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第11話

()せんな」


 ぴしゃりと鞭を打つような声が私を叩いたのは、それからどれくらいたった頃のことだろうか。私は声の主を見上げる。さっき見たときと変わらない、凍てついた無表情がそこにはあった。カルキ君といい彼女といい、表情が簡単に変わる私とは大違いだ。まるで異世界に迷い込んでいるような、不思議な感覚がそこにはあった。


 (つごもり)は大鎌を右から左に持ち替えて、肩を(すく)めている。


「どいつもこいつも、なんで己の命を大切にしようとしないのか。簡単に自分の命と引き換えに他人を救いたいなどとのたまうな。現実から目を背けるんじゃない」


 彼女は神らしい。今ここにしれっといることが何よりの証明となるのだろうから、そこは否定はしない。だからこその今の評価なのだろう。回転の鈍くなっている頭でゆっくりとそんなことを考えた。


 人の姿をしているけれど、人ではないのだから、今の私の気持ちがわからないのだろうと。自分の命を捨ててでもなんとかしたい、そう考えることが馬鹿馬鹿しいのだろうと。神の価値観と相容(あいい)れるわけがない。だから私は無理に反論しなかった。


「その男、カルキがこの実験場の代表じゃなければお前はこのような目には遭わなかった。お前は他の十四人とは違い、たまたま選ばれたわけではない。カルキの采配(さいはい)によるものだ。カルキがいなければお前はこうはならなかった。カルキ自身が死ぬのも、先送りにされていたかもしれないのだぞ」


 ――でも、私はカルキ君と会うことは出来なかった。


 やはり(つごもり)は私のことを、人間のことを理解していない。私は怒りに似た感情を込めて彼女をにらみつけた。カルキ君がたまたま私のことを選んだわけではないということがどういう意味なのか、気にはなったけれど聞き返そうとは思わなかった。


 神は呆れたようにわざとらしいため息をつくと、女というのはつくづく面倒くさい生き物だな、などと失礼なことをのたまっている。あなただって女の子のくせに。神というくらいなのだから、見た目だけの話かもしれないけれど。


「それはともかく」彼女の鎌は、背にまとう炎に吸い込まれるように瞬時に消え去った。膝を折り、私に目線の高さを合わせてくる。「あの男は言っていたな。私に、ここから出すように願えと。確かに奴ら一味の能力によって、ここは亜空間となっている。お前一人の力では出られない。決して」


 じゃあ。こうやって言うつもりか。ここを出るか、彼を生き返らせてここに残るか選べと。その私の言葉を、「確かに私が願いを叶えるためには相応の代償を必要とするが」と前置きして続けた。


「この空間では人間は長生き出来まい。水もないし、食料もない。ここはそういう場だ。そんなところに残ってもらっては私も困る。よって、願う必要はない。お前がここから出るのは私にとって必須条件だ」


 何故ならばお前は私の所有物なのだから、と締めくくって彼女は立ち上がった。


 ――所有物。


 彼女がここに現れてから、二度ほど耳にした言葉だがその意味を私は微塵(みじん)も理解していない。このときにやってようやく問い質す機会が生まれたが、いつかわかる、とやんわり逃げられ、ついぞ理解出来るものではなくなってしまった。


 少なくとも、私が生きるも死ぬも、生き延びた今後も、全て彼女が、水色の神様が権利を握っている。漠然とした不安だけが、なんとなく私を包み込んでいた。


「それじゃあ、願いを叶えるつもりはない?」

「……そこまでしてその男を生き返らせたいか」


 呆れ返った様子の神様の心情なんて知らない。私は首を力の限り強く縦に振った。彼女は、右手の人差し指を口元に当て、斜めを見上げて何やら考え込み始めたかと思うと、すぐに「いいだろう」とうなずいて私を見下ろし、「そこまで言うのなら生き返らせてやってもいい」と言った。


 ただし。と、(つごもり)は付け加えた。お前の予想通り条件付きだがな。わかっている。わかっているけれど、条件の内容が読めない。命を復活させる代償が私の命ではないのなら、何なのだろう。私の友人の命をもらう、とでも言うのだろうか。あらゆることを想定したけれど、彼女は想定外の条件を提示した。






 ――お互いのことに関する記憶を全て削除させてもらう。






 どういうことか。すぐに私は考えた。考えて、吐き気が強くなった。なるほど、えげつない。私は彼女の意図を理解した。理解してしまった。それで死神か。カルキ君の形容の意味も、なんとなく納得してしまったような気がした。


 彼が私のことを愛しく思ったことも、私の中に芽生えた感情も。(つごもり)の手によって、全てなかったことにされる。お互いの存在が、お互いの記憶の中から死ぬ。物理的な死か、それとも概念的な死か。それが彼女の条件だった。


 この条件によって、私に与えられた今後を言い換えるのなら、次のようになる。一時的にでも愛した人のことを背負いながら生きていくのか。愛した人は生きるが、『別人』となるか。どちらにせよ私自身が物理的に生存しているというところがポイントになるのだろう。しかし、『今の私』と『カルキ君』は死ぬ。死ぬのだ。間違いなく。


 カルキ君なら、私の勇者様なら、自分のことを復活させるなと強く止めてくるのだろうか。それとも、私がカルキ君のことを考えて生きる辛さを加味して、恋焦がれた気持ちが全てウソになってもいいから復活させてくれというのだろうか。私にはわからなかった。


 記憶がいつか戻ることはないのか、と(わら)にもすがるように晦に(たず)ねてみる。残念ながら、いや、案の定と言ったほうが正しいのか、それはすぐさま否定された。神の力は人智(じんち)を超えるのだと。だったら何故、早くに私を助けてくれなかったのか。私の感じた当然の義憤(ぎふん)には、何一つ答えてくれない。干渉がどうとか、そういう類の話になってくるのだろう。


「さあ、どうする」


 私の選択を()かしてくる。私は答えの行き先を求めるように、目線を勇者様へと移した。印象的だった笑顔は、今や赤色で彩られている。囚人服のような服も、墓標のように突き立っている銀色のせいで黒ずみ始めていた。私の両目から感情が(あふ)れてくるのを抑えられそうになくなってしまった。


 神の口ぶりからするに、忘れるのは彼に関すること一切だけらしい。直接そう聞いたわけではないけれど、ここに監禁されたことや能力(ちから)のことはどうにかして都合の良いように私は覚えているはずだ。根拠はないけれど、そんな確信があった。


 ならば。私は力を込めて、一人で立ち上がる。そして、彼女の肩を掴んだ。




 ――私は、決して忘れない。




 私を非日常に叩き込んだ連中がいることを。オペラマスクの男を。私を除く十四人が、残虐的な実験の後命を落とした事実を。神月市で陰謀めいたものが(うごめ)いていることを。カルキ君を利用し、結果的にカルキ君を死に追いやった者の存在を。私の能力(ちから)を。そして、こんな私を俯瞰(ふかん)してくれているきな臭い神様がいることを。


 カルキ君のことだけが覚えていられないのなら、後のことは全て覚えておいてやる。今死んでしまう私の代わりに、新たな私が全ての恨みを晴らす。強く、強く強く、決意した。その決意がいつの日か力になることを、望まずにはいられなかった。


「――お願い」


 全能の神に。一人の生と、二人の死を願った。

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