第4話
真っ先に駆けつけてきたのがカルキ君で本当に幸運だったと思う。もしもここに来たのが顔半分仮面の人だったのなら、事情説明を要求されてもちゃんと答えようとはしなかったのは間違いないからだ。一体何故カメラを叩き落とすことが出来たかはわからないけれど、必死な形相のカルキ君を見て、一つ確信することがあった。
――現状を変えるきっかけになる。
私の鎖を解放してくれる勇者様がいるとすれば、それはもはや外部の人ではあり得ない。既に警察が動いているとしてもこの建物の位置を完璧に特定するまでには時間がかかってしまうだろうし、その頃には私は完全につかれきってしまって正気を保てているとは到底思えないのだ。
だから、カルキ君に頼るしかない。カルキ君ならきっと、たった今起きた謎の現象をすぐに解明してくれて突破口を切り開いてくれるはず。そんな強い信頼があった。そういうわけで私は、ありのままを嘘偽りなく全て説明した。
短い説明が終わった後、カルキ君は何やらしばらく考え込んでいた。落ちたカメラを一目見て、ポケットから機械とマイクを取り出し電源に手をかけたあと、カルキ君は真剣な眼差しで私に視線を移してから意を決して耳打ちをしてきた。
彼から聞かされた真相を聞いた私は、今にも気絶しそうなほど血の気が引いた。実は私が食べていた料理と水には、簡単に言えば超能力を人間に会得させる『お薬』なるものが入っていたのだという。カルキ君ら関係者は『神月草』と呼んでいるらしい。ぼかしてはいたが、人生をめちゃくちゃにする薬の類であることは感じ取れた。
成長しきったかしきってないか辺りの精神の人間に投与するのがもっとも効果的らしく、犠牲になったのは私を含めて十五人の神月学園生徒だそうだ。うち、私を除いた十四人は薬が身体に馴染まず精神に異常をきたし発狂死したという。
とてもとても低い確率でしか成功しない『実験』で、私も絶望的と思われていたらしい。本来なら私は死ぬはずだったということだ。それが、奇跡的に神月草は私の超能力を引き出すことに成功した。超能力が具現化した形の一つが先程の大振動を引き起こすものだとカルキ君は言う。
あまりの事実に驚愕した私は、ありとあらゆることを聞いた。この『実験』を始めたのは誰なのか。まさかあの仮面男が全て仕組んだ陰謀というわけじゃないはず。その裏にはきっと大きな組織などがあって、その責任者があの男というだけだ。そうじゃなければ考えられない。一体その組織は何なのか。何の目的があって、神月学園生徒に超能力を発現させる実験なんて行っていたのか。何故私が選ばれたのか。他の十四人が選ばれた理由も。
まくしたてるような私の言葉は、全て「わからない」の一言で終結させられてしまった。カルキ君は立場は高くはなく末端で、言われたことを言われたとおりにやるしか認められていないのだと。
だったら何で今持っている機械の電源を切ったのか。それはきっと、あの仮面男と遠隔でやり取りするためのインカムのはずだ。言われたとおりのことをやる以外許可されていないのであれば、今カルキ君がやっていることは裏切りじゃないのか。私の怒号を、カルキ君は決意を込めた瞳で受け止めている。
「遥さんの能力を利用すればここを脱出させられる……。僕はそう考えたんです」
どうやらカルキ君も私に情を持ってしまっていたようで、どうすれば私を救い出すことが出来るのかずっと考えていたのだという。しかし仮面男達を裏切ることは出来ない。そこで考え出した方法が小数点以下の確率、すなわち、私の超能力発現に懸けてみることだったのだとか。
私の超能力というのが『攻撃的』なものであれば、何が襲ってこようと問題なく対処できる。そうなれば、あとは道を間違えることがなければ脱出は不可能じゃない。そう考えていてくれていたらしい。
「でも」カルキ君は一瞬だけ目を逸らした。「失敗したらおしまいです。超能力の扱いを間違えてもダメです。今ならまだ、遥さんの能力がインカムを壊したでも、僕が不注意で電源を消してしまったでも通ります。危険を承知でも、逃げたいと……思いますか?」
――選択肢など、あるはずなんてなかった。
やはりカルキ君は私が思っていたような人、英雄そのものだったんだ。彼を信頼していて良かった。私は心の底から嬉しくなる。身体を蝕んでいた疲労も、なんとなく回復してきたような感覚を覚えていた。
しかし、超能力の扱いを間違えてもダメ……。カメラを壊したのは私が発した感情をたっぷり込めた叫び声だった。大声が超能力の正体だというのかな。
「いえ」カルキ君は私の考えを否定した。「あくまでも僕の予想ですが、遥さんの武器は大声、というよりは声そのもの、それとそこに乗せる『感情』ではないかと思います」
「感情?」
あくまでも予想の範疇は出ませんよ、とカルキ君は笑った。そのままだけど、私の発声がトリガーとなり、そこに乗せた怒りだとか哀しみだとかが、見えない武器の『形状』となって出てくるのではないか、とのことだった。
あまりのんびりしている暇はない。試しにやってみることにする。カルキ君に外してもらえば早いのだが、練習する時間もほとんどない今、やれることはやった方がいい。私は私の能力を使って鎖を切り裂くことを考えた。
「鎖を切りなさい」
反応はない。静かに言ったのが原因か。もしくは声に感情がこもっていないのが原因か。もし後者だとしたら、結局怒りが込められていることが第一条件となるわけだけど。
「はああああああっ!!」
深呼吸した後、先程のように鎖目掛けて声を上げてみた。今度は床が数秒間振動し、足元に大きなひび割れが入ったのが見えた。
「……鎖は切れないんだね……」
「残念ですが遥さん、もう時間がありません。異変を感じた他の者たちが駆けつけてきてもおかしくありません。鎖は外します」
私の練習時間はカルキ君の必死な声と同時に中断させられた。他の者たち、ということは仮面の人以外にもいるの? という私の問いには小さくうなずいていた。
「今ので十分です。遥さんの声は、立派な武器となりました。恐らく切断は出来ない仕様なのでしょう。発動条件は先程の予測どおりです」
「……最後に聞くよ、カルキ君。これさえあれば、本当に私は助かるんだね?」
カルキ君も、と付け足した。何を迷ったのか、一瞬だけ間を置いたあと、彼は強く強く首を縦に振った。
「はい」
――金属の扉が、重々しい音を上げて私の解放に反応してくれた。単なる電灯だ、大して光は強くはないはずなのに私の目が慣れるのに少しだけ時間が必要だった。
私は深呼吸をして息を整え、決意を新たにした。カルキ君と一緒に、ここを脱出するのだと。