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トークショック 小林  作者: タヌキ
1/1

因数分解

俺、加藤純一のクラスには、小林という男がいる。今から話すのは、その男の日常だ。男の俺が男の日常を話すなんて、自分で言ってて気持ち悪いが、まあ最後まで聞いていただければ幸いだ。

勘違いしてもらっては困るから、もう一度言っておく。これはヒーローが世界を救う話ではない。シリアスな物語でもない。ヒロインとキャッキャウフフな話でも断じてもない。これは小林という男の、日常の話である。



一時限目 因数分解


「えー、ここにこの公式を代入して…」

俺が通うここ、青白高等学校にその男がいる。小林和也。身長も体格も服もごく普通のこの男。よく見るとイケメンにさえ見える。黙っていればさぞモテただろう。しかし、中身が全てを台無しにしている。

「じゃあ、ここの問題を…」

どう普通ではないかというと、言葉にするのは少し難しい。こればかりは、見てもらうのが早いだろう。

「じゃあ、小林君」

そう、たとえばこの日。二年最初の授業のことだ。

ここでの不幸は、担当の先生が新しく入った研修生だったということだろう。彼女が小林のことを知っていなかった。それが全ての元凶だった。


「…呼んだな、この俺を、この小林を!!」

叫び立ち上がる小林。下を向き凍りつくクラスメイト。呆然とする先生。もちろん、俺も例外ではなかった。

「いいだろう! 久方ぶりの指名だ、存分に暴れてやろう! さあティーチャー、オーダーを!!」

言いながら教卓に歩く小林。先生はまだ状況を飲み込めていないようだ。

これから起こることを、俺たちは一年の時に経験している。そして関わらない方がいいことを、いや、関わってはならないことを知ってた。よって、何も知らず小林を当てた先生に同情を抱かずにはいられなかった。

「こ、小林君? 随分個性的な、生徒、なのね? この問題を、やってくれるかしら?」

先生は黒板を指差す。そこには、簡単な因数分解の問題があった。

「これを、解けと?」

「え、ええ。それと小林君、先生には敬語を使わないと…」

「フフ、フフフハッハハハハ!!」

「えっ、何!?」

突如高笑いをする小林に困惑する先生。他の生徒に助けを求めたそうな顔をしている。しかしこうなってしまっては、俺たち生徒には机を見続ける以外、何も出来ることはないのだ。

「わかっていないな、ティーチャー! 俺にこの手の問題は解けん! 何故なら! 我が成績は常に! 一本の直線しか刻んでいないのだから!!」

「ちょ、直線? ってオール1ってこと!?」

そう、小林は中身がダメなのだ。それはつまり、頭がすこぶる悪いということでもある。

「わ、分からないってことでいいわね。じゅあ他の人に…」

「しかし!!」

「ひっ!」

「不可能を理由に逃げていては.何も変わらん! 何よりつまらん!! ティーチャー! すまないが手解きをしていただきたい! 必ずや解いて見せよう!!」

「え、ええ!?」

ここが小林の面倒な所だ。

彼はやる気がないのではない。一度指名されれば問題を解くまで席に戻ることはない。しかし忘れてはいけない。彼は恐ろしく底無しのバカなのだ。これまでに問題を解けたことは一度もない。


「え、ええと。先ずはこの公式に代入して」

「待て、なぜここで×2がくる。2乗ではなかったのか!!」

「で、ですから、公式というものがありまして…」

「理解できんことは納得できん!! 先ずはその公式とやらから頼む!」

「その授業は前回に終わってるはずなんですけど…。教科書のここにあるように…」

「…フ、フフ。ハッハッハ、ハーハハハ!! わからん、まるでわからんぞ!! ハハハ…」


先生と小林のやり取りはまるで進展がない。終いには、小林の笑い声が響くだけになった。

しかし、永遠に続くかに思われるこのやり取りにも、きちんと終わりはやってくるのだ。


キーンコーンカーンコーン


そう、授業の終わりである。

「おっと、ここまでか。残念だが、この問題を解くことはかなわなかったようだな」

小林は、今までの高笑いなどなかったように席に戻ると、持ち物をまとめて教室を出ていく。

「かのウィル・デュラントはこう言っている。勉強とは自分の無知を徐々に発見していくことである、と! この式を、俺はついぞ解けなかったが! しかし! 自分の無知をまたひとつ知ることができた! よって礼を言おう、ティーチャー! この一時間足らず、実に有意義であった!! では、また来週! クハハハ…」

高笑いを残し、次の教室へ向かう小林。彼に向かって先生の彼女はこう呟くのだった。

「もう…こないでください」

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