~責任をとる~
9
「あ…………」
「は、はぐれると不味いから」
「う、うん」
思わず手を握ってしまったけど、ちょっと強引だったかな。キグナスはそれまでのはしゃぎっぷりが嘘みたいに何も言わずに顔を真っ赤にしてうつむいている。
そういう反応されると俺まで恥ずかしくなってくるんですけど。
ああ、ムズムズする!キグナスの手ってこんなに柔らかくて温かいんだな。いかん、なんか下手に意識すると本当に緊張して何も喋れなくなる。何か喋らなくては
「えっと…そ、それにしてもこの蚤の市って噂になるだけあってずいぶんと色々な物を取り扱ってるんだな。」
「あ、ああ……キャラビナはダンジョンも側にあるし冒険者向けの商品を取り扱ってる商人も多いんだ。」
ひしめくように並ぶそこかしこの店で日用品やら武器防具といった品物が所狭しと並べられている。
しかし俺のお目当てはまずはキグナスへの贈り物だ。贈り物に相応しそうな物を取り扱ってる店はないかなぁ。
キグナスと二人、人混みに揉まれながらゆっくりと歩いていると俺はある露店商の前で足を止めた。
「あら、いらっしゃい。うちは色んなアクセサリーを取り扱ってるの。冒険者の人向けの特殊なアイテムもあるから是非みてって?」
なにやら踊り子のような姿をした大人の雰囲気の女性が店主のこの店ではネックレスやバンクルといったアクセサリーが色々と並べられている。俺はその中でも真っ白な宝石に花の絵柄が彫られたネックレスに目が止まった。
「あら。"生命の雪月花"に興味があるのかしら?」
「生命の雪月花?このネックレスの名前ですか?」
「ええ。東の大陸で取れる再生鉱石にスノードロップの花びらを絞った薬液を塗ってつくるの。華美な装飾ではないけど、控えめな中に芯の気高さを感じさせる美しさは、そちらのお嬢さんにぴったりだと思うわよ?」
「うん、そうですよね。絶対似合う。」
むむ、やっぱそうだよな。キグナスに似合うような気がしたんだ。
キグナスは急に話をふられてテンパったのかおろおろとしながら答えた。
「ふぇ!?……妙にキョロキョロしてたけど、もしかして僕へのプレゼントを探してくれてたの?」
「まぁ……一応。フィ、フィアンセに贈り物の1つもしてやらないと格好つかないだろ。俺だって男としてさ、それくらいしてやりたいっていうか。いつもご飯とか世話になってるし、感謝の気持ちも込めてな」
なんとなく気恥ずかしくて目線を逸らしながらぽりぽりと頬を掻く。
店主のお姉さんは微笑ましそうにこっち見てるし、俺の肩ではプヨがやれやれと言ってるような気がした。キグナスが泣きそうなくらい嬉しそうに笑ってくれる。恋愛経験豊かな人ならもっとうまいこと言って女性を喜ばす事が出来るんだろうか。
俺にはこれが限界です。あああ、お姉さんのニヤニヤした顔が恥ずかしいぃぃい!
「ふふ、羨ましい。本当は1500Gなんだけどちょっとオマケして1250Gでどうかしら?」
1250Gか……思ったよりかなり高いが、俺の財布には全財産の1600Gを持ってきたから買えなくはない。ぶっちゃけこんなに高いもの買ったことないからちょっとビビるけど、絶対にキグナスに似合う。キグナスのワンピースにこの白いネックレスがあったら絶対にかわいい。
そう思ったら俺の中で買う以外の選択肢はなかった。
「ください!……キグナス、受け取ってくれるか?」
「……はい」
なんか目に一杯涙を溜めてキグナスが感動してる。
ええと、そんなに畏まられると恥ずかしいんだけど。まぁ喜んで貰えるなら良かったかな。
俺は支払いを済ませ受け取った"生命の雪月花"のネックレスを手のひらに乗せながらキグナスを見る。
「ほら、あなたが彼女につけてあげた方がいいんじゃないかしら?」
「えっ?あー、いいか?」
「……うん、ジェイクがやってくれる?」
ネックレスの留め具を外し、キグナスにネックレスをつけてやる。なんだか妙に緊張してギクシャクしてしまったのは勘弁してくれ。
「とってもお似合いよ?」
クスクスとどこか俺達をからかうような態度の店主に別れを告げて、俺達はイソイソとその場を後にした。
こ、これは非常に恥ずかしい……大広場の入口から時計台に向かう真っ直ぐな道を少し離れれば提灯がひとつ備え付けられたぼんやりと明るい休憩用のベンチがあった。なんだか妙に体が火照っていたので、そこで腰掛けて少し休む事にする。
二人並んで腰を降ろせば同時にふぅと溜め息が出た。俺もキグナスも、お互いに同じような気持ちだったんだろうと思うと思わず笑みがこぼれた。
「はは……なんか、ちょっと恥ずかしいな」
「それなら僕だってそうだよ。こんな風に男性からプレゼントを貰うのなんて初めてだ。」
初めて?なんかちょっと意外だな、俺は知らなかったけどキグナスは今まで結婚を賭けた決闘とか申し込まれてたらしいし、男からの贈り物なんて沢山あるかと思ってた。
「ふふ、意外かい?……本当の意味で僕にプレゼントをくれる人なんていなかったんだ。自分で言うのもなんだけど、父上は高名な方だからね。高価な贈り物なんかは腐るほど渡されたけど、みんな『お父上にぜひよろしくお伝えください』なんて言葉が必ずついてくる。結局のところ、贈り物は僕ではなく父上宛の物ばかりさ」
知らなかった。キグナスの親父さんが有名な人とは聞いてたけど、それじゃ親父さんとのコネ作りに利用されてるようなものじゃないか、なんとも言えないが俺がキグナスだったら物凄く嫌だろうな。
キグナスは俺の言葉を待たずにさらに話を続ける。
「だから、そういうのにウンザリして男装を始めたんだ。父上には女性らしくしなさいと口うるさく言われたけど、反発したかったんだ。幼稚だよね、父と比べられないように実力を磨いてきたつもりだけど『お父上の血を引くだけある』なんて……どんなに頑張ってもそんな台詞ばっかり周りは言うし、正直参ってたんだ。僕はどこまで行ってもローレライという家名からは逃れられないのかなって。キグナスなんて人間はいなくて、誰もが僕にキグナス・ローレライである事を望んでる。」
そうか、俺もそういう目でキグナスを見てたかもしれない。
本人からすると嫌だったんだな、全然そんなこと気づいてなかった。少しうつむいてたキグナスは、そこで言葉を区切って改めて俺の目をまっすぐに見詰めてきた。
「でもね、僕の事をキグナス・ローレライとして扱わない人間が一人だけいたんだ。そいつはローレライ家ってなに?とでも顔に書いてありそうで、僕はどうしてかそいつが気になって仕方なかった。あんなにローレライの家名を重荷に感じてたのにローレライを知らないなんて許せなくて、そいつはいつも僕の事をローレライ家なんて知らないよとでも言いたげな面倒臭そうな目で見るんだ。正直、腹が立ったよ。僕はあのローレライ家の人間だぞって。僕の噂くらい聞いたことあるだろって。身勝手だろ?そいつは冒険者なんて絶対に向いてないのに、ちょっとモンスターに小突かれたら死んじゃいそうなくらい弱そうなのに、そいつは逃げなかったんだ。僕には分からなかった。僕が、そいつと同じ立場なら踏ん張る事が出来るんだろうか、只のキグナスだったら、そいつのように今にも倒れそうな環境で諦めないでいられるだろうかって。だから、そいつに負けた時に心から思ったんだ。ああやっぱり彼は途方もなく強かったんだって。僕なんか相手にならないくらいに強かったんだって。気がついたら、僕はジェイクの事が好きで好きでたまらなかった。」
屈託なく微笑むキグナスを見て、なんだか俺はようやくキグナスの気持ちが理解できた気がした。
今まで周りの奴はキグナスではなく親父さんの事ばかり見ていたから、キグナスはきっと自分をみてくれる人が欲しかったんだろう。
意地を張って一生懸命がんばって、誰かにそんな自分を認めてほしかったのかもしれない。
俺は、そんなキグナスの願望を何の因果か叶えてしまったわけで…………
「キグナス」
「ん?なんだい?」
「このクエスト終わったら、親御さんに挨拶でもさせてくれよ。」
「えっ……」
「俺の実家は田舎だから別に行かなくていい気はするけどさ。嫁さんもらうなら、まぁ……挨拶くらいはしないと不味いよな。俺は金持ちでも将来性があるわけでもないから、反対されるかもしれないけど…絶対に親御さん説得してみせるからさ。結婚しよう」
「…………ジェイク……いいの?」
「ああ」
「不器用だし、恥ずかしくてまた殴ったりする事もあるかもよ?そんな僕でいいの?」
「なんだよ、いつも結婚結婚ってうるさいんだから今更そんなに確認するなよな。俺は、お前と、キグナスと結婚したい。いやか? 」
「ううん…そんなことない、そんなことないよ。幸せに、してね?」
俺も男だ。田舎の父ちゃん母ちゃん弟よ。俺、この任務が終わったら結婚するんだ。
ちょっと年齢的に早い気もするけど祝福してくれよな!嬉し涙を流す嫁さん(予定)の肩を抱き締めながら、キャラビナの夜は深まっていった。空気を読んだのか大人しく俺の肩でちょこんと佇むプヨがなんだか俺達を祝福してくれてるような気がした。