一匹オオカミ宣言
「転校生、来るらしいで」
始業式の日の朝、有森淳一が顔を合わせるなりそんなことを言い出した。
遠藤翔は、しれっとそれに返事をする。
「そういうの高校では、転校やのうて編入っていうんよ」
編入生が来るという情報を聞いても、今さら驚くほどではない。こんな小さな田舎町では、そんな噂はあっという間に広がってしまうのだ。
「東京の、なんて言ったっけ? 梅宮学園?」
「梅ノ宮学園な」
「頭がいいって有名なところやろ? どうしてそんなエリートが、わざわざこんな田舎に来るんや」
「さあな」
会話が途切れたところで、それまでずっと黙っていた柳川陽が、口を開いた。
「僕、その人と会うたよ」
翔と淳一は同時に陽を振り返る。
「は?」
「ほんまに?」
陽は微笑みながら言う。
「嘘なんかつかんよ」
翔と淳一は、顔を見合わせる。淳一が険しい顔をしていた。おそらく自分も同じ表情をしているのだろう。少なくとも、考えていることは間違いなく二人とも同じだ。
陽は小さい頃から、ずば抜けて器量が良かった。
個人的な意見ではあるが、翔は、後にも先にも、ここまでの人間には出会えないと思っている。幼馴染でなかったら間違いなく、畏れ多くて会話もできなかっただろう。実際、同級生の多くは、彼を高嶺の花のような存在として扱っている。
しかし、世の中には多種多様な人間がいるものだ。
特に陽は、常人の理解を越えた独特の感性を持つ変人――いや、危険人物を、惹き付けてしまうことがある。しかも恐ろしいことに、陽は自分の器量の良さに全く無自覚で、性善説のもとにのほほんと生きているから、危機察知能力など皆無なのだ。ちなみに少し前まで、食べ物をくれる人に悪い人はいないと思っていたようだ。
こんなことをいうのは大袈裟だが、そのうち陽が犯罪にでも巻き込まれるんじゃないかと、翔も淳一も心配で心配で仕方がない。
そうだ。危険人物は、早いうちに遠ざけてしまった方がいい。
これが二人のたどり着いた結論である。
しかし、こちらがよかれよかれと思ってやっていることが、陽にしてみれば余計なお節介らしい。二人の表情を見て、顔をしかめる。
「二人とも、ちょっと僕に過保護やない?」
新しい人に会うたびお前らが追い払うけん、僕は友達が少ないんよ。そう言って陽はいっそう不満げに顔をしかめた。
「で、その編入生ってのは、どんな奴?」
淳一が訊ねる。陽は不満げなまま答えた。
「普通の人やで」
「お前の普通の基準を信用できんわ」
「……一昨日、夕方に雨が降ったやろ? 僕はその時、配達の帰りで、その人がびしょ濡れになっとるのを見つけて」
「びしょ濡れ……?」
「いきなり降ってきたし、荷物もたくさん持っとったし、猫も拾うてたし」
「猫……?」
「捨てられとったんよ。黒猫。で、声かけたら、僕の顔見てびっくりした顔して、なんか言われたけど」
「何言われたんや?」
「雨も降っとったし、よう聞こえんかったけど、なんかしたいみたいな」
「し、したい……?」
……絶句。よくは分からないが、何か良からぬことに違いないのだけは分かる。やはり、陽の普通の基準を信用してはいけない。
「そいつ、何したいかわからんけど、間違いなく危険人物や。今後一切近づくな」
「まだわからんやろ? 何をしたいのかにもよるやん。それに、猫を大事にする人に悪い人はおらんよ」
「またお前はそんなことを……」
「でな、その後、うちで雨宿りさせて」
「連れて帰ったのかよ!」
「当たり前やろ。見捨てるわけにはいかんし、まだまだ寒いし風邪ひいたらかわいそうやし」
「……なんもされとらんよね?」
「……淳は何を期待しとんの。何もされんよ」
陽はあきれたようにため息をつく。
「店には姉さんもじいちゃんもおったし。転校生、あ、編入生か、すごくびしょ濡れやったけん、お風呂貸して、雨が止むまで待ってもらって。子猫もぐったりしとったし」
「なんか話したの?」
陽は首を横に振る。
「あんまり。寡黙な感じの人やった。名前と、うちの高校に来ることくらいしかわからんかったよ」
「……ふーん」
翔と淳一が相槌を打ったところで、チャイムが鳴った。がらりと教室の前のドアが開いて、担任と、ここの高校のではないブレザーの制服を着た男子生徒が現れる。あの人や、と陽がささやいた。翔はじっとその編入生を観察してみる。
確かに、社交的とか明るいとかといった形容詞は似合わなそうだった。無表情のまま、教室の顔ぶれを窺っている。陽の姿を認めた時はほんの少し目を見開いたが、それ以外は一切顔色を変えなかった。
担任が、教室を見渡して言った。
「今日からこの学校に入る、箱崎葵くんや。じゃあ、一言」
箱崎葵と紹介された編入生は、促されるまま、一歩前に出た。
そして、言った。
「あんたたちに世話になる気はない。たかが2年の付き合いだし、お互い後腐れないよう僕には一切構わないでいただきたい」




