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奇鬼眼  作者: 駿河留守
8/25

ワタシは脅される

 ワタシが犯してしまった罪。

 殺人罪と窃盗罪だ。世間で言う強盗殺人をワタシは犯してしまったのだ。しかし、警察も含めて誰もワタシがその犯人であると分かっていない。分かってほしくない。ワタシの安定した日常をこれからも送っていくには強盗殺人の罪という罪からワタシは一生に逃げるつもりだ。だが、それも敵わない事態が発生した。

 ふたりの血と命を吸った刃物がワタシの手元ではなく見ず知らずの者の手に合った。しかも、そいつはワタシのことを殺人犯と呼んだ。奇妙な鬼のような眼はワタシの決断力を大いに鈍らせる恐怖の眼差し。相手は見覚えのあるセーラー服を着た中学生の女の子だ。この場で黙らせることにおいては警察官よりも都合がいい。

 殺るなら今しかない。

「今しかボクを殺れないと思っているの?」

 まるでワタシの考えを読んでいるかのような発言。

 不気味な眼差しがワタシの動きを鈍らせる。目を細めて笑うその悪魔のような表情はとても普通の中学生が作るようなものじゃない。この子を生かしておくのはワタシのこれからに大きく影響されてしまう。

 勇気を出せ。いくら奇妙な眼をしていようがワタシにはもう迷っている場合ではない。あの老夫婦を殺すのに苦労したか?していない。人というのはあっけなくて弱い存在だ。壊すことなんかたやすい。

 ワタシはポケットに忍ばせていたカッターナイフを取り出して刃を限界まで出して構える。それを見た目の前の女の子は一瞬だけ怯んだ。それを逃さずにワタシは飛び込んでいき刃物を持つ手首をつかみワタシを攻撃できないように押し倒す。ワタシが女の子に馬乗りする形になり、刃物を持つ手はしっかり地面にめり込ませるようにしっかりと拘束して空いた手でワタシはカッターナイフを振りかす。

 女の子の名前は整った顔立ちをしている。将来はきっと美人になるだろう。そんな風貌がある普通の女の子。気付けば奇妙な鬼のような眼ではなくなっていた。その大きな瞳からはほのかに涙が溜まっている。ワタシが押さえつけている手も小刻みに震えていた。

「怖いのか?」

 少女は震えた声で答える。さっきまでの悪魔が消えてしまったかのように。

「怖いよ。当たり前じゃん。だって、これからボクは殺されるんだよ。そのどこにでもあるようなカッターナイフで。ハハハ」

「なんで笑う?」

「気分は悪くないんだよ。こんな過激的な出来事に巡り合えて。つまらない何も変わらない日常から飛び抜けたこんな非日常的なことが出来た。怖いけど、ぞくぞくするんだよ。興奮するんだよ。だって、ボクの目の前には誰も知らない殺人犯さんがいるんだよ」

 こいつは危険だ。この状況に恐怖しているのは確かだが楽しんでいる。彼女が拾ったその刃物を警察に提供しないで自分で持っているということは初めからこうなることを望んでいたんだ。

「ボクしか知らないふたりの罪のない老夫婦を殺した凶悪な殺人犯。そんな殺人犯さんの弱みを僕はこの手でしっかりと握っている」

 刃物を持つ手に力が入る。

「これさえあれば・・・・・いや、ボクがこの世にいる限りあなたはボクの言いなりになるしかない。そうしなければ、あなたは一生牢獄の中で過ごし、二度とそこから出ることはできない。そんな不自由はボクじゃなくても嫌なはずだ。ただ、生きるためだけに狭い世界できるのはほとんど死んだのと同じだよ」

 そんなのはワタシの望む安定とは言わない。

「何が言いたい?」

「ボクを殺せばあなたの跡が残ってしまう」

「はぁ?」

「この壁の向こう側には24時間体制で警察官がいるんだよ。当たり前じゃないか。誰も中に入れないように。殺人犯さんがその目から逃げきれる保証はどこにもないんだよ」

 確かにそうだ。それを避けるためにわざわざ遠回りしてここまで危険を冒してやって来た。だが、この場でこの子を殺したとして返り血はどう処理する。死体の処理はどうする。

「あなたにとってボクを殺すことは最善の選択肢じゃないと思うんだよ」

 女の子は抑えられていない方の手でワタシの顎を押し返す。小さな力でも顎の攻撃の衝撃はかなり大きくその押されたことで女の子が体を動かす自由が出来て手首を押さえる腕を思い切り噛まれて思わず手を離してしまいそのまま女の子の構想を解いてしまった。後退りすると足がもつれてそのままその場に尻餅をついてしまう。

 ゆらりと立ち上がった女の子は月明かりに反射して光る銀色の刃物をワタシに向ける。

「ボクは山田っていうんだよ。あなたは?」

 この場において、さらにこんな危険を大量に含んだ少女に名を教えるというのは自殺行為だ。

「だ、誰が!」

 すると山田と名乗る少女は刃物を振りかぶりそのままワタシに向かって突き刺そうとして来てワタシは惨めにもその場でうずくまるしかなかった。頬をすっと刃物が擦って刃先はすぐ後ろの校舎の壁に鈍い金属音を立てて突き刺さった。

 目を開けて目の前に映ったのは半分だけ開けた瞳に映ったワタシの怯える姿だ。

「この場においてあなたの決定権は存在しない」

 嘘だ。どうしてワタシはこんな中学生の少女に対して怯えているんだ。殺ろうと思えばいつでも行けるはずなのに山田という少女を目の前にするとまるで金縛りで全身を拘束されたようだ。そして、ワタシが動くには彼女の言葉なければいけない。ワタシは少女、山田の操り人形となった。

「あなたの名前は?」

 突き刺さった刃物を抜き取ると刃先をワタシの鼻先に接触させる。傷がつかない程度の力加減でワタシに押し当てる。それでも答えないワタシを見据えた少女、山田はそのまま刃物をゆっくりとワタシの首筋に送る。

「言いなさい。あなたの名前は?」

 言ってたまるものかっと言うことすら出来ない。

 恐怖で彼女に抵抗することが出来ない。

 喉もとで止まった刃物がそのまま刃先をほんの数ミリ刺した。血が流れる。その生暖かい血の流れる感触に全身が震えあがり握っていたカッターナイフがいつの間にか手から零れ落ちていていた。せがまれるように迫る少女、山田はワタシの耳元でささやく。

「言いなよ。ボクはあなたを殺す気はないんだよ」

 その瞬間、ワタシの意思に反して口が動く。

「あ、相葉だ」

 それを聞くと少女、山田は数ミリ刺して刃物を引っ込めて離れた。いっしょに威圧感も離れていくワタシはその場で脱力して壁にもたれかかる。

「そう、相葉さんって言うんだ。これからよろしくね。相葉さん。あなたはボクの奴隷」

「は、はぁ?」

「ケータイ見っけ」

 もみあいになった時に落ちたワタシのケータイ電話だ。まだ、ガラケーで金がないせいで5年以上使っている年代物だ。それを少女、山田は慣れた手つきで自分のスマホといっしょに操作する。

「お、おい!」

「あまり騒がない方がいいよ。寝静まった住民が起きちゃうし、駐在してる警察官にも気づかれちゃうよ」

 ワタシを見下す目を見て確信した。ワタシは少女、山田には逆らうことはできない。逆らえばどうなるのか分かったものじゃない。

「よし。これで連絡先は交換できたよ」

 そう言ってケータイを投げ渡してくる。それを振るえる手つきで取ると電話帳に山田と登録されていた。

「はい。タオル。その血を止めないとね」

 今度はワタシの前に座り首から流れ出る血を吹いてくれる。そして、絆創膏で傷口をふさいでくれた。その優しさは普通の中学生の女の子の雰囲気で心配そうに見るその表情を見ると今まで見せた表情が嘘のようだ。

「いっしょにここから出よう。そうすれば、適当な言い訳ができるでしょ?立てる?」

 急に優しくなった少女、山田の代わりように違和感を覚えた。何を企んでいるのか分からなかったが、こうして普通に優しく接し貰えると変な気がわいてしまう。しかし、相手は中学生、さらに核爆弾級の弱みを握られている。見た目に騙されて油断してはいけない。

 少女、山田に手伝ってもらって立ち上がる。

「じゃあ、ここから離れよっか。相葉さん」

 その笑顔は悪魔からは程遠く天使のようだ。

「あ、ああ」

 それにあっけをとられて生返事をしてしまった。

 それからふたりで中学校の敷地から出て誰にも会うこと夜道を進む。手を引く少女、山田について行くことしかできない。抵抗すれば、こんな優しい少女が変貌してしまう恐怖が脳裏を横切って怖かった。

「ここまでこれば大丈夫だね。相葉さんの家はどっち?」

「あ、ああ。ここを曲がって少ししたところの団地だ」

「そうなんだ。じゃあ、ここでお別れだね。ボクはここを右に曲がるの」

 ようやく、この不気味な少女と別れることが出来るのか。天使と悪魔を内側に飼っている少女といっしょにいるのはワタシの安定的な生活に大きな支障になりかねない。これ以上の付き合いはないものと思いたい。

「じゃあ、また連絡するね」

 そう少女、山田が言うとケータイが震える。中を覗くとまた明日と書かれていた。その内容に青ざめる。

「守らなかった時は」

 少女、山田はワタシに駆け寄ってきて耳元までやってくる。身長の足りない少女、山田はほのかに膨らんでいる胸をワタシの押し当て密着して背伸びすることでようやく耳元まで彼女の口がやってくる。そのままキスでもされるんじゃないのかと思ったが違った。

「どうなるか・・・・・分かってるよね」

 分かってるよねっと言う言葉には棘があった。今すぐにでも少女、山田を押し飛ばしたかった。だが、細くて軽そうな少女が重くずっしりとワタシを拘束した。

 すべてはワタシが刃物を落としてしまったことから始まってしまった。

 誰が悪いのか?ワタシが悪いのか?それとも彼女が悪いのか?

 電球が切れかけて点滅している街灯が何かを告げているように感じたが答えは出ない。

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