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アルラウネの憂鬱  作者: 優衣羽
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ep.2.5



堤に別れを告げ、行きとは違い、徒歩で家路につく。

一人になりたかった。いや、それはいつもなのかもしれない。


道中、脇道で子供たちが笑いながら駆け回っている姿が目に入った。彼らはきっと、大人になって愛する人間と恋に落ち、結ばれるのだろう。決められた人生を生きている私達とは違う。

未来は多くの可能性で溢れている。きっと誰よりも自由に生きられる。私はそれが羨ましくて堪らなかった。


もし、何も知らない子供のまま、三人で大人になっていたのなら。きっと、今とは違う未来だったのだろう。

従者の二人は従者としてではなく、幼馴染として隣に並べたはずだ。想いを我慢する事なく、傍にいられたかもしれない。私はその光景を、眉尻を下げながら眺めていたはずだ。


しかし、それでは彼女に会えないままだろう。私は本当に誰かを愛する事なく、士官学校の時のように、その場だけの関係で遊び呆けていただろう。そして、彼女に永遠に会える事なく軍人としての一生を過ごすのだ。それはそれで虚しい人生だったと思う。


きっとこの先の未来は、簡単に想像がつく。私はこのまま軍人として生きながら、彼女と愛のない結婚をするのだ。そして二人も同様に。愛のないセックスを繰り返して、世継ぎを産んだ後、若くして戦場で死ぬ。

そもそも、第二の黒死病感染者は長生きすることが出来ないから、どちらにせよ早く死ぬのだろう。

英霊として祀られるが、数年も経てば忘れ去られる存在になる。空想も現実も、虚しさしかなかった。どちらに転んでも、未来に選択肢は最初から存在しなかった。



考え事をしている間に、陽は落ち、夜の帳が落ちていた。寒くなってきた気温の中で、思うのはまた、彼女の事であった。段々と寒くなってくるこの季節だ。身体の弱い彼女は、体調を崩さないだろうか。心配なんて口に出さないくせに、頭の中では次々と出てくるのだ。


今宵は星月夜であった。星は月と同じくらいに輝いている。この狭い世界の中で、人間は何億人も死んでいるというのに、彼らの一生は星の瞬きにも満たないのだから、この命に意味はないのではないかと思ってしまう。


多くの人々が死んだ。多くの血が流れ、ヒーローと呼ばれる尊い犠牲があった。それでもまだ、半分の国土さえ取り返せてはいない。

人口は二大都市を合わせても五百万人も満たないだろう。海を渡った先の諸外国とは連絡は繋がるも、どこも同じ状況であった。世界の人口は、一体、何億人だろうか。

数世紀も戦い続けて、それでも取り返せた領土はこれほどしかないなんて絶望的だと、昔から思っていた。人類に勝ち目はない、そう心の片隅で思っている。


異形はある日突然現れたと世間に口承されているが、実際は人間が作り出してしまった異物である。


数世紀前、歴史に名を残すはずだった科学者がいた。その科学者は愛する人間を亡くし、狂い始めた。流行り病で亡くなった人間を生き返らせるため人体実験を繰り返した。

結局、生き返った愛する人は人の形を留めていなかった。当時、科学者の親友だった人間がその怪物を殺したが、遺体は海の中に沈み、海底の生物が怪物の血肉を摂取し、大きくなり、人類を襲うようになった。それが異形だった。


殲滅隊の禁書の中で、古い手記を読んだ事がある。重要文化財として残されたはずのそれを、たまたま読む事が出来たのは何かの因果だったのかもしれない。


その手記は、科学者の親友が書いたものだった。学生が書いた取り留めのない日記から、やがて大人になり愛する人と結婚し、幸せな事が書かれていただけの手記だった。しかし、誰かが気が付いたのだろう。それはアナグラムになっていた。解読された文書には、異形の成り立ちと親友の狂気、そしていつかこれを読んだ人間が異形を倒せるようにと言葉を残していた。


何と勝手なのだろう。死んだ人間には分からない。残された人間には分からない。私達は死人が残した脅威の尻拭いをさせられている。顔も姿も知らない人間がまいた種を、命をかけて摘んでいる。


この列島を取り返すまで、世界を取り返すまで、あとどれほどの人が死ぬのだろう。あとどれくらいの時間が必要なのだろう。あとどれだけの、あとどのくらい、あと、あと、あと。



「…周様?」


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