、こいつが…」
「お前の気持ちは分かるけど!」
「周くん、それ以上はあかんで。君だけの責任やなくなる、部下にだって迷惑かかるやろ」
この場に似つかない、冷静な声だった。振り返ればそこに五条が腕を組んで立っている。
「君が一番死なせたないのは自分やない、部下やろ。なら止め。今ここで君が鬱憤を晴らしても、それの反撃を受けるんは君やない、僕ら含む君の部下や」
腕の力が抜けた。馬乗りで殴っていた西園寺の顔を見る。元の顔が歪むくらいに腫れた顔だった。しかし、彼は笑みを絶やさない。
「諦めろ、どちらにせよ、お前たちの進軍は決まっている。せいぜい死なないようみっともなく足掻くんだな。そうすれば私が慈悲を向けるかもしれないぞ」
浩二に引っ張られて西園寺のテントを後にする。私は前を向く事が出来なくて、真っ白な地面を見つめて歩く事しか出来なかった。頭にはノイズが流れているようで、この吐き出せない怒りに、肩を震わすしかなかった。




