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第3話

 眠気で頭が回らない水曜日、うちのクラスにちょっとした事件が起きた。といっても、睦月(むつき)ちゃんに続いて誰かが誘拐されたというわけではない。むしろ起きた内容は逆だ。


 レイチェルが登校していた。睦月(むつき)ちゃんと同じく誘拐事件の関与を心配されていた大企業社長令嬢サマは、神月学園のものではない制服を着て、以前から少し伸びた程度で他に変化は見られない金の髪をツインテールに結び、俺の顔を見て「おはようございますわ」と頭を下げた。


 おはようございますわじゃないだろう。俺が言うと、ほぼ同じことをクラスのみんなに言われたのだと微笑んだ。聞くと、レイチェルは学園側に事情を説明して休みをとっていたらしい。父親の会社に関する理由でみんなには詳しくは言えないですけれど、と説明を締めくくられた。それにしては加藤(かとう)先生は本気で心配していたような、と疑問符が浮かんだが、うちの担任はドジっ子やからな、という寛貴(ひろき)の言葉でなんか納得してしまった。


 朝はそのことで騒然とした。だが、特に担任から詳しい説明もなかったこともあって、レイチェルがその場にいるのは当たり前であるかのように空気がいつも通りになり、半日が過ぎた。もう一つの事件は、あまり注視されなかったが俺の身に関することだ。事件ってほどじゃないけどな。


 あまりに眠かったので保健室に駆け込んだ。何が事件かというと、保健室を使うのは初めての経験だったことがだ。小中含めてそうだ。見た目のせいか、不真面目に見られがちな俺だが保健室の常習犯になったことはない。そんな俺の初保健室だったが、当然ながらクラスの大半は関心をあまり示していなかった。そんな中、瑞季(みずき)だけが異様に心配していたが。


 保健室の先生である皐月(さつき)先生と言葉を交わすのもこれが初めてだった。学園のマドンナとして人気が高いということは知っていたが、確かに、と感想を抱く。紫がかった腰まで届いている長い髪。それを引き立たせている実験着のような白衣。黒いチュニック。


 年下ならな、と心の中で舌打ちをする。


「ほう、紫音(しおん)先生の息子さんか」


 母親を通して俺のことを知っているのだろう、皐月(さつき)先生の第一声はそれだった。先生は名前が未来(みく)であると自己紹介し、ズル休みではないかを確認した後に三つあるうちのベッドの一つに寝かせてくれた。寝付けなくて眠くてたまらない場合はズル休みではないらしい。ちなみに使用中のベッドはなかった。


 目を閉じると、すぐに意識が途絶える。





 ――深い睡眠の中で、俺は夢を見た。はっきりとした夢だった。





「現状に満足していないのだな」


 銀河のような空間の中で、そんな声が聞こえてくる。女の声だったが、聞き覚えはなかった。導かれるようにして俺は声の主を探す。


 その女は俺の後ろにいた。一言で言うならば、異質だった。空を思わせる綺麗な水色の髪も。女を包み込んでいる気味の悪い、だけれどどこか心惹かれる青と紫の炎も。そいつが持っている、血を吸い上げるような色をした洗練されたデザインの大鎌も。何もかもが。俺の求めていたような非日常の具現だった。


 だが、俺が釘付けになっていたのは別の場所だった。胸だ。非常に大きい。ある意味現実的な場所を見ているな。伸縮自在の素材で出来ているという神月学園の制服がはちきれんばかりだ。


 全面的に胸元に視線を受けているのが明らかだっただろうに、その女は特に不快感を示さず言葉を続けた。文月(ふみづき)のような無表情さではなかったが、顔からは感情を読み取れなかった。


「常々非日常を求めている。お前の友人達がお前の求めているそれを手にしているように見えるのに、自分は平凡な日常を生きている。満たされない。お前が逃げているゲームの世界のような状況になればいい。そうだな?」


 心を見透かされているようだった。何なんだよこの女は。不快感を隠せなくなる。吐き捨てるように俺は、「だったら何なんだよ」と言い返した。


「安心しろ、お前の求めているものはすぐに手に入る」

「……は?」

「ただし」水色の女は、満面の笑みを浮かべた。しかし、そこに女の心は乗っていない。根拠はないが、俺はそう感じた。「『いつもの日々』は戻ってこなくなるだろうがな」


 いつもの日々。このつまらない日常のことか。こいつを捨て去って、俺が求めているような世界がやってくる、女はそう言っているのだ。頭がどうかしているんじゃないかと疑った。


 でも、この女が言っていることが事実になったとすれば。それは俺にとって好都合な状況なのは間違いない。俺は生きていてつまらないと思っている。それは平穏な日々が原因だ。仮に剣を手に戻したとしても、結局ごっこ遊びの枠は出ない。その道を極めても両親の後追いだし、そうじゃなければ社会の歯車になるだけだ。俺が嫌だと思っている未来が、全て消え去る。


「上等じゃねえか」


 俺は笑った。女の持っている鎌が、その非日常というのは血を血で洗うような戦いの日々であることを伝えてくれているような気がした。そのときに剣を握り、前線で死闘を繰り広げる。よく妄想したものだが、そいつが現実になるというのか。


 心を読めているのだろう目の前の女は、俺の考えを別に否定はしなかった。否定しないことと肯定していることがイコールになるとは限らないが、それでも俺は肯定されているものなのだと確信していた。


「それでこそ英雄だ」

「英雄?」

「そうだ。お前を含めて十二人の男女が英雄として私に選ばれている。この地を救うために」

「ほう」


 望んでいたような展開が、近々訪れる。そう考えるだけで日々抱え込んでいた憂鬱(ゆううつ)さは消えうせ、晴れやかになる気がした。湧き上がる高揚(こうよう)が抑えられなくなりつつある。


「お前は私の所有物だ。それを忘れるな」




 そこで目が覚めた。


 ――なんだ、夢かよ。面白くない気持ちでいっぱいになる。


 皐月(さつき)……いや、未来(みく)先生と呼ぶことにしたのだが、その未来(みく)先生によると俺はものすごくうなされていたとのことだった。


 壁にかかっている時計の針は、既に今日の授業が終了したことを告げていた。

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