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姫さまといっしょ。

12歳にしてはえらくロリになった

 騎士っていうのは、意外と主君を選べないものなのだ。


 ラース・ジベルは、パタパタという足音で目を覚ました。

 聞き覚えのある、軽い音。子供の足音だ。誰かはちゃんとわかっている。10歳歳下の、ラースの主君だ。


 しかし……身体がえらく怠い。ベッドから起き上がろうとしたら、伸びてきた細い腕に引き寄せられた。ついでに唇を塞がれる。


「ラース、どこ!?」

 ああ、やっぱり姫さまだ。ラースは舌を入れてこようとする相手を留め、シャツを羽織った。ドアを開け、ひょい、と顔を出す。

「はい、ラースはここですよ、メリア姫さま」

「ラース!」


 ウエーブの金髪を揺らし振り向いた少女の名は、メリア。ラースの主君である。艶やかな金髪、ぱっちりした青い瞳。バラ色の頰はさながらお人形のようだ。


 彼女は飛ぶようにこちらへ駆けてきて、ラースを睨みあげた。

「どうして側にいないの! 私が寝るまで側にいて、っていつも言ってるじゃない!」

 ラースは曖昧な笑みを浮かべた。

「申し訳ありません。もうおやすみになったものかと」


 メリアはくん、と鼻を鳴らし、

「なんか……香水の匂いがするわね」

「気のせいですよ。さあ、お部屋に行きましょう、姫さま」

 ラースはにこりと笑い、少女の手を取った。


 メリア・スレイター、12歳。ここブライトンの姫であり、ラースの主君だ。黙って入ればまるで薔薇の蕾のように可憐で愛らしいのだが、なんと言ってもワガママで手がつけられない──らしい。

 らしいとは、ラースが彼女の専属騎士になって間もないからなのだが。


「いやー、おまえが騎士になってから随分楽だわ」

 そう言うのは、騎士仲間のライアンだ。ラースは食堂にて、他の騎士たちとともに食事をとっていた。そばかす顔のジェフリーが口を出す。


「だよな。姫さまはもはや、ラースのとんとん無しには寝られないからな」

「いや、別に俺じゃなくても寝るでしょう」

「だめだめ、ラースの神の(ゴッドハンド)じゃなきゃな」


 ラースがメリアに懐かれたきっかけといえば、城内で幽霊騒ぎが勃発したこと。そしてそのせいで、不安を感じた彼女が不眠症になったことだ。


 眠れなくて他の臣下に当たり散らすメリアだったが、ラースが抱っこして背中をとんとんすると、5秒で眠りに落ちた。それ以来何かあるたび、ラースが呼び出されるようになった。


 メリア姫はラースに押し付けておけばいい。みんなそう思っているらしいのだ。まあ、別にいいのだが。


「さすが、普段から女の背中を撫でてるだけのことはあるよな」

「最近は撫でてる暇ないですよ」

「嘘つけ。昨日ルナと一緒にいただろ」


 ジェフリーはこういうことに目ざとい。ちょうどルナが通りかかり、秋波を送ってきた。ラースは笑みを浮かべ、彼女に対応する。ライアンがにやにや笑いながらこちらを見た。


「色男はいいね。黙ってても女が寄ってきて」

「うち一人は子供だけどな」

 けらけら笑う同僚たちを横目に、ラースはパンを咀嚼した。


 朝食を終え、食堂を出たら、人影がすっ、と寄ってきた。ルナだ。彼女は上目遣いでこちらを見る。男の誘い方も、自分が魅力的に見える方法も、彼女は全てを知り尽くしている。


「昨日は随分忙しかったんですね。待ちくたびれて帰ってしまいました」

「姫さまが離してくれなかったので」


 本を読めだの、まだ眠くならないだの、なんだかんだ理由をつけ、やっと寝たのが午前二時半。多分メリアはまだ寝ているだろう。夜ふかしし、起床時間が遅くなるから寝れないのではないだろうか。いわゆる悪循環だ。 


 ルナは口元を緩め、

「もしかして姫さま、ラース様に恋していたりして」

「まさか。まだ子供だ」

「子供っていいわね、ワガママを言えば構ってもらえて」


 ルナの指先が、ラースの肩にかかる。耳朶に囁きが触れた。

「私も、ワガママを言ったら聞いてもらえるのかしら」

「内容に寄るかな」

 細い背中を撫でようとした時、聞き慣れた声がした。


「ラース!」

 とっさに手を離し、はい、と声を上げて振り返る。恨めしげにこちらを見るルナに悪い、とことわり、声がしたほうへ歩き出した。こちらに駆けてきたメリアが、腰に手を当ててラースを見上げる。


「どこにいたの! 呼んだらすぐ来なきゃだめじゃない」

「すいません、ちょっと用事があって」


 メリアは、小さな手でラースの腕を掴んだ。

「ちょっとこっちに来て」

「なんですか?」

「来ればわかるわ」


 彼女はラースをぐいぐい引っ張って行った。

「あっちにおばけがいたの」

「おばけ……ですか?」


 何言ってんだこの子は。ラースは怪訝な目でメリアを見た。

「だって、フードを被ってこそこそ地下室に入っていったのよ!」

 絶対におばけだ、と主張するメリアに、ラースは微笑みを返す。ああ、子供だ。子供特有の幻覚だ。ラースもよく、妖精(実際には雨の音とか)を幻視したっけ。


「じゃあ、そっとしておきましょうよ」

「えっ、どうして!?」

「おばけは騒がれるのが嫌いなんですよ」

「だっておばけは悪いものでしょう? 捕まえなきゃ!」

「いいえ、おばけにも人権がありますから、思いやらないと」


 ラースの言葉に対し、メリアは意外にも、コクリと素直に頷いた。

「そうね。わかった」

 ああよかった。いないものを捕まえる遊びに付き合うほど、こちらも暇ではない。


「見るだけにする!」

「え? ちょ、姫さま!」

 だっと駆け出したメリアを、ラースは諦念の目で見た。彼女は地下室のドアの隙間から、そーっと中を覗いている。


「何かありましたか?」

「んー、暗くてよくみえない」


 ラースはメリアの背後から中を見て、ギョッとした。地下室の階段で、侍女と料理人が抱き合っていたのだ。彼らが互いの体を弄り合いはじめたので、ばっ、とメリアの目を塞ぐ。


「ちょっと、ラース、みえない」

「あっ、姫さまちょうちょですよー」

 ラースはメリアの身体を抱き上げ、ぐるんと後ろを向かせた。そのままぐいぐいと身体を押す。


「なに。ラース、押さないで」

「おばけよりちょうちょの方が綺麗ですし、ちょうちょを追いかけましょう」

 幽霊の正体が逢瀬に向かう侍女とは、春の気配を感じる。



 騎士の訓練所に、剣の交わる金属音が響いている。ラースの目の前で、ビュッ、と剣が鳴った。

「──で、今までちょうちょを追いかけてたのか」

「ええ、姫さまは幸いにもおばけよりそちらに夢中になってくれました」

 ライアンが素振りをするのを眺めながら、ラースはぐったりとうなずく。ジェフリーは剣を磨きながら、

「12歳なら、さすがにそういう知識あるんじゃないの?」

「いや、微妙でしょう。あの姫さまですからね」


 おばけを追いかけるメリアが、そういうことを理解しているとは思えない。

「過保護だな、ラース」

 けらけら笑うライアンに、肩をすくめて見せた。


「ひとごとだと思って」

「ま、でも姫さまだっていつまでも純真無垢ってわけにはいかないだろ」

「そうだな。手取り足取り教えてやったら?」

「子供に手を出したりしませんよ」

 というかこの会話、誰かに聞かれたら完全に不敬罪だが。





 ──ねえ、ラース。私、もう大人なの。

 ──いや、姫さまはまだ12歳でしょう。

 ──ちがうわ。大人よ。だから抱きしめて、キスして。メリアの腕が、ラースの肩に回る。いつの間にか彼女は、ラースと釣り合うくらいに成長していた。彼女の唇が動く。

 ──ねえ、ラース。私のこと好き?

 ──姫さまは、子供じゃないですか。

 もし彼女が大人になったら。ラースはなんと言えばいいのだろう。


「ねえ、ちょっとラース!」

 肩を揺さぶられ、ラースはハッ、と目を開いた。

「ひ、めさま」

 ラースはメリアに目をやり、ホッとする。ああよかった。小さいままだ。メリアは唇を尖らせて、

「どうして寝るの? 私といるのは退屈?」

 一端の女みたいなことを言う。

「いいえ。ただ、絵のモデルだと動けませんから、ちょっと退屈で」


 ラースは曖昧に笑った。現在、メリアの情操教育のため、絵を描く時間なのである。りんごでも描いておけばいいものを、メリアはラースを引っ張り、自室まで連れてきた。


「退屈なら、歌でも歌えばいいのよ」

「歌?」

「そう。私、よく歌を褒められるの」

 彼女は得意げに言った。

「へえ、そうですか。歌ってみてくださいよ」

 メリアは、透き通るような声で国歌をうたった。陳腐な表現だが、天使のような歌声だ。


「素敵ですね」

「そうでしょう? ラースも歌いなさい」

「俺は音痴なので……」

「いいから歌いなさい。命令よ」

 ラースは仕方なく、歌を歌い始めた。メリアは真剣な顔で聞いていたが、やがて肩をふるわせ始めた。


「姫さま?」

「わ、笑ってないわ。あまりにも下手だからって、笑ったりしてないわ」

「笑ってるでしょう、あきらかに」

 肩をすくめたラースは、くすくす笑うメリアに、早く描いてくださいよ、と言った。


 その夜、ラースは首を鳴らしながら騎士寮へ向かっていた。昨日はあまり寝ていないし、身体が疲弊していた。早くベッドに入って休みたいものだ。寮の入り口を抜けようとしたら、木戸がかたん、と鳴り、フードを被ったルナが現れた。


「ラースさま、こんばんは」

「こんばんは」

 ルナは近づいてきて、ラースを見上げる。そうして、少しだけ首を傾げた。

「なんだか浮かない顔ね」

「ああ、ちょっと疲れたから」


 彼女はラースの首に腕を回し、背伸びをして唇を近づけてきた。ふと、視界の端を小さな影が横切った気がして、その唇を阻む。


「ラース様?」

 ルナがどうかしましたか、と問うてくる。

「いや、なんでもない」

「お部屋に行きましょう」


 腕を引かれ、歩き出すと、何かが背中にとんっ、と当たった。振り向くと、フードを被った小さな人物が立っている。

「ひ、めさま?」


 フードの下、彼女はぎゅ、と唇を噛み、片手に持ったものをラースに投げつけた。くるりと踵を返し、そのままたたた、と駆けて行く。

 ラースはしばらく呆然としたあと、足元に落ちているものを拾い上げ、首を傾げた。

「……クッキー?」

「ラースさま?」

「悪い、今日は付き合えない」

「私より、子供のほうが大事なのね」

 ルナが皮肉っぽく言う。ラースは振り向いて、

「ただの子供じゃない。姫さまだからな」

メリアの後を追った。


「こんなところにいると、お化けが出ますよ」

メリアは、例の侍女が逢瀬の場にしていた地下室の階段にうずくまっていた。ラースは身をかがめ、彼女と視線を合わせる。メリアはぷい、とそっぽを向いた。


「このクッキーは?」

 そう尋ねたら、彼女は上目遣いでこちらをみた。

「おやつ。余ったから、ラースにあげようと思ったの」

「おばけを釣る餌かと思いました」

 メリアは、フードの下からラースを伺っている。


「……あの人と付き合ってるの?」

「気になりますか?」

「べつに」


 行きましょう、と言うが、メリアは動こうとしない。ラースはため息をついて立ち上がった。すると、ズボンの裾をくい、と引かれる。

「……あの人と、キスするの?」

 メリアの青い瞳が、こちらを見上げていた。


「あの人のこと、すきだから?」

「姫さま」

 彼女は、ラースの服をぎゅっと握りしめた。

「ラースは私のなの。他の人を好きになったらだめ」

 こんなのは、ただの子供のワガママだ。ただの戯言だ。受け流してしまえばいい。なのに、メリアがあまりにひたむきな目をしていたから、ラースは返答に困った。


「姫さまは、かぶる必要ないんですよ」

「でも、みんな、被ってたわ」


 そこで、ラースは理解した。メリアはちゃんとわかっていた。お化けの正体も、昨夜ラースが何をしていたかも、ちゃんとわかっているのだ。だから、なんどもラースとルナが会うのを邪魔したのだ。


「好きな人に会うときは、これをかぶるんでしょう?」

 小さな少女の問いかけに、ラースはふ、と笑った。フードを外すと、なめらかな金髪があらわになる。

「姫さまは、かぶる必要はありません。あなたを咎める人など、いないんですから」

 少なくとも、恋に恋しているような、今は。メリアは視線を伏せ、またあげた。


「ねえ、ラース、ぎゅってして」


 ラースはメリアの背中に腕を回し、小さな身体を抱き寄せた。抱きついてきた彼女が、ドキドキする? と尋ねてくる。そういうメリアの心臓が、どくどくと跳ねていた。ラースの心臓は平常通りだ。


「はい、しますよ」

「……うそつき」

 嘘が必要なときもある。小さな背中をとんとん、と叩くと、メリアの頭が下がり始める。うとうとしながら、彼女はつぶやく。


「ねえ、あの人のとこに、いかないで」

「はい、姫さま」


 メリアは何も知らない子供ではない。だが、大人でもなかった。背中をたたいただけで、寝てしまうのだから。

ラースは寝息をたて始めたメリアを抱き上げ、部屋に運ぶために歩き出した。





 翌日、ラースはルナを呼び出し、話をした。

「会うのをやめる、って、どうして? 私、なにか不都合なことをしました?」


 彼女はショックというよりは、不可解そうな顔をしていた。

「いいや。姫さまが君のことを気にするから」

「個人的なことまで従う必要はあるんですか?」

「騎士は主君に忠誠を誓うものだよ。自分で選んだ主人でなくても」

「子供でも?」

「子供でも」

「つまらない人生だわ」


 ルナは吐き捨てるように言って去っていった。たしかに。騎士は意外なほど、好きに主人を選べない。ラースは肩をすくめ、メリアの部屋に向かって歩き出す。ノックをし、声をかける。


「姫さま、起きてらっしゃいますか」

 返事がない。ドアノブを回し、そっと開けると、メリアはまだ眠っていた。小さな手が、ラースを探して彷徨う。


「ん、ラース……」


 ラースはその手をそっと握る。無意識にだろうが、メリアはきゅ、とラースの手を握り返してきた。

「寝てると平和だな」


 苦笑して、艶やかな金髪を撫でた。メリアの気持ちがホンモノかどうかはわからない。だが、いつまでもワガママばかりでは困る。いつか、彼女は夫をめとり、この国の女王になるのだから。


 その頃にはメリアも、薔薇の蕾が咲くように、美しく成長しているだろう。ラースの庇護も必要ないくらいに、大人になっているはずだ。


 そして恋をする。自分以外の男に。それはちょっと面白くないな。ラースはそう思った。


「背中を叩かなくても、眠れるようになってくださいね、姫さま」

ラースはそう言って、小さな主君の目覚めを待った。

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