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第2話

「……兄貴。もうやめよう? やめてくれよ」


 昨日の一件から、俺は神月市で起きている事件について可能な限り調べてみた。情報を仕入れるのに使ったのはインターネットとテレビだけだから、一般人であれば誰でも入手できるものと言ってしまえばそこまでだ。


 しかし、俺には何が何でもこの事件を調べたいという欲求というか、執念があった。父親に遭遇していなければ、どうでもいいと切り捨てていただろう。


 ――断片的にではあるが、わかったことはいくつかある。


 黒澤(くろさわ)さんが言っていたとおり、被害者は今までで六人、昨日ので七人目だ。殺人が起きる時期は不定期で場所も様々だが、共通して神月市内で発生している。その全てに外傷らしいものは見当たらない、というのも見過ごすことが出来ない共通項であるといえるだろう。


 だが、共通部分はそこまでだ。被害者の年齢も学生から年配の方までとバラバラだし、性別もどちらか一方に偏っているわけでもない。名前に共通点があるかどうかも調べたが、半数以上に『ら行』が入っているくらいで、それを理由に殺し回っているとは考えにくい。職業などにも共通点は見られない。


 しかし単なる事故死であると片付けられない事情もそこには存在している。被害者の表情だ。何かを恨めし気に睨みつけているような感じ、とネットのニュースや掲示板には記載されている。被害者全員に当てはまるわけではないようだが、加害者の存在を信じるには十分すぎる材料だ。


「兄貴!!」


 テレビの電源を(すみれ)によって無理矢理消され、答えが出ないであろう俺の推理タイムは強制終了と相成った。(すみれ)は涙目になりながら俺の首根っこを掴みかかってくる。


「なんでそんなにムキになってるんだよ兄貴ッ」

「いいから離せよ(すみれ)

「どうせ対抗しようって考えてるんだろ? 親父の態度にムカつく気持ちはわかるけど、兄貴には無理だッ」


 対抗しようと考えている。まさにその通りだった。


 七人も死者を出している以上、この事件は迷宮入り寸前だというのは間違いなく、しかし次々と被害者が出ている現状で捜査を打ち切ることも出来ない。直接聞いたわけではないが、大方そのような事情なのだろう。


 父親が必死になっても解決できない難事件を、この俺が解き明かしてしまえばどうなるか。地位だけ高い父親の尊厳が失われてしまう可能性は十分にあり得る。そうなれば嫌でも、俺達と、そして死んだ母親と向き合わなければなるまい。腐った父親を引きずりおろすためには自分が動くしかない。


「……無理だと?」

「わかってるだろ、警察ってのは専門家だッ。専門家が命かけて仕事してどうしようもないものを、どうやって兄貴が解決させられるんだよッ」

「専門じゃないからこそ、出来ることだってあるだろう」

「は? 例えば?」

「たとえば――」


 まだ俺には試していないことがある。実際にこの目で見て、耳で聞き、確かめること。ネットやニュースだけでは集めきれない情報を見つけ、集めた材料を元に推理を組み立てて真相を見つけ出す。一連のプロセスをやってみる価値はあるだろう。


 愚かしい探偵ごっこの域を出ない、と笑われてもおかしくないようなことだ。笑うどころか怒っている菫の考えもそういう話だろうが、それでも俺には愚行を可能にするだけのある能力を処世術として身に着けている。


「私はな、兄貴に余計なことして欲しくないんだよ。もしも下手に首を突っ込んで、巻き込まれて死んだらどうするんだよ」

「それを野次馬根性走らせた(すみれ)が言うのか」

「それとこれとは関係ないだろ」

「――それに」


 はっきり指摘する必要はないかもしれない、とは思ったが。


「……それに?」

(すみれ)の本心はそうじゃないだろ」

「ど……どういうこと、だよ」


 図星を突かれた、と言わんばかりに目を見開いている。小さい頃からそうだったような記憶があるが、この能力を身に着けてしまった今となってはよりわかりやすい。そんな(すみれ)に愛しさを覚えながらも、自分の目的のため、言い切るしかなかった。


「お前は寂しいんだ。俺が父さんと同じことをしているように見えるから」

「……寂しいだ?」

「事件のために奔走しようとしている俺と父さんが被って見えているんだろ」

「…………」


 うなだれる(すみれ)。少し時間を要したが、いろいろと悟ることがあったのだろう、力なくうなづいた。


「……私を一人にしないでくれよ。叔母さんはあの調子だし、兄貴が来るまで、私、一人ぼっちだったんだぞ」

「一人にするつもりはない。結局は探偵ごっこなの、(すみれ)にだってわかってるだろ。仕事じゃないんだからそれに縛り付けられることはありえない」

「…………」


 (すみれ)のことだから、俺が父親と似ているなんて口走ってしまったら兄妹関係が壊れてしまうことを恐れたのだろうと思う。だが、隠そうとすればするほど、俺にはわかってしまう。たとえ知りたくなくてもだ。


 俺が処世術として身に着けたのは、ウソをついている人物の心の動きを読む、という能力。ゲームや小説に出てくるようなぶっ飛んだ力ではないし、正直ない方が助かる。特に母親の今際の際に痛感したのは記憶に新しい。


 しかし、探偵ごっこを進める上での能力としては役立つものではないかと考えている。さすがにどうウソをついているかまでは読むことは出来ないので、その点だけは推理をするだけの発想力が必要不可欠となるわけだけども。


「……デート」

「デート?」

「デートだ。今日はデート。明日からは私も学校だし、それで手を……打ってやる。兄貴が学校から帰ってくるまでの間に文句を言う権利は、私にはないけど」


 声と手が震えている。表情を見せまいと、長い前髪で目元を隠している。


「だけどな、せめて休みの日くらいは……私と一緒に居てよ。お願いだから」

(すみれ)

「ブラコンだって笑われてもいい。でも、私頼れるの兄貴しかいないの!」


 ――俺には母親がいた。母親はとても優しかったし、俺の悩みや愚痴を聞いてくれたし、死ぬ間際まで俺の身を案じてくれていた。でも、菫はどうだっただろうか。仕事廃人の父親と、ある程度面倒を見てくれたとはいえ、結局おかしくなってしまった叔母さん……。


 考えるまでもない、(すみれ)は俺以上に大変だったのだ。俺の方が、ずっとずっと恵まれた環境にあった。


「……わかった」

「兄貴……わがままでごめんね」


 孤独感を味わうことの辛さを、俺はよく知っていた。父親への報復を考えるあまり(すみれ)を置き去りにしようとしていたことを、理解していなかったわけではなかった。それでも(すみれ)なら耐えてくれる、そう考えていた俺がいたのだ。なんて傲慢で浅はかなのだろうな。


「俺が悪かった。今日はデートに行こう」

「……うん。ありがと」


 しかし、探偵ごっこで父親を引きずりおろす策を諦めたわけではない。所詮子供の浅知恵でうまくいくかどうかわからないが、それでもやってみる価値があるのだと確信して言うことが出来る。


 ――新たな学園生活の合間でもいいさ、あの冷酷な父親に反省と後悔する時間を何としてでも与えてやらなければならない。

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