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第3話

 昨日遊べなかった分、俺達は二人で繁華街を満喫した。母親と一緒に住んでいた場所は田舎と都会の中間のような微妙な場所だったこともあって、はっきりと都会を感じさせる繁華街は俺の目に魅力的に映った。同時に、村だった時期のことを懐かしんで少し切ない気持ちにもなった。


 再度説明する形になるが、神月市は三年ほど前に五つの町村が合併して出来た市である。その五つは、いずれも大きな町や村ではなく、具体的な数字はわからないが人口もそれほど多くはなかった。五年ほど前から、満月(みつき)コーポレーションが先導して市を名乗るに相応しい施設や建物を金銭に糸目をつけずに建てまくったのだという。


 結果、それは無駄金になるどころか大成功を収めたことは間違いない。市になる頃には高さは控えめなもののビルなどの建物がそれなりに立ち並び、近代的な町となったわけだ。むろん、自然は犠牲になったわけだが。


「……そういえば神社はどうなったんだ?」

「神社って、神月神社か?」


 両親が別居を始める前、つまり俺がまだ村に住んでいた頃だが、(すみれ)と、もう一人女の子と三人で一緒に遊んでいた小さな神社があったことをふと思い出した。場所はさすがに覚えていないし、景観が変わった今では思い出しようもないが、森の中にそれはあったはずだった。


「うーん、どうなんだろうな?」


 (すみれ)は俺がいなくなった後は、その神社に一切行かなくなってしまったらしい。三人で遊ぶのが楽しかったんだから、とのことだ。大規模な都市化が進んだとはいえ、神社を潰したりはしないだろうと信じたいところだが、はてさて。


 ――三人で遊んでいた。そういえば。


(はるか)はどうしたんだ? 元気にしてるのか?」

「……兄貴がいなくなったあと、(はるか)姉ちゃんともめっきり会わなくなっちゃってな。私だって知りたいくらいだよ」


 俺達の保育園時代の友達の一人、(はるか)。俺と同じ歳で、ものすごく面倒見が良い女の子だったと記憶にはある。菫もその子に懐いていて、少しばかり嫉妬を覚えたものだ。


 俺がいなくなっても、(すみれ)のことは(はるか)が支えてくれる。幼いながらそんなことを信じて母親と共に出て行ったものだが。身勝手といえば身勝手な考え方だし、(はるか)にもきっと何らかの事情があったのだろう。


 言われてみると、(はるか)のことは(すみれ)の手紙には一切書かれていなかったな。こっちも(はるか)はどうしてるか、なんて聞かなかったしな。


「わっ」


 どん、と音がしたかと思うと、(すみれ)の長い前髪が口の中に侵入してきた。(すみれ)本人はというと、自分の身体が倒れ込まないように、俺の胴にしがみつく形で支えている。


「あぁ、すみません」


 (すみれ)の拘束から解放されると、妙に色気を感じる男の声を感じた。その男は俺と同じように黒色のパーカーを羽織り、黒みのかかったジーパンを履いていた。違いはというと、パーカーにジッパーがついていることと、ダメージを負ったジーパンであること。


 そして何よりも、顔半分を覆うオペラマスクを着用していることだ。


「あ、いえ、こちらこそ……」


 (すみれ)が顔半分のそれに動揺を隠せない様子だというのは、別に俺でなくとも声色に現れていることから明白だったであろう。失礼に値しないか、と不安だったが、男の方はどうもそういった奇異の目で見られることは慣れっこらしく、苦笑してみせた。


 男とのやり取りはそれだけだった。それだけだったのだが、何故か強く印象に残ってしまった。


「何だろうな、あのマスク」

「いやー、最近は面白いカッコしてる人多いよ。珍しくもない。ゴスロリの服を来た人とか、翼の生えた服を来た人なんてのもいるし。全裸の男の人なんてのもいたな。とっ捕まったけど」


 ――それは単なる露出狂だ。




 楽しい時間はあっさりと過ぎ去ってゆくものだ。晩御飯を作った後、(すみれ)の要望によって明日から行く神月学園の制服を今着用してお披露目することになった。なんでも(すみれ)は神月中学校の剣道部に入っているらしく、全国大会常連校ということもあって朝早くから練習をしているらしい。一番最初に見たいから今着てくれ、とのことだった。


 制服のサイズはほぼぴったりだった。なんでも、身体の成長に合わせてある程度までなら伸縮する素材を使っているらしい。満月(みつき)コーポレーションが相当の金をかけて量産したものだという話だ。学校にかける情熱は見上げるものがあるな、と感心せざるを得ない。


 肝心のデザインだが、可もなく不可もなく、だった。ワイシャツに黒のブレザー、スラックス。若干奇抜にも思える(だいだい)色と緑色が交差した指定のネクタイ。夏服の場合は、このネクタイとブレザーの着用は強制ではなくなり、スラックスの生地が薄くなる。


「……いいな」


 リクエストの主の第一声はそれだった。口数が少ないのは、感触が悪かったわけではないということは、俺の能力が如実に教えてくれている。むしろ好感触であり、『褒め言葉が見つからない状態』なのだろう。


「俺の制服姿を見て感動してるなんて、親か(すみれ)は」

「あのなあ。十年近くも離ればなれになってたんだぞ私達は。こういうことには心動かされるものなんだよ、わかるだろ?」

「……まあ」


 母親は今の俺を見たらなんて言ってくれるのだろう。褒め言葉のボキャブラリーには事欠かなかった人だ、一時間ほどかけて俺のことを褒め殺ししていたに違いない。母親は以前の町の共同墓地に眠っているが、時間が出来たらこの制服姿を見せに行こうと思った。


 ――父親は、俺の制服姿なんてどうでもいのだろうな。いや、アイツについて考えるのはやめよう。負の感情に支配されても(すみれ)を困らせるだけだ。


「よし、今日は一日中そのままでいてくれ。あ、写真も撮っていいか?」

「そのままはダメだろ、服がよれよれになる。写真? 何に使うんだよ」

「そりゃあ、ケータイの待ち受けにするんだよ」

「ブラコンにもほどがある」

「ブラコンじゃねーし! ひどいぞ兄貴!!」

「自覚がないのかお前は」




 (すみれ)と共に過ごす時間。母親と過ごすのとはまた違った、楽しくて暖かいものであるように思えた。だが楽しく感じれば感じるほど、この空間にどうにかしてあの父親も叩き込めれば、と考えてしまう。


 町を騒がせている連続殺人事件を、(すみれ)を悲しませないように気を配りながら自力で解決しなくては。俯瞰(ふかん)してみればとても敷居が高そうな目標を設定しつつ、俺は明日からの学園生活に臨むのだった。

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