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アルラウネの憂鬱  作者: 優衣羽
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ep.3.0 誠実な人だった

 


誠実な人だと思った。


まだ寒さが残る初春の出来事。自宅の応接間に通されたその人は、一風変わった出で立ちだった。

見合いだというのに、黒い軍服を身にまとっていて、頭には軍帽。深く被った帽子のつばが影になって、その人の表情は見えない。しかし、帽子からはみ出た髪は、見た事も無いような色で染まっていた。


振袖は窮屈で嫌いだった。着付けだって時間がかかるし、これを着させられた私は、大人しく、父の隣で笑っていなければならない。


もう何度目の見合い話だろうか。この家に生まれたからには好きに生きられないのは分かっていた。しかし、選ぶ権利くらいはあるだろう。

私は今までの縁談を途中退席していた。親の制止など聞くものか。一家の為の橋渡しという存在になりたくなかったのだ。恋愛なんて出来ないのは分かっている。けれど、それでも自分が利用されるという事が心底気に食わなかったのだ。


何度も見合い話を蹴って来て、遂に官僚がいなくなったのだろう、連れてこられた人は、まだ成人もしていない、私と遠くない歳の人だった。


最初はその見た目に興味を持った。帽子を頑なに外そうとしなかった彼は、自身の父に怒られてようやく重苦しい黒を外した。そして、私を見た。


青い瞳だった。見た事のない目。見た事のない髪色。隣にいた父が一瞬怪訝そうな表情を浮かべたのが分かる。しかし、私達はお互い目を合わせ、驚いた表情をしていた。瞳孔が開くのが分かる。アレは私と同じものだと。


彼の父はこちらに頭を下げながら、昔、第二の黒死病にかかり、この色になってしまったと告げる。異形は青い目だから忌むべき色だと、その人は言った。だけど、私はそうとは思えなかった。


彼だって人間だ。姿形が違おうと、たまたま運悪くその色になってしまおうと、彼だって人間なのだ。


赤い目は女神のシンボルなんて、勝利の色なんてよく言ったものだ。今、目の前にいて戦場を駆け抜けてきた青の方がずっと、勝利のシンボルじゃないか。勇者のシンボルじゃないか。


なぜ、隠す必要がある?なぜ、忌み嫌われる理由がある?


「これで生まれが悪かったら使い物になりませんでしたよ」


彼の父はそう言って笑う。私の父が隣で笑う。彼はそれを、どこか遠い出来事のように見つめていた。


私は耐えられなかった。この空間が。空気が。何もかもが。でも、今までのようにこの空間から逃げ出そうとは思わなかった。


言ってやりたかったからだ。


この二人に、彼を忌み嫌った人達に、これから彼を忌み嫌う人達に。



「生まれも育ちも関係ありません。髪色も瞳の色も関係ありません」



そう言った私に、一番驚いた顔をしていたのは目の前の彼だった。


「赤い目を持っていても、女神や勝利のシンボルと言われても、私は戦場を駆ける事は出来ません。戦う事も出来ません。ただ、祈る事しか出来ないのです。祈りはただの自己満足でしかない」


「けれど、貴方は違う。その髪で風を感じ、その目でいくつもの戦場を見てきた。そして、勝利を持ち帰ってきた。貴方のその青の方がずっと、勝利のシンボルです。勝利のシンボルと呼ばれるべきです。貴方が九条の家に生まれてなかろうが、私は同じ事を口にすると思います。貴方の青は、隠すものではありません。忌み嫌われるものでもありません。もっと誇らしいものです」


一度も目を離す事なく、私は彼にそう言った。彼の父はたじろぎ、私の父は目を見開いたままだった。真剣に思った事だった。


私には何も出来ないけど、彼は変える事が出来る。その命を散らすように、戦火の中、未来を切り拓く事が出来るのだ。私はそれを見て、祈る事しか出来ない。

その祈りがあったからこそ勝てたのだと言われたことがある。けれど、それはまやかしだ。私は何もしていない。切り拓いたのは戦場にいた人達だ。私は酷く無力なのに、大事にされて崇められる。

けれど、本当に頑張った彼は忌み嫌われる。そんな世界はおかしいだろう。馬鹿みたいだろう。信じられなかったのだ。


彼は驚いた顔をした後、私を見て小さく口角を上げ、眉を下げた。


それが彼の笑顔を初めて見た日の事。


「ありがとうございます」


それは、分からないくらい小さな笑みで。


すぐに頭を下げた彼が次に顔を上げた時には、笑顔はどこかに消えてしまっていた。


「中院様、帝都殲滅隊十番隊指揮官、九条周お話がございます」


今まで黙っていた彼は突然に背筋を伸ばし父と向き合う。


「何だ、九条少佐」


「いえ、これは軍人としてではなく、一個人としてお話した方が良いですね。すみません。九条家十五代目当主、九条周にお嬢さんを下さい」


それは、突然の出来事で。私は固まってしまった。頭を下げた彼は真剣そのもので目を疑う。


今まで出会った人の中で、こんな風に父に頭を下げた人がいただろうか。


「もちろん、お嬢さんの意向もありますので彼女の考えを一番に尊重したいと思います。彼女が嫌がるようなら、この縁談は無かった事にして頂いて構いません」


今まで出会った人の中で、ここまで私の事を考えてくれた人がいただろうか。

私はいつだって両家を繋げるためのオプションであったから、意志などお構いなしだったのに。

彼は私の考えを一番に尊重すると言った。つまり、私が嫌だと言えばこの縁談を蹴る事が出来るのだ。

そんな事初めてだった。


「…千歳、お前はどうしたい」


父は目で語る。「こいつはやめろ」。

「今まで出会った男性の中で階級は一番下。おまけに金髪と青い瞳。そんなやつと繋がっても何の得になる」。


けれど、私にとって、彼は今まで出会ってきた中で一番誠実で、私を見てくれた唯一の人であった。


「この縁談、受けさせていただきます。宜しくお願い致します。周様」


私は深々と頭を下げた。



恋だ愛だなんて、出来るはずないと思っていた。

今だってそう思っている。彼だって、私の事をどう思っているか分からない。もしかしたら、利用するだけなのかもしれない。

けれど、気にはならなかった。彼は不器用で寡黙で悪態をつく。そんな人だけれど、そんな人だからこそ、今まで会ってきた中で誰よりも、人間らしい人だったから。


もう一度言おう。

恋だ愛なんて、出来るはずないと思っていた。


私は今まで生きてきて、金銭的に不自由な生活を送った事は無いけれど、心はいつも枯れ腐っていた。成人を過ぎたら親の決めた相手と結婚して、両家の架け橋になるだけの存在。だからこそ、愛なんてもらえないと思っていたし、あげられないとも思っていた。


年頃の少女のように、恋だ愛だ、うつつを抜かす。そんな事すら出来ず、このまま利用されて上辺だけの夫婦を演じて、愛のないセックスをして子供を授かって、利用価値が無くなったらバッサリと、捨てられるのだと思っていた。



けれど、私に差し込んだ一筋の光に縋りたくなった。


いつかこの人を好きになって、陽だまりの中、隣を歩けたら。それはどれほど幸せな事だろうと。


世界でたった一人だけ、私自身を見てくれた青い瞳を持つ彼に、私は知らない感情が芽生えた気がした。


その答えが分かったのは、ずっと先であったのだけれど。


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