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第10話

「ちょっと(こう)さん、それはさすがに……!」


 俺とほぼ同じ心境を、絵里(えり)姉が代弁してくれた。まったくもってその通り。俺と親父が真剣で戦えだって? 一体何のためにそんなことしなければいけない。この数日間の特訓の最終段階だと主張するにしたって、真剣である必要がない。まさか、ここで俺が死ぬか親父が死ぬかしないといけないとでも言うつもりだろうか。


 混乱しながら俺は親父の顔を見つめる。赤黒い刀の切っ先を向けてくる親父の表情からは、冗談やウソを言っている雰囲気は一つも感じられなかった。本気で俺と戦おうとしている。刀で今俺が持っている【神威(かむい)】を差し、早く構えろと(うなが)してくる。


「本当の本当に、本気で言ってるの!? 姉さんが聞けばなんて言われるか!」

「やれやれ、絵里那(えりな)。お前も(はやぶさ)家の剣豪ならば気づいているものだと思ってたんだがな」


 肩を(すく)めながら、親父は閉まっている出入口の方を見やる。俺もつられてそちらの方を見ると、戸が半開きになっていることに気がついた。閉めたのは俺だが、ちゃんと閉めたはずだったのに。何故開いているのだろう。


 その疑問が解決されるのに、それほどの時間を必要としなかった。大声を上げながら、紫色の閃光とも呼ぶべき何かが、親父に向かって突撃していく。お袋だった。両手には長い刀と短い刀をそれぞれ左と右に構えており、どちらも電灯に照らされて鈍く銀に光っている。持っているそれは真剣なのだと、俺の勘が告げていた。


「お袋ッ!!」


 制止させようとする俺の声に気を取られることもなく、お袋の剣は親父目掛けて二本の線を描く。破れかぶれの攻撃とも呼べるそれに親父は瞬き一つせずに、【金剛(こんごう)】一本だけで軽やかにそれを受け止め、流してみせた。


 受け流されたお袋の体勢は崩れ――ない。後方に軽やかに一回転しつつ着地し、再度剣を構えなおすのにかけた時間は一秒未満、再度親父に向かって攻撃を試みる。しかし二度目も同じようにはしなかった。


 親父の顔面目掛けて、短い方の刀が飛んでいく。立ち上がる直前にお袋が投げたのだろう、軌道は斜めだった。だが、顔を左に逸らして簡単にも親父はそれを避けた。飛んでいった刀は振動しながら天井に突き刺さる。その間にお袋は親父に至近距離まで接近しており、左に構えた長い刀を横に薙いでいた。


 食らえば致命傷を免れない攻撃を、親父は飛んで避ける。飛びながらお袋に近づき、【金剛(こんごう)】を勢い任せに振り下ろした。縦の太刀筋はお袋の紫色の着物に掠めたが、傷を負わせるのに至らなかった。お袋はニヤリとほくそ笑み、刀を両手に構える。


「ほう」


 感心したように親父もまた同じように笑みを浮かべると、同じように両手に構える。先程までの激しい攻防はどことやら、両者共睨み合ったまま動こうとしない。しかし、二人の間には重たい重たい緊張感があった。


 ――勝負が決まるのは、次の一瞬。


(こう)ッ!!」

紫音(しおん)ッ!!」


 互いの名を呼び合い、二人は同時に刀を大上段に構え、覇気を帯びた声と共に力強くそれを振り下ろした。その瞬間、俺は目を疑った。夢でも見ているのかと錯覚した。二人の持つ刀が、青白い炎のようなエフェクトを帯びているように見えたからだ。


 結論を言うと、それは錯覚でも幻覚でもなんでもなく、現実のものだった。刀に帯びられたオーラのようなそれは、振り下ろされた衝撃に呼応して音を立てながら攻撃対象目掛けて飛んでゆく。二人の放ったそれはぶつかり合い、轟音を立て、空気を振動させて、やがて相殺(そうさい)された。


「……引き分けか。しかし本気で殺しにかかってくることはないだろう紫音(しおん)

「忘れたか。私とお前は元々ライバルだったのだぞ。命を奪い合う、な」


 肩で息をつきながら、口喧嘩を交わしているらしい二人の表情は、何故かどことなく晴れやかだった。それを俺と絵里(えり)姉はぽかーんと見ているほかなかった。


「よほど怒っていたみたいだな。優也(ゆうや)に本来の剣術を叩き込んだこと」

「当たり前だ。優也(ゆうや)を産んだとき言っただろ。(つごもり)の干渉があろうと、この子だけは巻き込むまいとな。永遠に続く負の連鎖に足を踏み入れさせたくないと」


 ――永遠に続く負の連鎖。


 恐らく屍鬼(しき)関連の話なのだろうが、何故そのような穏やかではない表現の言葉が出てくるのかは俺にはわからなかった。


 そんな不明なことよりも、俺には気になることがあった。何故お袋が突然現れたのかでもなく、何故真剣で突然戦い始めたのかでもなく――


「しかし、これは優也(ゆうや)本人が望んだことだ」

「それもわかっている。だがな――」

「結局命を懸けて戦う宿命からは逃れられなかったんだよ。受け入れなければならないのならば、やれることをやるしかあるまい」


 空気が読めないかも知れなかったが、放っておけば二人の話がいつまで続くかわからない。俺はその会話を引き裂くことにした。


「――なあ、親父、お袋。今二人が出した、オーラみたいな攻撃は何なんだ?」


 あの攻撃から結構離れていた位置にいたはずだったが、俺にも少なからず衝撃があった。よほどの高威力だったというわけだ。それを踏まえて思ったことが一つある。


 ――あの技を俺も使えるようになれば、俺の剣術はより洗練される。


 それだけじゃない。明らかにあの技は普通ではない。俺が求めていたものそのものだ。非日常の象徴だ。そう思うと、以前そうなったとき以上の高揚感が絶頂に達するのを感じるのだった。


刀気(とうき)、という」親父がそう答えてくれた。

「……刀気(とうき)

「お前に【神威(かむい)】を渡し、手合わせしろと言ったのはもちろん刀気(とうき)を会得してもらうためだ。どう説明しようか悩んでいたが、紫音(しおん)が来てくれて本当に助かった」

「私は助けるつもりでお前に攻撃したわけではないのだがな」


 お袋は口を尖らせている。一歩間違えていたらどっちかが死んでいたかも知れないだけに、笑うに笑えない。きっと今の俺は神妙な表情をしていることだろうな、と思った。


水無月(みなづき)(はやぶさ)のハイブリッドのお前なら、会得も難しい話ではあるまい。ただし、これは今日中にマスターしてもらわなければならない」

「今日中……」


 明日学校が休みだとはいえ急にハードスケジュールになったな。しかし、そこまでしなければ屍鬼(しき)には到底太刀打ち出来ない、ということなのだろう。


 やってやる。俺は拳をぐっと握り締めた。

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